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その場は、奇妙な閑寂に覆われた。
伸ばしたカディールの手を、シオンが細腕には似合わないほどの強い力で抑えている。彼の魔道力に、純粋な力だけでは対抗できず、カディールはしばらく動くこともできなかった。
リトルセは蒼白な顔で、何が起こったのかわからないまま、二人をただ見つめていた。
「なんで止めるんだっ!」
カディールは乱暴にシオンを振り払った。
「あそこで君が手を引いたら、もしかしたらユティアをこちら側に助けられたかもしれない。けれど……もしかしたら、身体をこちらとあちらで引き裂かれていたかもしれないんだよ」
比喩ではないよ、とシオンは静かに付け加えた。
感情のこもらない、沈着な双眸で。
けれどそれが、カディールの感情をさらに強くさせた。どこかでシオンのせいではないとわかっているのに怒声は止まらない。
「だってユティアが目の前で消えたんだぞ、なんでこんなことをしたっ!」
「落ち着いて」
「できるかっ!」
「……落ち着きなさい」
カディールとはあまりにも対照的に、冷静な声を出すシオン。彼に怒りをぶつけても仕方がないと理性は訴えている。
けれど、ユティアは文字通り忽然と目の前から消えてしまったのだ。
「……誰かが介入したようだったけれど」
「誰かってなんだその言い方はっ」
曖昧な言い方ばかりにも、焦燥感だけが募っていく。
(俺はまた、守れなくなる……俺のいないところで)
ユティアがいなければ、カディールがエリシャを出奔した意味がなくなる。それは、彼自身の存在意義すら否定されたことと同じになる。
「―――す、すみません……私が取り乱したりしたから……」
今にも泣き出しそうな声を、リトルセは懸命に搾り出した。堪えるためにうつむかず、凛と前を向く彼女の大人びた視線を目の当たりにして、ようやくカディールもいきり立った肩を落とした。
なさけない。
まだ、すべてを失ったわけではないのに。
「―――ユティアを、探せるのか? さっきの方法で」
なるべく平静を装った。
シオンの杖は、先ほどから変わらず淡い光を帯びている。
「それが、今のところユティアの気配はどこにもなくなってしまったから、場所が特定できない……」
ゆっくりと紡がれていく言葉に、カディールの表情が見る見る険しくなっていった。
「……私にもできることとできないことがある。それにあの腕輪があってなお、介入してきたのだとしたら―――」
それは何の準備もなしに対峙していい相手ではないかもしれない。
だが、カディールは理屈で行動できなかった。
いまだ残る右腕の傷跡が、疼いている気がする。
「カディールっ」
シオンの鋭い声にも、カディールは振り向かずに部屋を出て行った。
じっとしていられない。
せめて探しに行かなくては、気がすまなかった。
(……これは、ユティアのためなのか、俺の自己満足のためなのか)
その自問を押し殺して、カディールは屋敷を後にした。