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 これほど簡単に、誰かを奪えることをカディールは知らなかった。

 いや、知っていた。過ちは繰り返さないと誓いもした。

 けれど、戦はもう、終わったのだ。

 何かを忘れていたとしたらそれは、あのころの緊張感だ。

(でも、シオンですら止められなかった魔道だ)

 万能ではないと彼は言うが、その能力が平凡でないことはカディールでもわかる。

 馬も使わずにいろいろと走りまわったら、カディールの憤りも少しずつ冷静な思考力を引き出してきた。

 魔道使いが少ないサルナードで、シオンの魔道を妨害してまで介入してきた第三者。

(―――あの、竜巻)

 短絡的ではあるが、シオンですら即座に対応できなかったあの竜巻を思い出す。自然現象ではないといっていたあれを、作り出した誰かがいるのだ。

 その情報を調査している可能性がある人物を考えてみる。

 真っ先に思いつくのはシオンだが、彼がその情報をカディールに隠すはずがない。ここでの知り合いは多くない中で、情報を握るだけの地位があってもなお、彼らに報告する義務も義理もないのは、ジュリアス=クラウド。

(まぁ、当てがなにもないままうろうろしてるよりいいか)

 思考することが苦手なカディールの、決断はいつも早かった。行き先は、クラウド家。

 だがその決断は、すぐに止められることになる。

(―――ここで来るか)

 隠すことを知らないかのような、あからさまな殺気。

 まだ遠いが、確実に近づいている。

 カディールはあえて人気のない、それでいて十分な広さのある荒地のほうへ歩いた。

 相手は複数。こちらが気づいていることに、まだ気づいていない。

 カストゥールからの刺客が再び現れたのだろうと、カディールは楽観的に構えて足を止めた。そのわりに殺気を隠していないところが少し気にかかったのだが。

 すぐに何人かが姿を現した。

「―――あれ?」

 想像が外れて、カディールは思わず声をあげていた。

 だがその声が聞こえなかったのか、彼らは顔色も変えずにカディールを取り囲む。七人……男も女もいる。だが、まだ誰かが隠れている気配がした。

「俺に用ってのはおかしくねぇか?」

 彼らが纏う薄赤の長衣には見覚えがある。

 街中で演説をしているときに、揃いで着ていた。

「でも、お二つの星を、隠していらっしゃいますね」

 彼らは全員、すでに抜き身の剣を手にしていた。カディールの言葉にも問答無用で切りかかってくるかと思ったが、そのうちの一人が意外にも丁寧な口調で答えた。剣を手にしながら、その三十代の男からだけは、殺気をまるで感じない。

「あいつらは俺の仲間だ。引き渡すわけねーだろ」

 彼らを恐れて、魔道使いの存在を密告する民も多いのだろうと容易に推測される言葉だ。

 話し合うためにここで足を止めたのではない。

 カディールは、背中の剣の柄に左手を添えて、一気に引き抜いた。それと同時に、何人かが視界の隅で動く。

 間髪いれずに一刀両断することなど造作もない。―――躊躇いもない。

 だが、勢いに任せて横なぎしようとしたときだった。

「……っ! いてえっ」

 何の脈絡もなく、頭上に何かが落ちてきた。

 痛い……というより、かなり重い。

 いくら集中していたとはいえ、突然の重みには耐えられず、カディールは思い切り倒れこんで危うく地面と口付けするところだった

 周りを囲んでいた剣使いたちも、さすがにあっけに取られたようにカディールの上に落ちてきたものを見つめた。

「これほどの精度を出せるのであれば、これはもう完成といってよいな」

 この場にはまったくそぐわない、不自然なほど冷静とも取れる口調。

「おいっ!」

 カディールは聞き覚えのある声で、頭上の存在を知り、むしろ邪険に払って立ち上がったのだが、彼はバランスを崩すことなく彼の頭から降りた。

 彼は、今度は少し大きめの陶器の壷を持っていた。

「な、なんだお前っ! どっから出てきたんだっ?」

「蒼い海の部屋を作るぞ」

「は?」

 カディールの質問は当然のように聞き流し、その鳥男……いや、『白鷺』と名乗った男は、まだ抜き身のままの大剣を持つ左手を強引につかんだ。

「この状況見ろっ!」

 七人の剣に囲まれているというのに、この鳥男にはまるでカディール以外の何もかもが見えていないようだった。

「あれらが欲しいのは海ではない。銀だ」

 何も見ていないかと思われたその瞳で、ちらりとカディールの背後に視線を向けた。あまりにもさりげない動作だったが、カディールも七人の囲いの外側に立つ存在には気づいていた。

「カディール、行ったほうがいい。その少年の言う通りだろうから」

「何言ってんだ、一人置いて行けるか」

 振り返ると、シオンはいつもと変わらぬ穏やかな……穏やか過ぎる表情を浮かべていた。カディールはそっと、眉根を寄せた。

「ユティアがいるのでしょう?」

 シオンは『白鷺』に尋ねた。彼は珍しくその言辞を聞いていたようだったが、返事はなく感情の読めない瞳で見返しただけだった。

 カディールも気づいていた。

 海、と自分を表現できるのはユティアだけ。そして『白鷺』は、それをなぜか知っている。

 優先するべきものを、間違えてはいけない。

 カディールは『白鷺』を見て一つ頷いた。彼はどこか満足そうな笑みを浮かべて、手に抱えていた壷を覗き込んだ。

 そのあと自分の身に何が起こったのか、カディールにはまるでわからなかった。

 そんな状況下であったから、シオンの右中指にいつもの指輪がはめられていないことに気づく余裕はなかった。


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