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03:罪人用の馬車に揺られて

 ゴトゴトと音を立て、私を乗せた馬車は今日も行く。


 鉄格子が嵌められた窓。

 ただ硬い板が嵌っているだけの座面はところどころ変色し、ほんのり異臭がしたが、これが何を意味するのかは考えないようにした。

 罪人用の馬車に清潔感など求めてはいけない。


 硬い板の上に座っていると腰と尻が痛む。

 両手首に拘束具をつけられた私は、さっきから何度も尻の位置を変えていた。


 王宮の地下牢から出され、王都を出発して三日目。

 今日も、向かいに座る兵士――アーギルさんは腕組みして私を睨んでいる。

 年齢は四十歳くらいだろうか。

 無精ひげを生やした、熊のような巨体の男だ。

 ボサボサの黒髪。灰青の瞳。

 その眼光は刃物のように鋭い。


《ねえねえアンジェリカ。なんでこの人、いっつもアンジェリカを睨んでるの? アンジェリカ、何かしたの?》


 私の傍を浮遊している、背中に蝶のような四枚の羽根を生やした手のひらサイズの可憐な少女――ディーネが尋ねてきた。


 側頭部で結った緑色の髪。

 鮮やかなオレンジ色の目。


 ディーネは私が風の神殿で祈りを捧げることで契約した風の精霊だ。


 精霊とは、自然を司り、万物に宿るもの。

 セレイエ教会においては創造神の御使い、愛と祝福の証と言われている。

 精霊に愛された国は大いに栄える。

 逆に、精霊がいなくなれば衰える。

 だから特に力のある精霊たちは神殿で祀られているのだ。

 そこに留まり、変わらぬ繁栄をもたらしてもらうために。


 私と契約してくれた四体の精霊たちは宣言通りに各神殿を抜け出して今朝私の元に戻り、再契約を結んでくれた。


 ディーネの近くにいる親指くらいの大きさの水の塊――アクアは、私の契約精霊のうちの一体。

 見た目としては魔物のスライムに近く、つぶらな金色の目が可愛い。


 同じく契約精霊である火の精霊イグニスは手のひらサイズの赤いトカゲ。

 その瞳は黄緑色。背中には蝙蝠のような翼があり、立派な四肢と尻尾を持っている。


 最後の契約精霊、土の精霊ノームはゴーレムにも似た土人形つちにんぎょう

 褐色の肌にエメラルドグリーンの瞳をしている。


 ノームは私の傍に座り、じっと私の両手に嵌められた拘束具を見ている。

 私が罪人扱いされているのが不満なのだろう。

 私が一言「壊して」と言えばすぐにでも壊してくれるのだろうけれど、それはできない。アーギルさんという監視役が目の前にいるのだから。


 私の元へ来てくれたのは四体の精霊だけではない。

「大精霊様が行くなら私も行く~」と、半数以上の力ある精霊たちがディーネたちと共に神殿を出たらしく、無数の精霊が私を取り巻いている。

 目に映るのは三十体ほどの有形精霊だけだが、無形精霊の数はそれをはるかに上回る。

 目には見えずとも、数えきれないほどの精霊がいるのが気配で伝わる。


 自分が精霊に愛される特異体質なのは知っていたけれど、こんなにたくさんの精霊たちがついてくるとは予想外だ。

 おかげで、狭い馬車の客室は有形無形の精霊たちが飛び回るカオスな図になっている。


 国内にある二つの神殿からごっそりと精霊がいなくなって聖王国は大丈夫なのだろうか。


 祀っていた大精霊が消えたと知って、教会はパニックにならないかしら?


