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(海のいろ……)
夜明け前だったが、ユティアは目が覚めてしまった。
何故かひどく重たいまぶた。それを無理やり押し開けてみたら、馬車の中はまだ薄暗かった。
(おにいさまはお姫さまの約束を守って、海に連れて行ってくれましたって)
母から聞いた物語はそうなっている。
けれど、この物語は母の作り話ではなく、現実にユティアに起こったことなのだともうわかってしまった。
(でも……わたしは海には、きっと行ってない)
絵本の中の挿絵すら、もう思い出せない。
ただ青く、遠い……そんなイメージだけが残っているけれど。
(……海のいろってどんな色だったかなぁ)
夢の場面を思い出そうとするけれど、もう薄れてきていてわからない。
エヴァン王国は山岳地帯で海に面していないから、ここの民でも見たことがある者は稀かもしれない。
ユティアは身体を起こした。いつもよりもけだるく、重たかった。
暑いような、寒いような、まだ夢の中にいるような感覚。
けれど、そういうことにユティアは慣れていた。身体が痛くてもだるくても、同じ時間に起きて同じ仕事以上のことをこなして、夜遅くにやっと眠る、そんな生活を何年もしてきたから。
馬車の中ではもう一人、リトルセが静かな寝息を立てていた。
安心したように寝入っている。
ユティアにはまだ、安心して眠れる場所がどこにもなかった。少しの物音で起きてしまうし、夜中に目が覚めることもしばしばだ。
もうすぐ夜も明ける。
帷から漏れる光でそれを知り、ユティアは腰を上げる。ユティア一人くらいが立ち上がっても揺れることもない頑丈な馬車だった。
狭い場所で寝るのはあまり好きではなかった。奴隷のときには、狭い部屋に大勢が詰め込まれていて、息苦しい夜を過ごしていたからかもしれない。
もちろん今の馬車は、二人で寝ていても快適な広さだったが、それでも少しだけまだ不安になる。
深い眠りにつけずに、ユティアはそっと帷を上げた。
(―――地面、が……遠、い)
高い位置にある馬車のために、踏み台が用意されているはずだった。
見えているはずのそれが、遠くで揺れているようにユティアには感じた。