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「あーえっと…」
女では長身の部類に入るあたしが見上げる程の長身。百八十は確実に越えているイケメンがにっこにことあたしを見下ろすという光景は、他のお客さんからも従業員たちからも奇妙に、そして不審に映っているだろう。
あたしは彼にお引き上げ頂くにはどうすれば良いかと悩んでいたが、これと言って良い案は浮かばない。。
「そういう宗教とか興味ないんで」
「え、なにそれ?おれ、宗教の勧誘とか怪しい美容器具買わせようとか思ってないよ?」
「じゅぅうぶん、怪しいから」
「ええー?ショックだなぁ」
本当にそう思っているのか怪しいものだ。
相変わらずにこにことした笑顔は変化せずにあたしを見下ろしているし、手首を掴んだ手も緩めようとはしない。
この男、一体何がしたいのだ。
「お姉さん美人だけど勿体ない。もっともっと輝けるのに」
「は?」
輝ける、とかどっかの暑苦しい元テニス選手かっての。口説き文句にしても有り得ない言葉に眉を寄せる。
こいつの目的が全く分からん。
「ね、これから予定ある?」
「ある。めっちゃある。死ぬほど多忙」
「ちょっとお茶しよ?」
こちらの言葉を完全に無視し、軽く首を傾げるように言う声はやたらと甘えていて、こりゃお姉様方がころんと参っちゃうんだろうなと感心する。勿論、あたしには通じませんがね、ええ。
あたしはにこりと笑み返すと分かったと答えた。
「じゃあ、三十分後に受け付けで」
「え?三十分で終わる?」
「…多分、大丈夫」
女性の身支度というものはやたらと時間が掛かるものと相場が決まっているがあたしは五分で終わらせる。下手な男より早い。
「じゃあ三十分後にホールで」
そっと離された手を自分の元に引き寄せてそそくさと更衣室へと入る。隣接されているシャワールームで身奇麗にすると、すぐに着替えて更衣室から顔を出した。
受付よし!
受付嬢が声を掛けてきたがそれを無視し、コントで見るような尾行中の探偵よろしく壁に張り付きながらホールへと進む。
憐れむような視線とかひそひそと囁かれる怪しみ声とかまるっと無視。暫くはこの辺りは近付けないな…
ホールに到着し前後左右、ついでに上も確認。
ホールよし!
そうしてあたしは駆け出した。県大会で記録を残した足を舐めるなよ。
人生で使う場面が来るとは思わなかった言葉。今こそ使おう。
脱兎の如く!
現役時より好タイムをたたき出したのではなかろうかという早さで自宅に戻ったあたしは荒く息を吐きながら、普段なら一つしか閉めない二重ロックをどちらも閉めてチェーンまで掛ける。
玄関で出迎えてくれたかづの、不思議そうな視線に無言で頷いた。
喋れなかっただけとも言う。
約束なんて破る為にあるものですよね!