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ユティアたちが到着してすぐ、カディールからその少年は助からなかったことを告げられた。
「ったく! あの馬車なんだってんだっ。許せねえ」
カディールは優しい。ユティアはそう思う。
仲のよかった少女が目の前で死んでしまったときでさえ、ユティアは悲しかったけれど泣けなかったし憤りを感じなかった。
(だってしょうがなかった)
誰にも振り返ってもらえないし、誰にも助けを求められない。神殿に行けば誰でも怪我を治してもらえるということだって知らなかった。生きていることすら、疎まれていた。
「―――でも、仕方ないですよ」
母親に付き添っていた男の一人が、落胆した表情でぽつりとつぶやく。あのころのユティアと同じ、諦めるしかないのだと。
「あんたらは……旅人かね」
シオンが軽く頷いた。
「あの馬車はジュラという男のもんだ……逆らわんほうがいい」
「何があったんですか?」
「もとは領主の私兵だったらしいが、いまじゃ領主のほうがいいなりさ……町中じゃやりたい放題。抗議すれば殺されるだけだしな……」
王都に直接訴えようとしたらしいが、その使者にたった男たちは二ヶ月たっても戻ってこないのだという。
「それ以来、関所も閉められちまって、誰も出ることができん」
「……領主の紹介状どころじゃねーな」
「旅人たちは黙って引き返すか、関所を破ろうとして殺されるか……そのどちらかだな」
王都サルナードへは、カイゼの街からでなくても可能だが、遠回りになる上にここからだとその道にはほとんど町らしき町はない。逃げ回る過酷な旅を続けてきたから、シオンは少しでもユティアの移動を少なくさせるためにこの道を選んだ。
「どのような人物なのですか、そのジュラというのは」
「いつも黒い布で全身を覆ってるから、誰もその顔はわかんねぇ。だけど、剣を持たしたら抵抗する間もなく殺されるって話だ……」
その言葉を想像して、ユティアは少し顔を逸らした。想像しなければよかったと後悔した。
「……あんたも左利きだね」
「だからなんだ?」
カディールの背中の剣は、左手で抜けるようになっている。男はそれを見て、少しだけ眉をひそめたのだ。
「ジュラも左利きだという話だった。だから、つい……左利きの剣使いなんかを見ると、あまりいい思いはしないんだ。……すまん」
「くだらねぇ」
機嫌が悪そうに、カディールは舌打ちした。
そんな態度にも男は気分を害された様子もなく、逆に表情を少し和らげて口を開いた。
「でも、希望はある。おれらを救ってくれるひとがいて……」
「みなさんっ。ご無事ですかっ?」
説明していた男が急に目を輝かせたちょうどそのとき、一人が部屋に飛び込んできた。
二十代前半に見える若い青年は、ユティアたちの視線に軽く会釈しながらも、部屋の奥に走っていった。そこには寝かされたままもう二度と動かない少年とその母親がいる。
彼らを気遣い、励ましている青年のうしろ姿を、人々は安堵の瞳で見やっていた。
「あれはなんだ?」
「あぁ、トゥリード様だよ。領主クイードの息子なんだ」
「なんだって?」
カディールが声を張り上げたが、男は涼しい顔をして首を振った。領主はジュラとともに増税などを敢行しているというのに、その息子はここで歓迎されていたのだ。
「あのひとはおれらの味方してくれてる。これ以上増税にならんように進言してくださってるし、ジュラの部下たちが暴れたときも駆けつけてくれるしな」
彼の功績は周知らしく、部屋に現れたその姿を見つけた人々は、どこかほっとした表情を浮かべて彼のもとに集まっていった。
「領主の長男は逃げ出しちまって、たまにしかカイゼに戻ってきてないんだがな、ご次男のトゥリード様は本当によくやってくれるよ」
そのトゥリードは、母親たちと話をしたあと、こちらにやってきて丁寧に一礼した。中背の痩せた男だったが、よく使いこまれた剣を腰に帯びている。
「貴方があの子を助けようとしてくれたのですね」
「……けっきょく無駄だったけどな」
カディールが悔しさからか、そっけなく答えた。
「いいえ。でも怒ってくださって、感謝しています。私の力不足でこのようなことに……」
「実の父親を止められねえのか?」
カディールの口調に怒気が混ざる。
「お恥ずかしい話ですが、今ではもう父は私よりもジュラの話を聞くようになっているのです……」
惨劇はいつまでも続いていくのだろうか。
(ここのひとたちも、生きているのが辛いのかな……)
当然誰にでもあるはずの権利が、他人によって奪われていく。
ひっそりと隠れて住むことすら許されない街。
「どうして、ジュラという男は、この街でこれほど権力を得ることができたのでしょう?」
シオンの当然といえば当然の質問に、だがトゥザードは曖昧な表情をして首を横に振った。
「何か父の弱みを握っていて、脅されているのだろうとしか」
それでもトゥザードは何かを成そうとしているのか、諦めの眼差しではなかった。