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「ユティアはもう寝たのか?」

 部屋に戻ってきて、少女の姿が見えず、カディールは開口一番それを尋ねた。

 シオンはそんなカディールの様子を微笑ましく思ってしまう。それを可愛いと表現したらきっと、全身で否定するのだろうけれど。

「ええ、やはり疲れていたんだろうね」

 耳を澄ますと、衝立の向こうからかすかな寝息が聞こえていて、彼はほっとする。

 ラタの町を出てから十日以上、小さな村の市場で食べ物を買ったりはしていたが、ほとんどを町の外ですごしていたのだ。貧民街で暮らし、そのあとひとつの屋敷に閉じ込められるようにしていたユティアは、毎日の移動には慣れていなかっただろう。

 このカイゼの街に着くまでにすべての追っ手をなんとかしなければならなかったから、あえて遠回りもした。ここでは、つかの間ながら平穏が訪れるはずだった。

 それが昼間の騒動で、のんびりもしていられなくなったのだが。

「あいつ、何にも言ってくんねぇからな」

 打ち解けていないのか、悪いと思っているのか、ユティアは弱音を吐くことはなかった。黙って二人についてきて、言われたこともおとなしく守っている。

 怪我は神殿での治療でずいぶんよくなっていたが、手足には痛々しい昔の傷が今も残っている。顔に目立つような傷がないことだけが、唯一の救いかもしれない。

「早く心から笑ってくれるといいですね」

「お前、まさかそれユティアに言ったんじゃねーだろーな」

 口止めしていなかったことを思い出したのか、カディールが問い詰めると、シオンは不自然な沈黙の中に涼しい表情を浮かべた。

 誰かが言ってあげなければ、どちらもきっと気づかないだろうに。

「言っていませんよ」

 とりあえず常套句を返しておいたが、カディールの表情から信用されていないとわかっている。

「それより、どうでした? 偵察」

 街の治安の良し悪しは、たいてい夜で決まるものだ。

 カディールは苦い表情を浮かべた。

「トゥリードや街のやつらが言ってたとおりだな。あの関所は強行突破以外の策がねぇな」

「それでは意味がない……追っ手を増やすことにもなるし、目立ちすぎる」

 夜間でも警備が揺るがないのであれば、やはり気は進まないが迂回する道しかないだろう。早いほうがいい。明日一日は休養して、その翌日にはカイゼの街を出れるだろうかと、シオンは脳裏で簡単な計画を立てる。

 そのときカディールが、はっと顔をあげて脇に置いていた剣の鞘に手をおいた。少し遅れて、シオンも帷の向こう側に人の気配を感じた。

「シオン、カディール……いらっしゃいますか?」

 聞き覚えがある。それは、控えめな、トゥリードの声だった。

「はい。どうかなさいましたか」

「ご相談したいことがあるのですが、今よろしいでしょうか」

 丁寧な物言いに、不審なところはない。シオンも尋ねてみたいことがあったからちょうどいいと、自ら帷をあげて彼を迎え入れた。

「連れがすでに寝ていますけれど」

「それでしたら、別室に行きましょうか」

「いえ、こちらでかまいません」

 一時でもユティアのそばを離れることはできなかった。トゥリードを座らせて、シオンも腰を下ろした。カディールもとりあえず警戒心を解いて、剣から手を離している。

「今までに類を見ないほど、腕の立つ方と見込んで」

 この依頼があるかもしれないことは、シオンはなんとなく予想していた。予想というよりも可能性のひとつとして考えてはいた。

「ジュラのことですね」

「……ええ、実は以前からあるのです。その……暗殺計画が」

 ユティアが寝ていて本当によかったと、シオンは思う。聞かせたくない話だった。

「できるのか?」

 カディールは端的に策だけを尋ねた。

「ジュラは領主の館にいます。私は領主の息子ということで館に入ることはできるのですが、やはりジュラの周りには常に大勢の剣使いや魔道使いがいます。王都に兵を要請することも叶わず、思いあぐねていたところだったのです」

 正攻法として、屋敷に堂々と乗り込むということだ。わかりやすくていいが、被害の規模を考慮にいれない安易な策だった。

「会ったことはあるのか?」

「……何度か。屋敷でも顔は隠していましたし、とくにこれといった話も」

 トゥリードは不安そうにカディールを見上げた。

「あの、手伝ってもらえるのでしょうか。もちろんこちらが雇うということで報酬はお支払いします」

 街の住人たちの手前では、もしかしたらかなり気を張って接しているのかもしれない。本来は根の優しい青年なのだろうと思わせる、静かな物言いだった。

「それは……詳細を聞いてみないとわかりません。私どもにも旅を続けなければならない事情がありますので」

 ここで誤解を与えてはならない。シオンはあえて、少し冷たいようだがはっきりと告げておいた。

「そう、ですよね。すみません」

「あの関所はどうあっても開かないのか?」

「王都に行く予定なのですか?」

「ええ、早ければ明後日にでもと思っていたのですが」

 これを引き受けてしまえばそれもかなわなくなる。急ぐ旅ではない。ただ、一箇所にあまり留まっていられないだけだ。

「……実際の関所をごらんになりましたか?」

「遠くからな」

 あまりにも多くが関所の警備にあたっていて、カディールも近づけなかったようだ。

 トゥリードは少し目を伏せた。

「そこに借り出されている多くは、一般の……カイゼの街の住人です。私や貴方がたが無理に通れば彼らの命も危ない」

 つまり人質ということだ。カイゼの住人となれば、そのほかの住人も暴動を起こすことができないし、トゥリードも無茶はできない。カディールも無理に突破する術を考えたかったが、それはあきらめざるを得ないようだ。

「ただ、何ヶ月かに一度、王都からの……おそらく協力者が来ることだけはわかっているのです」

「それは?」

「私も直接会ったことはありません。しかし、父とジュラがその者らしき人物と会っている場面を見ました。おそらく、王都から調査が来ないよう、口利きをしているのでしょうね。もともと税を着服していたようですし」

「じゃあ、その証拠を見つければ早いだろ。ジュラはその証拠でお前の親父を脅してるんじゃねーの?」

「そう、なんですけれど」

 カディールは簡単に言ってのけるが、すぐにできることではない。トゥリードが館内で不審な行動をとれば、追い出されてしまう可能性がある。唯一あの館に堂々と足を踏み入れることのできる状況を捨てることはできないだろう。

 関所を通過する許可証のようなものをトゥリードなら発行できるかと思っていたシオンだったが、状況を聞く限りでは不可能に近い。

 それならば、報酬も出るということだし、手伝っても損はないとシオンは思う。

 ただ、ユティアに危険が及ばなければ……。

 利害関係を慎重に考え、シオンは返事をした。



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