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1.プロローグ

初心者です。よろしくお願いします。


 ルイーザ・ツィレイ伯爵令嬢。それが今夜の夜会に招待された私の名だ。


 春に始まる社交界は夏の頃に終わりを告げる。

 南にある砂漠から運ばれてきた暑気に、夜でも首筋から汗が滲みだす時季になると、私は社交界のパーティから逃げ出したくてたまらなくなる。


 デビュタントからほんの数年でこれなのだから根っから貴族に向いていないと自分でも思う。


 招待された夜会は今宵も盛況だ。主賓の王太后陛下こそ既にお帰りになったが、名のある貴族の面々が歓談に興じ、燕尾服に先導されて重たそうなイブニングドレスがホールの真ん中で揺れている。


 私も例にもれず重たいドレスを引き摺って、風通しの良い窓辺から庭園のバラを眺めた。

 黙って壁際にたたずむ。すぐに幾つかの視線に気付いてそっと目を閉じる。婚約者を見つける目的も兼ねた夜会では、未婚の令嬢はいつも多くの視線に晒された。


「ルル。気分が悪いの?」

「マクシー。……ええ、暑くてうんざりだわ」


 投資や世論で盛り上がる貴公子たちの輪から一人の青年が抜け出して、私を愛称を呼んだ。目を開けると正面に立っていた人、それがマクシミリアン・グントラム公爵令息。

 彼は繊細なつくりの面立ちを心配そうに歪め、緑色の目を細める。


 貴公子の中の貴公子。

 容姿端麗、博学多才、性格は温厚で明るいともっぱらの噂で、非の打ち所がない。

 その人の名前がマクシミリアン。グントラム公爵家の跡継ぎであり社交界で絶大な人気を誇る青年は、どんな運命か私の幼馴染だった。


「顔が真っ青だ。すぐにでもおいとましよう」

「ありがとう」


 差し出された腕を頼り、主催の元へ向かう。

 ほんの数分の出来事なのに、周囲からは不躾なさえずりが聞こえてくる。


「マクシミリアン公子だわ。ツィレイ伯爵のご令嬢は仲がよくて羨ましい限りですね」

「公子の甘いお顔立ち、いつ見ても惚れ惚れしますわ」

「気立ての良さに才覚までお持ちなんて、どれほど神に愛されているのでしょう」


 さえずる令嬢たちの噂話は社交界ではお決まりのものだった。


 マクシミリアンは立っているだけで周囲の注目を集める。

 整った容姿と穏やかな振る舞い、次期公爵後継者としての地位、そのすべてが未婚の令嬢から高い評判を得ていた。

 私は腕を組んだまま、目だけでマクシミリアンを見上げる。

 緑の目は深い陰影を帯びていた。湖のように深い。透明で、奥まで異様に澄んでいた。


「ルル、どうしたの」


 彼は私の視線に気付いて顎を引いた。


「……いいえ。王都の夏は暑くてイヤね」

「女性は特にドレスが暑くて大変だろうね」

「ええ、早く避暑地に行きたいわ。おばさまも呼んで、三人でボートを漕ぐのもいいわね」


 私の発言に彼は少しだけ八重歯を見せて笑った。


「叔母上を邸宅から連れ出したら、避暑のあいだ叔父上が寂しがってしまうよ、ルル」

「おじさまも呼べばいいのよ。お仕事が終わらなくて出掛けられないなんてかわいそうだわ」

「ボクたちがボートを漕ぐあいだ、別荘で一人終わらない書類仕事に追われたら、あの人は泣いてしまうかもしれない」

「海軍士官だったのにチャーミングな方ね」


 立場からも、年齢からも貫禄を帯びた、慎重な彼の叔父を思い浮かべる。

 そんな人が寂しくて泣いてしまう愛らしさを想像して微笑むと、マクシミリアンは片目を眇めて口角を上げた。


「キミは昔から変わっているね」


 穏やかな語りに私はほほえむ。

 それを見て、虫も殺せなさそうな男が殊更に美しい笑みをかたどった。


 周囲の令嬢から黄色い悲鳴が上がる。

 ほんとうは、まったく一筋縄ではいかない男であるというのに。


 この青年の身体の内側に隠された混沌を私は実によく知っていた。しかし付き合いが長いためか、同時に、あまり実感のない話でもあった。

 少なくとも、確信を持って言えるのは。彼は私の奇妙な転生譚の、その象徴ともいえる人物に間違いないということだった。

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