 土の大精霊がいなくなってはいくら祈ったところで去年ほどの豊作は望めなくなるだろうし、水の大精霊がいなくなっては人が望む通りに雨が降ることもなくなるだろう。

 火と風の大精霊までいなくなったことで自然界のバランスが崩れ、これまでなかったような自然災害も起こるかもしれない。


 まあ、破門された上に国外追放された身で心配する義理はないけれど。


「ううん、何もしてない……つもりなんだけど。しつこく話しかけたのがまずかったのかも」

 三日も共に過ごすのならば、旅の同行人とは仲良くしたいと思うのが人情というもの。


 この三日間、私は距離を詰めるべく彼に話しかけてきた。

 でも、私が罪人だからか、彼は無視か必要最低限の返答しかしてくれなかった。


《会話したくない人に話しかけちゃダメでしょ。嫌われるよ?》

「……ごもっともです……」

 他の精霊たちにも無言で見つめられ、身を縮めていると。


「おい」

 アーギルさんが声をかけてきた。


「はっ!? はい! 何でしょう!?」

 私はビクッとして背筋を伸ばした。


 ディーネも《話しかけてきた!》と驚いている。


「お前は本当に陛下を裏切ったのか」

 唐突なその問いには意表を突かれたけれど。


「いいえ。女神に誓って、私は無実です」

 私はアーギルさんの目を見つめて即答した。


「……。そうか。手を出せ」

「手? こうでしょうか?」

 私は拘束された両手を前に向かって伸ばした。

 すると、アーギルさんは屈んで拘束具の鍵穴に鍵を差し込み、拘束具を外した。


 三日ぶりに腕の自由を取り戻せた。

 それはもちろん嬉しかったが――


「……外して良いのですか?」

「良いわけがない。だが、俺はお前に娘を助けてもらったことがある」

 その力に大小の差はあれど、女神の祝福を受けた聖女は全員が光に属する聖魔法――治癒魔法が使える。

 十歳で聖女と認定されてから約七年、私は自国や周辺諸国を回って奉仕活動に従事し、多くの人々を治癒してきた。

 その中に彼の娘もいたらしい。


「借りは返す。俺はこの三日間、お前を観察してきた。そのうえで出した結論だ。お前が罪を犯した罪人だとは思えん。精霊たちが悪人を慕うはずもないしな」

 アーギルさんは拘束具を自分の横に置いた。


「……ありがとうございます。信じてくださって」

 私は拘束具のせいで赤くなった自分の手首を撫でて微笑んだ。


《あんた顔が怖いだけでいい奴じゃなーい。見直した!》

 ディーネは上機嫌でアーギルさんの肩を叩いた。

 他の精霊たちも喜んでいるらしく、ノームは両手を広げてくるくる回転し、アクアは飛び跳ねている。


「俺にできるのはここまでだ。お前を逃がしたら家族の首が飛ぶ」

 アーギルさんは見向きもせず、邪魔だとばかりにディーネを手で払った。


《なっ。虫でも払うようにあたしを払ったわね!? やっぱ、やな奴!! 前言撤回よ撤回!!》

「ディーネ、落ち着いて。悪いけどちょっと黙っててくれないかしら。アーギルさんとお話がしたいの」

《……はーい》

 ディーネは降下して、私の隣にいるイグニスに話しかけた。

 話しかけられても、イグニスは喋れない。アクアもノームもだ。

 でも、ディーネは彼らの心がわかるため、言葉がなくとも会話が成り立つ。


 イグニスの背に乗って戯れ始めたディーネを視界の端にとらえつつ、私はアーギルさんに顔を向けた。


「危険を冒して私を逃がす必要はありませんよ、アーギルさん。遠慮なくエレギアに追放してください。私には亜人の友人がいますので、ご心配には及びません」

「亜人の友人?」

「実はですね――」

 私はアーギルさんにシャノンのことを話した。

 興味を引かれたのか、ディーネたちも戯れを止めておとなしく私の話を聞いている。


「いつか会いに行っていいかと聞いたら、シャノンは良いと言ってくれました。まさかこんなに早くその機会が訪れるとは思いませんでしたが、それでも、心優しい彼ならば私を歓迎してくれると思うのです。聖女という肩書きはなくなってしまいましたが、変わらず治癒魔法は使えますので、治癒師ヒーラーとして働かせてもらえればいいなと思っています。もし治癒師ヒーラーが不要なら、食堂の下働きでも、掃除婦でも、なんでもする覚悟です。私は孤児院育ちなので、家事には慣れているんですよ」

 両手をぐっと握ってみせたが、アーギルさんの顔は浮かないままだった。


「アーギルさん?」

 気になって問うと、彼は重そうに口を開いた。


「……シャノンとやらはお前を歓迎しても、他の亜人はどうだろうな。お前は百年前、現在のミグロムの前身であるガリオン帝国が行った非道を知らないらしい。当時レノリア大陸で最強の武力を誇っていた軍事国家ガリオンは亜人を根絶し、精霊たちの命の源である《神樹》を我が物とすべくエレギアの森に軍隊を送り込んだ。だが、森の精霊たちが行手を阻んだ。精霊たちによって方向感覚を失い、体調を大きく崩された軍人たちはもはや亜人と戦うどころではなく、撤退を余儀なくさせられた。それで終われば良かったんだがな。撤退する際、帝国の奴らは腹いせに森に火を放ったそうだ。美しい森は辺り一面、焼け野原になったと聞く」

「!」

 私は口を両手で覆った。


《知ってるわ。現場を見たもの》

 硬い声が聞こえた。ディーネが私の目の高さまで飛んで来る。


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