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精霊術師の終着点 〜 短編シリーズ 〜

あーしの最初の一歩

作者: ワイパス
掲載日:2026/09/30

※注意※

この作品は長編小説の本編「精霊術師の終着点 〜 短い言葉に込めた重い物語 〜」の内容に関するネタバレを含みます。

本編を未読の方は、本編を先に読むことをおすすめします。

「すごいぞ、ローレル!」

「さすがローレルちゃんね」

あーしの周りには、たくさんの人が集まってきた。

…最初だけは。

「ローレル、ここはどうしたらいいと思う?」

「ローレルちゃん、ちょっと相談があるんだけど、今いい?」

最初のうちは、みんながあーしを頼ってくれた。

でも…

「…いや、自分で何とかするよ」

「…もう大丈夫。困ってないから」

気づけば、あーしを頼る人は少しずつ減っていった。

そして最後には、誰もいなくなる。

…いつも、そうだった。

あーしは、それを天才ゆえの孤独なのだと、自分に言い聞かせるようになった。

そうでも思わなければ、一人になってしまう理由が見つからなかった。


そして、十二歳の時、あーしはパウロにある魔法学校へ進学した。

アインシュ族として、パウロという国を調べるため。

いや。

本当は、ただ人とのつながりが欲しかっただけなのかもしれない…


魔法学校に入学してからも、最初は友達ができた。

でも、どういうわけか。

一人、また一人と、あーしのもとを離れていく。

…また、一人になるんだ。

そんな諦めにも似た気持ちを、いつしか抱くようになっていた。


ある日の一般科目の合同授業。

机に肘をついてあごを乗せて、一人で席に座っていると、一人の女子生徒が目に入った。

あれは、確か…

スピレア、だったっけ?

親は教会に務め、本人にも精霊術師としての素質がある。

勉強もできる。

いわゆる、天才と呼ばれる子だ。

あーしと同じくらい優秀なはずなのに、その子の周りには男女問わず大勢の生徒が集まっていた。

…どうして?

胸の奥から、言いようのないもやもやとした感情が湧き上がってきた。


すると、不意にスピレアと目が合った。

スピレアはにこっと笑うと、そのままこちらへ駆け寄ってくる。

「…?」

何をしに来るのか分からず、あーしは呆然とその姿を目で追った。

目の前まで来たスピレアは、人懐っこい笑顔を浮かべて言った。

「初めましてだよね? 私、スピレア。よろしくね」

周りの生徒たちが「関わるのはやめたほうがいい」と止めている。

それでも気にした様子もなく、スピレアはあーしへ手を差し伸べてきた。

何がしたいんだ?

その行動の意味が、まるで分からなかった。

「…あーし、ローレル」

一応、名前だけは名乗っておく。

どうせ、この子もすぐに離れていく。

そう思い、名乗るとすぐに視線を逸らした。

「ローレルちゃん…?」

スピレアは少し考え込むように首を傾げる。

そして、ぱっと表情を明るくした。

「あっ! いつも一番の子だよね! 今度、勉強教えてよ!」

「…え? あーしの噂とか聞いてないわけ?」

孤立してからというもの、良くない噂が流れていることくらい、あーし自身も知っていた。

きっと、スピレアの耳にも入っているはずだ。

それなのに、どうしてそんなことを言えるんだ?

友達なら周りにたくさんいるのに。

どうして、わざわざあーしに関わろうとする?

