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体育祭が終わったばかりの六月は生徒会の仕事もほとんどない。暇な時は集合の声さえ掛からないし、収集されても運動部の生徒より早く帰宅出来る。


「ただいまー」

「お帰りなさい、美月ちゃん」

「今日は何?良い匂いがしてる」

「美知さんが作ったビーフシチューよ」


そう言ってふわりと笑う喜代子さんは今年で還暦を迎えるがとてもそうは見えない若々しさだ。あたし達が産まれた頃から我が家の家事を手伝ってくれている。

お手伝いさんみたいだと言うと良いご家庭を想像するかと思うがうちは中の上程度。

個人で産婦人科を経営しているが、人の良い両親は設備だ人件費だのに経費を使い、黒字ギリギリの利益しか上げていない。

父は院長、母は助産婦。年中忙しい。

両親が揃って家を空ける時に来てくれる喜代子さんは父の叔母だ。四人姉妹の長女であるあたしのおばあちゃんとは十歳ほど離れている末の妹。

若くで産んだ息子さん二人は既に独立して旦那さんと二人近所に住んでいる。喜代子さんの子育てが一段落した頃にあたしたち双子が産まれたので助けにきてくれているのだ。

好きでやっていることだからと、あまりお礼を受けとってくれないらしい。

両親と同じくらいに大切で大好きな喜代子さん。

あたしがこの病院を継いだ暁には両親と喜代子さんを楽にしてあげるのだ!


あ、ちなみに。

あたしは医者の娘だというのに血がダメなので(自分の血なら何とか我慢出来るが、人の血はほんっとにダメだ。貧血で倒れる)医者になる気はない。

優秀な医者を捕まえてあたしは経営に専念するつもりだ。既に病院の経理を手伝っている。


「母さん夜勤?」

「ええ。香月ちゃん帰ってるし、おばさんもう帰るわね」

「うん。ありがとう、おやすみなさい」

「おやすみ」


夕飯は一人で食べるものじゃないと言って、両親が居ない時には喜代子さんが一緒に居てくれるが、今日は姉妹二人での食卓か。


この時、喜代子さんのにんまりとした含み笑いに気付いていれば、あたしは夕飯を放棄し二階に駆け上がっていただろう。

残念ながら、あたしは人の感情を汲み取るのがあまり上手くない。



「みづちゃんお帰り〜」

「ただい…まぁあ?!」


リビングからひょこりと顔を出した愛らしいかづの笑みに、締まりのない笑顔で応えた瞬間だった。

あたしのテリトリーに在ってはならないものが視界に飛び込んできたのだ!


「美月さんお帰り」


待ってたよ、と綺麗に笑むその男をあたしはびしりと指さした。


天敵!

害虫!

公害!


「東光寺祐貴!」

「はい」


あたしの悲鳴に奴はにこりと笑んで返事をする。違う!呼んだ訳ではないっ!


「かづ!殺虫剤だ!ジェットのやつ!」


切羽詰まったあたしとは対称的にのほんと笑う。


「どこにあるか知らなぁい」

「嘘つけぇえ!」

「殺虫剤は流石に痛いから止めて?」

「うぉお!可愛く言うな!小首傾げんな!気色悪っ」

「うわぁ…言い過ぎじゃない?」

「美月さんになら何言われても大丈夫だから。ありがとう香月ちゃん」

「かづに寄るなぁああ!」


妙に近い位置にいる東光寺から護るようにかづを抱き寄せる。それをにまにまと気色悪い笑みで見ている害虫!


「何の用だ!」

「勿論、お願いに」

「帰れ!自分で塩撒いてから帰れ!」

「そんな事言わずにさ」

「しつこい!他を探せ!」

「俺には美月さんしか居ないんだ。他なんか見れない」


うぉお。何という台詞を!

あたしの背をぞわわっと悪寒が走った。すんごい鳥肌立ってる。


「お願いだから俺のモデルになって?」

「ならぁぁあん!」


あたしの叫び声に呼応したらしい愛犬ハムがアオォンと遠吠えた。








結局。

かづが東光寺の分まで夕飯を並べ、遠慮もなくテーブルに着いた奴のせいでちっとも楽しくない食卓が開始されてしまった。

あたしはぶすりとしたまま。延々と話し掛けてくる東光寺を完全無視。

かづがほわほわと笑って相手をしてやっているという状態だ。そんな害虫など追い払ってしまえば良いのに、あたしのかづは良い子だなぁ。

せっかくのビーフシチューが台なしになっているというのに怒らないのだから。


「美月さん」


名を呼ばれても無視。あたしは食事に集中しているのだ。


「ジムはいつ行くの?」


ぐ。

無視は出来ても耳に入る声を遮断することは出来ない。

思わず牛肉を咽に詰まらせるところだった。あたしはゆっくりと咀嚼して無言で東光寺をねめつける。

無駄に色気を出す男は小さく笑った。


もう二度と行くもんか!

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