第10話 40歳童貞様の解放
「そういや今、国王軍と休戦中なんだけどさ。休戦中に捕虜を解放することが出来んだけど、どうする?」
「『どうする』って、どういうことですか?」
魔王軍陸軍大将の意図を計りかねて、伊藤は首を傾げた。
横に座っていた少将が、説明を補足する。
「お前さ、おれが捕虜にしたワケじゃん」
「そうですね」
「おれたちが良いって言えば、お前を解放してやれるっつってんだよ」
伊藤はこの世界へ来てまもなく、牢獄に囚われた。
異世界に来てから半年以上も経っているのに、外の世界をほとんど知らない。
中将が「暇潰しになれば」と、この世界の本を持って来てくれたが全然読めなかった。
伊藤の目には、意味不明な記号が並んでいるようにしか見えない。
日本人が、ロシア文字やアラビア文字を読むようなものだ。
伊藤は牢獄にいた月日が長すぎて、牢獄生活にすっかり慣れてしまった。
6畳一間の独房で、冷暖房完備。
水回りはトイレしかないが、布団はふかふかで、3食おやつ付き。
大将と中将と少将が、定期的に“拷問”という名の遊びに連れ出してくれる。
今さら解放されたところで、どこへ行けというのか。
大将が心配そうに、伊藤の顔を覗き込む。
「お前さ、ここ出て、どっか行く宛あんの?」
「ないですね。召喚されてすぐに、ここに連れて来られたんで」
「じゃあ、ずっとここにいればいいじゃん」
「確かに、ここにいた方が快適ですね」
「そっか! 良かったっ!」
伊藤が笑みを浮かべると、大将も嬉しそうに笑った。
だが本音を言うと、元の世界へ帰りたかった。
帰りたくても、帰る方法が分からない。
中将から聞いたところ、伊藤は国王軍に召喚されたという。
もし魔王軍から解放されて、国王軍へ入ることが出来れば。
自分を召喚した魔法使いから、魔法の使い方を教えてもらえるかもしれない。
魔法を使えるようになれば、転送魔法で元の世界へ帰れるかもしれない。
国王軍が大魔法使いを召喚したということは、何か目的があるはず。
国王軍に入ったら、きっと目的を果たすまで帰してはもらえない。
いや、それ以前に国王軍へ辿り着けるかも分からない。
かといって、このまま牢獄で生かされ続けるのも違うと思う。
ここにいたって、どうにもならない。
やっぱり、解放してもらうべきだと考えを改める。
「すみません。僕――……」
そこまで言い掛けた時、伊藤の足元に光の線で魔法陣が描かれていく。
その魔法陣に、見覚えがあった。
この世界に召喚された時に現れた、あの魔法陣だった。
★☆
鈴木と高橋と田中の3人は、再び召喚の間を訪れた。
ついに3人は、魔力の使い方を会得した。
いよいよ、伊藤を召喚することになった。
伊藤を呼び戻し、4人で現代日本へ戻る。
これは、3人共通の願いであった。
初めての魔法を使うということに、3人は期待と興奮で胸が高鳴っている。
同時に、もし召喚が失敗したら、という緊張と不安も抱いている。
何にしても、失敗を恐れていては何も出来ない。
「よし、みんな、やるぞっ!」
「「おうっ!」」
「はい」
3人では不安だったので、執事にも手伝ってもらうことにした。
4人はそれぞれ魔法書を手に、地面に描かれた魔方陣の周りに立つ。
魔法書の文字には、全部ふりがなを振って読めるようにしてある。
噛まないように何度も練習した呪文を、4人で詠唱し始める。
4人は魔法陣に、魔力を注いでいく。
魔力の光は魔法陣の線をなぞり、魔法陣の文字にひとつずつ光が灯っていく。
本当に魔法が使えたことに、3人は驚きを隠せない。
しかし、驚いている場合ではない。
召喚魔法を成功させるには、最後まで気を抜かずに詠唱を続けなければならない。
詠唱し終わると、魔法陣に光の柱が建った。
落雷したような強い光が、召喚の間にあふれた。
しばらくすると、少しずつ光量が下がっていく。
光が消えた後、魔法陣の上に伊藤がキョトンとした顔で座っていた。
3人は号泣しながら、伊藤に駆け寄る。
「あれ? ここどこ? あっ、お前ら! 久し振りっ!」
「い゛どぉ゛~! あ゛い゛だがっだぁぁあ゛あ゛ぁ~っ!」
「お前! どこほっつき歩いてやがったんだよっ?」
「良かったぁ~! 生きてたんだなっ!」
☆
感動の再会が落ち着いた頃、伊藤はこれまであったことを軽く話した。
気が付いたら、知らない場所にいたこと。
その場で拉致られて、今までずっと魔王軍の捕虜として、牢獄に囚われていたこと。
伊藤の話を聞いた3人は、可哀想なものを見る目を伊藤へ向けた。
今の伊藤は3人が最後に見た時よりも、ずいぶんとスリムになっていた。
「だから、そんなに痩せちゃったのか……」
「捕虜なんて、さぞかし辛かったよなぁ……」
「なんにせよ、生きてて良かった」
伊藤は捕虜用の定期健康診断で、内臓脂肪症候群に引っ掛かった。
その為、魔王軍お抱えシェフが作った美味しいダイエットメニューが、毎食提供されていた。
さらに、“拷問”という名のジムトレーニングで、健康的に痩せただけなのだが。
そんなことを、3人が知る由もない。