あーしには、その理由がまったく分からなかった。

「噂は知ってるよ。でも、本当かどうかなんて分からないじゃん」

少し困ったように笑いながら、スピレアは答えた。

「じゃあ何? 噂の真偽を確かめに来たってわけ? だったら、全部ほんと」

友達が離れていく寂しさは、もう嫌というほど知っている。

だから、もう誰とも仲良くなりたくなかった。

そのためにも、できるだけ冷たく突き放した。

「本当かどうかは、私が決めることだよ」

そう言うと、スピレアは優しく笑った。

「とりあえず、よろしくね」

その笑顔のまま、頬杖をついていたあーしの手をそっと握り、そのまま強引に握手をした。

その手は、驚くほど柔らかくて、温かかった。

「…よ、よろしく」

気づけば、少し照れくさくなって、小さな声でそう返していた。

「うん!」

これが、スピちゃんとの出会いだった。


それからというもの、どういうわけかスピちゃんは、何かにつけてあーしのところへやって来るようになった。

「ローレル、お願い! この問題の解き方教えて!」

「ローレル…使わない体操着とか持ってない?」

「ローレル、ごめん! 教科書貸して!」

「ローレル、ごめんね。その…借りてたノート、忘れてきちゃった…」

「ローレル、一緒に文化祭回ろうよ!」

最初は面倒な子だと思っていた。

でも、不思議と嫌じゃなかった。

スピちゃんと一緒にいると、胸の奥がじんわりと温かくなる。

心がふっと軽くなるような気がした。


しかし、そんなスピちゃんとの時間も、学年が上がるにつれて少しずつ減っていった。

二年生、三年生になると共通科目は減り、それぞれの専門科目が増えていく。

仕方のないことだと、頭では分かっていた。

それでも…

たまに廊下ですれ違う時、スピちゃんが声をかけようとすると。

「ローレ…」

「やめときなって」

スピちゃんの周りにいる護衛たちが、あーしとの接触を止める。

その光景を見るたびに、胸の奥がざわついた。

スピちゃんを初めて見た時に感じた、あのもやもやとした感情。

それが、また少しずつ心を覆っていった。


もちろん、ただ学生生活を楽しんでいたわけではない。

アインシュ族として、パウロを調べるという本来の目的も忘れてはいなかった。

ある晩、あーしは精霊教会本部の機密文書が保管されている部屋へ忍び込んだ。

「…教皇よりも枢機卿の方が、人望は厚いんだ」

資料に目を通しながら、思わず呟く。

「…あれ? この枢機卿って、スピちゃんのパパじゃね?」

どうやら、スピちゃんの人を惹きつける力は父親譲りらしい。

一方で、教皇について流れている噂は対照的だった。

金や権力への執着。

私利私欲を優先する姿勢。

そんな二人ではその内立場が反対するだろうな。

なんて、気楽に考えながら読み進めていた。

そして、さらに教会について調べていると、ある人物の名前が目に入った。

「あれ…?」

そこに描かれていた人物を見て、息を呑む。

「スピちゃんのママって…アインシュ族じゃね?」

見覚えがあった。

当然だ。

彼女は、アインシュ族の都市から駆け落ちしたという、珍しい経歴を持つ人物だったから。

気づけば、あーしはスピちゃんの家族について調べることに夢中になっていた。

そのせいで、周囲への警戒が疎かになっていた。

その瞬間。

バンッ!

突然、扉が開いた。

「誰だ!」

反射的に振り向く。

そこに立っていたのは、恰幅の良い体型をした男だった。

一目で高価なものだと分かる、シンプルながらも華やかな司祭服。

その姿を見た瞬間、理解した。

教皇だ。

教皇が、なぜ一人でここに?

疑問を抱きながらも、あーしはすぐに両手を上げ、教皇の前へ出た。

「…学生?」

教皇は訝しげな視線を向けてくる。

「すみませーん。道に迷っちゃって」

とぼけることにした。

そのまま隙を見て逃げ出すつもりだった。

しかし。

「とぼけるな!」

教皇は警戒を解かず、怒鳴りつけてくる。

「今すぐ警備の者を呼ぶ。そこを動くな!」

まずい。

このまま警備兵を呼ばれれば、逃げるのは難しい。

どうにかしなければ、争いは避けられなくなる。

あーしは必死に頭を回転させた。

教皇は権力に執着している。

枢機卿は人望が厚い。

ならば…

二つの情報が、頭の中で繋がった。

「待って!」

あーしは、余裕があるように口元を吊り上げた。

「…あーしと取引しない?」

「取引?」

警備兵を呼ぼうとしていた教皇の動きが止まる。

「そそ。邪魔な枢機卿…いるっしょ?」

「…何のことだ?」

教皇の表情が、一瞬だけ揺らいだ。

その反応で確信する。

「見逃してくれれば、その枢機卿を失脚させる手伝いをしてあげる」

この時のあーしは、自分が助かることに必死だった。

その枢機卿が、スピちゃんの父親だということを…

すっかり忘れてしまっていた。

「…ほう」

教皇はゆっくりと口角を上げる。

「本当にそんなことができるのなら…乗ろうではないか」

その笑顔は、どこか不気味だった。

あーしは、賭けに勝った。

その時は、そう思っていた。

まさかこれが

あーしと教皇の長い因縁の始まりになるとは、知らずに。


次の日の夕方。

偶然、職員室の前の廊下を歩いていた。

すると、職員室の扉が開き、中から一人の女子生徒が出てきた。

「…スピちゃん?」

そこにいたのは、今まで一度も見たことがないほど憔悴しきったスピレアだった。

顔は青ざめ、いつもの明るい笑顔はどこにもない。

思わず声をかける。

「ローレル…!」

あーしに気づいた瞬間、スピちゃんは駆け寄ってきた。

そして

「えっ…?」

突然抱きつかれ、あまりの勢いに支えきれず、その場に尻もちをついてしまう。

スピちゃんは、あーしの胸に顔を埋めたまま、声を押し殺すように泣き始めた。

「スピちゃん…どったの? 大丈夫?」

状況が理解できず、戸惑う。

それでも、震える背中を見ていると放っておけなくて、そっと抱きしめた。

「ローレル…お願い…助けて…」

絞り出すような、か細い声。

その一言で、ただ事ではないことを悟った。

「ん? 何かあったわけ?」

恐る恐る尋ねる。

すると、スピちゃんは震える声で答えた。

「お父さんと…お母さんが…」

途切れ途切れの言葉。

でも、それだけで十分だった。

頭の中に、昨夜の取引が蘇る。

あーしがしたことだ。

あーしが、助かるために選んだ行動の結果だ。

嫌な汗が、背中を伝った。

「…頼るの、本当にあーしでいいの?」

罪悪感から、思わずそんな言葉が漏れる。

すると

「私には…ローレルしか頼れる人がいないの!」

スピちゃんは顔を上げ、必死に叫んだ。

その表情には、深い絶望が浮かんでいた。

その瞬間。

背筋が震えた。

今まで感じたことのない感覚が、全身を駆け巡る。

そして、あーしは気づいてしまった。

あーしは、人が絶望に染まる瞬間に、心を奪われるのだと。

「…任せてよ。あーしが全部何とかしたげるから」

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