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【夢幻の大陸詩】 Blue Bird & Black BloomⅠ ~勇の章  作者: 水城杏楠
三章  時を止めるもの、戻すもの
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 シオンに勧められた屋上は、空がさらに近くて広かった。

 どこまでも見える気がする。

「どうですか? 綺麗でしょう」

 飲み物を持ってあとから現れたシオンに、ユティアは何度もうなずいた。

「太陽が沈んでくのは、ずっと怖かったのに……もう、見てても平気」

 静かに、音もなく、光が失われていく。そのあとに待つのは、永遠とも思えるような闇だった。

 それを見るのが一番怖かった。綺麗なはずの夕陽は、ユティアを闇の中に引きずり込むだけだった。

 いつ晴れるとも知れない、永遠のような黒。

 けれど朝になってまた、殴られるかもしれないと脅えるのも恐ろしかった。

 それが今は、単純に、綺麗な光だと思う。

「どうぞ。今日は天気もよかったので、のどが渇いたでしょう」

 シオンは透明な水に少し色のついた飲み物をユティアに渡した。見たこともないものだったけれど、薄い土器から伝わる冷たさに惹かれてすぐに口をつけてみる。

「……っ!」

 驚いて手を滑らせそうになったところを、シオンが器を支えてくれた。

「大丈夫ですか?」

「……こ、こんなに甘いと、思わなくて」

 初めての味。けれど、身体に優しくて、ほっとする味だ。

「蜂蜜です。あまり好きではありませんでしたか」

「ううん……すごくおいしい。花の蜜に、似てるかな」

 春になれば花が咲く。野にあるそれらを摘んで食べても、誰にも怒られなかった。ユティアが知っている甘いものは、そのくらいしかなかった。

 一気に飲み干してしまったユティアを見て、シオンは器を受け取った。

「甘いものって元気になるでしょう?」

「……あ」

 本当にそうだった。

(どうして、シオンはわたしがほしいものを知ってるんだろう)

 それが洞察力や経験なのかもしれない。

 彼は、ユティア自身すら気づかないうちに望んでいるものすら、すべてわかっているようだった。

「カディは?」

「大衆浴場に行ってますよ」

 そういえば、早く入りたいと昼間に言っていたのを思い出す。

「シオンは入らないの?」

「カディールとですか? それは……うるさそうですねぇ」

 のんびりとした口調でシオンはそう言って笑った。

 どんなときでもカディールかシオン、どちらかがユティアのそばにいる。彼らと出会ってまだ数日だったが、自分が狙われているであろうことは身にしみて理解できたから、一人にさせないようにしているのだ。

「ご、ごめんなさい……」

 そんなことにも気づかず、無神経な質問をした。

 彼らのほうがずっと、気の休めるときなどないだろうに。

「―――ユティア」

 呼ばれて見上げたシオンの白皙の顔は、夕焼けで少し赤く見えた。

「そんなに謝らないで。なにも悪いことなどなさってないでしょう」

「でも、さっきだって。服せっかくもらったのに」

 なぜか泣いてしまって、カディールに怒鳴られた。二人に満足なお礼も言えていない。

(うれしかったのに)

 似合うとか、かわいいとか。

 初めて言ってもらえて。

「嬉しいときもひとは泣いてしまうんですよ」

「……そう、なの?」

 ユティアが泣くときは、怖いとき、痛いとき、そして空腹のときだけだった。けれどいまは、そのどれからも遠ざかっている。

「でも、今度からは笑ってあげてください」

「え?」

「カディールがね、心配しているんです」

 心配というよりも怒られている気がしている。

「一度も笑ってくれないから、服でも買ったら喜んでくれるのではないかと」

「あ……」

「けれど、彼に任せたらろくでもない格好にされてしまいますから、私が代わりに選んできたんです。だからこれ、カディールの提案なんですよ」

「そう、だったんだ……」

 だから泣かれて焦ったのかもしれない。

 本当はうれしかったのだと伝えたいけれど、もう遅いだろうか。

「だから、ね。笑ってあげてください」

 自分がずっと笑っていなかったことなど、ユティアはまったく気づいてなかった。今までの生活で笑顔になれるような出来事は少なかった。

「……うん、そうする」

 もう忘れてしまった感情。

(ちゃんと、笑えるかな)


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