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1疾走少女

「姿勢!礼!」


号令を掛けるのは日直の仕事だというクラスもあるが、我が国立進学組Aクラスでは生徒会役員であるあたしの仕事だ。この学校ではクラス委員は存在しない。クラス委員がやるであろう細々しい仕事を日直で行い、クラスを纏めるような仕事は生徒会役員に押し付ける。かなり損な役割と同時に信頼と人を纏める能力を必要とされるのだ。


昼休みを告げるチャイムと同時に号令を掛けると、あたしは勢いよく椅子を立った。

あたしで何人目の主人か知らないが、使い古された椅子はがたんと派手な音を立てて揺れ、がたん、と元に戻る。

まだ纏めが終わっていない世界史のじいちゃん先生は、ちょっと恨めしげにあたしを見てから息を吐く。仕方ない、とばかりに。


にゃにおう。

言っておくけど、あたしはずっと早く終えろと、その背に念を送っていたからな!ちらちらと振り返ってはあたしの視線と時間を確認していただろ!気付かなかったとは言わせない。


「じゃ!」

「転ばないよう気をつけてね」


前の席に声を掛けるとぽやぽやとした返事が返ってきた。

それを背中で聞きながら、あたしは乱暴に教室の扉を開き、走り出す。


校内で走るべからず、っていうのはまあ当然の校則だが、雨の日に運動部員がランニングをしているのを見ると、文句も言いたくなる。あれは走っているのではないか、と。屁理屈か。

まあ。そんな校則など完全に無視を決めて、あたしは廊下を疾走していた。

ちらほらと出てくる生徒たちは毎度の事であるあたしの疾走に何も言わない。更には教師も黙認。

係わり合いになりたくないのだ。

今なんて古文の先生が、笑顔で頑張れって手を振った。ええ、頑張りますよ。


まずはこの校舎から脱出し、部活棟、もしくは図書館に隣接する国語科教員室に逃げ込む。


物凄い勢いで階段を駆け降りたあたしは、勢いと手摺りを利用してきゅっとコンパクトに廊下の角を曲がり、図書館へと足を向けた。手にしたお弁当の包みが、手摺りに当たって音を立てる。

寄ってしまう?そんなの、胃に入ってしまえば皆同じ。作ってくれた母には悪いが、見てくれなど気にしない。


今日は仲の良い司書さんが来ている日だ。だから国語科教員室を選んだのだが、あたしはそこで酷い不安に襲われる。


あいつが、それくらいの情報を、知り得ないなんてことがあるのだろうか。



その不安を打ち消せぬまま、図書館前の渡り廊下へと飛び降りた瞬間だった。

あたしは目の前にしたゴールに気が緩んでいたし、唐突に押し寄せて来た不安に酷く動揺していたのだろう。


唐突に伸びてきた腕にあたしの身体はぐいと後方に引き寄せられ、どすん、と温かいものに抱き込まれる。


しまったぁ!今日は部活棟にすべきだった!

などは後の祭り。


「女の子が舌打ちなんかするものじゃないなぁ」


ねぇ、美月さん、と。

甘ったるい声と笑顔であたしを見下ろす男に、これみよがしな舌打ちを再度聞かせてやる。男は無駄に笑顔を輝かせてあたしの身体をぎゅっと抱きしめた。背を駆ける悪寒。全身に鳥肌が立つ。


「セクハラだ!離せ!東光寺祐貴!」

「離すと美月さん逃げるし。追い掛けると暑いし疲れるよね?」

「若者ならば率先して汗をかけ!走れ!お前の情熱をスポーツに傾けろ!」

「美月さんが一緒ならそれも良いかなぁ」

「人は孤独なものだ。さあ、孤独に向かって走るがいい」

「そうだね。でも美月さんが一緒だから大丈夫」

「あの緑色のプールに飛び込んで頭を冷やして来い。今なら大量のおたまじゃくしたちと仲良くなれる。一部は卵のままかも知れんが、お前ならば大丈夫だ」

「おれ、生臭い美月さんでも愛せる自信があるよ?」


通じない。噛み合わない。

あたしはがくりとうなだれた。


糸島美月十六歳。

面倒な男に目を付けられ早一月。そろそろ、我慢の限界を感じていた。


今こいつが消えて、疑われるのは確実にあたしだ。間違いなく。

それでも。金田一一族や小学生探偵くんレベルでないと解けそうにない完全犯罪を幾通りか企てるほどに、あたしは切羽詰まっていた。

実行に移す前に、こいつがあたしの目の前から消えてくれれば良いのだが。

こいつの執着ぶりはちょっと、いやかなり、異常だ。尋常ではない。


「お弁当食べようか」


残念ながら、こいつが追うのを飽きた、諦めたと言ってくれる日はまだ遠い気がする。


あたしの手を引いて裏庭へと足を向けるこの男。

東光寺祐貴十六歳。明るい茶色の髪にイケメンと呼ばれる女性的な甘い顔立ち。そのくせ背は無駄に高く、部活はしていないくせに筋肉質な身体は腹立たしい。

この『モテますよ』という存在は、あたしみたいな真面目な人間とは対極で、あたしにとって嫌悪の対象でしかないというのに。

何をどうしてこうなってしまったのか。思い出すのも嫌な出来事にあたしは嘆息した。


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