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あたしと東光寺との出会いは先月末。体育祭の振替休日の月曜日。

五月だというのに三十度を越える暑い日のことだった。






「母さんおはよう」


寝ぼけ眼のあたしに優しい笑みを向けた母さんは、眠気覚ましとばかりに香り立つコーヒーを差し出してくれた。


「おはよう。って、もうお昼なんだけどね」

「うん、いっぱい寝たぁ」


昨日は目一杯働いて働いて働いて。後片付けだ何だと遅くなり、家に帰り着いたのは九時を過ぎていた。

元来、五月に行われる体育祭のメリットは『涼しい』のはずだが、昨日も三十度を超える気温をたたき出し、そのせいもあってくたくたになってしまった。

汗が気持ち悪いので手早くシャワーを浴びるとそのまま泥のように眠り、ついさっき起きた、という具合である。

胃に流し込んだコーヒーが身体に染み渡るようだ。


「身体がぎしぎしするーー」

「運動不足なんじゃない?そうそう」


何かを思い出したらしい母さんは、キッチンの引き出しから見慣れた封筒を取り出した。


「丸居のおばあちゃんから戴いたの。行って来たら?」


丸居のおばあちゃんはうちのご近所さんだ。

その息子さんがスポーツジムを経営していて度々優待券を頂戴する。両親は忙しいを言い訳に(単に運動音痴なのだ)あたしかかづに券をくれる。


「プールですっきりしてこよーかな」


幸、今日は生徒会の収集もない。一日ぐったりしていようかと思ったのだが、泳ぐのは好きだし身体も頭もすっきりする。


「御飯食べてからね」


母さんが用意してくれた遅い朝食に、あたしの胃が盛大に自己主張を始めた。












顔見知りの受付嬢が『また背が伸びてかっこよくなったねぇ』なんて言うので曖昧に笑んで返す。

ロッカールームで水着に着替えながら先程のやり取りを思い出し嘆息した。

女の子があたしに向ける視線のほとんどは『背が高くてカッコイイ』で、異性が向ける視線は『でかくて可愛くない』である。

昔は身長をごまかそうと猫背になっていたのだが、不格好過ぎて止めた。

産まれ持ったものはどうしようもないしこれがあたしだ。気にしたって仕方ない。

着替えを終えたあたしは、プールへと迎ながら癖のない黒髪をキャップへと押し込んだ。





二十五メートルプールをマイペースに二往復。

脚に疲労を感じたあたしはゆっくりと水面から顔を上げた。ゴーグルを外したあたしは視線を感じてそのまま視線を上げる。


うわ。

近距離に嫌味なくらいのイケメン。


思わず眉を寄せるほどの。

目を引く色素の薄い茶の双眸。透き通るように綺麗な対があたしを見下ろしている。

鼻梁はすっと通っていて程よい高さ。下唇がぽてりと厚めで妙に色気がある。年齢はあたしと変わりないように見えるが。

あたしを見下ろす笑顔は効果音が着きそうなくらいキラキラで、女の子受けする甘いお顔に程よく鍛えられた細マッチョ。全体的な雰囲気が何とかっていう若手俳優に似ている気がする。

不躾だと思うが見れば見るほどに嫌いなタイプだ。


あたしは基本的にイケメンが嫌い。

あたしが関わってきたイケメンというのは自分に自信があって大概に馴れ馴れしい。かづの気を引こうと寄ってきては玉砕し、あたしを取り込もうと下手な画策をしたり面倒を起こしたりする。

かづみたいな可愛い子には優しいくせに普通の女の子には最低な態度。

ああもう。過去にあたしが絞めてやった馬鹿どもを思い出し苛々してしまう。


「何か用ですか」


邪魔なんですけど、と刺々しい言葉も忘れずに付け足す。あたしの言葉にイケメンはああごめんね、とこちらに手を差し出した。

…まさか手を引いて引き上げるという気じゃあるまいな?!

きつく睨み付けてやるが手を戻すつもりもなければ笑顔を消す気配もない。


めんどくさ。


ゴーグルを着けると素早く水中に潜って壁を蹴った。全力で水を掻き分け、奴から離れた位置で顔を上げる。


……何故また居る。


先程と同じ無駄な笑顔。早いねぇ、なんて暢気に言って。


「何なんだあんた!邪魔だって言ってるだろ!」

「東光寺祐貴」

「…は?」

「だから、俺。東光寺祐貴。お姉さんお名前は?」


もしかして。まさか有り得ないが。


「ナンパ?」

「うーん。そうかな?」


何故疑問に疑問で返す。


「結構。一生涯間に合ってます」

「え?ちょっと待って。話しだけでも」

「時間とは平等に、だが不公平に与えられるものだ。それを無駄に浪費するのはあたしの持論に反する」


あたしの剣幕に押されたのか。男は引っ込めたまま口をあんぐり開けてあたしを見下ろしている。

その隙にあたしはプールから上がり、颯爽と更衣室に向かう…はずが、しっかりと手首を掴まれた。


「二秒で離さないと痴漢って叫ぶよ。いち、に」

「綺麗になりたくない?!」

「………は?」


がっちりと。

あたしの両手首を握り込んだその男、東光寺祐貴はヒーローでも見る子供のような輝く瞳であたしを見下ろしていた。

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