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12:精霊とポーション作り

 エレギアで暮らし始めて早くも半月が経とうとしていた。

 バロン様やベルタ様、何よりシャノンが存分に甘やかしてくれたおかげで私の心身はすっかり回復した。

 あれからもう悪夢は見ていない。

 バロン様が私を国賓扱いしてくださったから宮廷内では表立って私の悪口を言うような亜人はおらず、至って快適に日々を過ごせている。


 ――受けた恩を返すためにも精一杯働かなくては!


 女神セレイエではなく獣神ベスティアを祀る宮廷礼拝堂でお祈りを済ませた後、私は王宮の一角にある工房に向かった。

 ドワーフ族が建てたという石造りの建物は、眩しい朝の光に包まれていた。


 ここは腕の良い宮廷薬師の個人工房だったのだが、薬師が亡くなって長い間放置されていたらしい。

 それを私がバロン様に譲り受けた。

 精霊たちが掃除してくれた――というか、あれはもはや改修工事だ――おかげでボロボロだった工房は新築のような輝きを取り戻している。


 私はスカートのポケットから工房の鍵を取り出した。

 鍵にはシャノンが手編みしてくれた赤い紐がついている。

 その鍵を差し込み、廊下を進んで調合室へ向かう。


 調合室の床にはかごや木箱。

 棚には色とりどりの魔石や木の実、土や粉末を詰めた瓶が整然と収まり、壁には乾燥させた植物の根や茎が何本も吊るされている。


 裏手に面した窓からは薬草園が見える。

 精霊たちが日々手入れしてくれている薬草園では、聖王国では見たことのない多種多様な薬草が風に揺れていた。


 調合室の中央には大きな木製の作業台があり、作業台の近くには精霊たちが集まっていた。

 彼らは私の助手だ。頼まずとも、自ら進んで手伝いを申し出てくれた。

 いまでは私が工房に入る前からこうして待っていてくれている。


《アンジェリカ、今日もポーションを作るの?》

「ええ。一日10本作るのが国王様との約束なの」

 私は宮廷付きの魔法薬師として働くことになった。

 働くといってもノルマはとても簡単なもので、毎日ポーションを10本作って王宮に納品する、それだけ。

 基本的にはそれさえ守れば後は自由にしていいというのだから、とんでもなく緩い労働条件だった。

 さすがにこれだけで給金を貰うのは申し訳ないので、私は暇を見つけては王宮の内外を回り、病人や怪我人の治療にあたっている。

 おかげで何人か知り合いもできた。

 ただの知人から友人に昇格できるかは、今後の私の頑張り次第だ。


「みんな、今日もよろしくね」

《はーい》

 それぞれに動き出した精霊たちを見ながら、私は長い髪をまとめて一本に括った。


「ありがとう」

 精霊が運んできてくれた瓶を受け取り、その中に入っている柔らかい鉱物――レイストーンを乳鉢に入れる。


 レイストーンは食べても無害だが、薬草のような回復効果もない。

 でも、レイストーンは魔力の浸透と循環を促してくれる。

 レイストーンを入れると治癒魔法の効果が倍増するのだ。


 乳棒でレイストーンを砕いている私の周りでは、小さな光の粒のような精霊たちがふわふわと浮かんでいる。

 彼らは力の弱い下級精霊たちだ。

 よほど勘が鋭い人を除けば、一般の人にはまず見えない。


 対して、私を手伝ってくれている精霊たちは誰の目にも映る中級精霊たち。 

 緑色に輝く草の精霊、青く透き通った水の精霊、暖かな橙色の火の精霊。その他諸々。

 風の精霊は薬草園から摘み立ての薬草を運び、水の精霊は水をろ過し、火の精霊は釜の下で出番を待っている。


 ――こんなものでいいでしょう。

 粉々に砕けたレイストーンを調合釜に入れてから、私は精霊たちが摘んできてくれたテナー草とケネルの根をすり潰した。


 すり潰された草の香りが調合室全体に広がる。

 テナー草は薄荷葉ハッカソウのような、爽やかな清涼感のある香り。

 ケネルの根は独特な、癖のある……なんとも形容しがたい香りがする。


《私たちもやるー》

《やるー》

「ありがとう」

 精霊たちと息を合わせて作業を進める。


 私は半分ペースト状になった薬草をまとめて調合釜に入れた。

 最後に加えるのは、水の精霊たちが作ってくれた綺麗な水。

 ポーション作りの最後の決め手となるのが水の良し悪しだけど、水の精霊たちのおかげで最高級のポーションを作ることができる。


 水の精霊が調合釜に水を注ぐと、液体が静かに波紋を広げた。

 何も言わずとも火の精霊が炎を灯し、釜の下で暖かな熱を保ってくれる。


 火の精霊が釜を温めてくれている間に、私は釜の中身を木べらでかき混ぜながら治癒魔法をかけた。

 大釜の中の液体が淡い金色に輝き、工房全体に甘く爽やかな香りが広がる。


《いい匂いー》

 精霊たちはどうやらこの匂いが好きらしい。

 うっとりと目を細める彼らの顔を見るのは、ポーション作りのささやかな楽しみでもあった。


 具合を確認してから火の精霊に声をかけ、火を消してもらう。

 あとはこの液体を冷まし、丁寧に濾して瓶詰めすればポーションの出来上がりだ。


「このポーションがみんなの役に立ちますように」

 完成した金色のポーションを小さなガラス瓶に詰めながら、私は祈るように呟いた。


「出来上がったようね」

「っ!?」

 廊下から声が聞こえ、私は驚いて振り返った。

 仏頂面で立っていたのはベスティア教会の序列第一位の巫女、メルトリンデだった。


 床にくっつきそうなほどに長い金糸の髪。

 黄金に縁取られた神秘的なアメジストの瞳。

 陶器のように白い肌。エルフの特徴である尖った耳。


 十歳くらいの少女のような外見だけれど、実年齢は105歳。

 105歳といってもエルフは長命なので、メルトリンデはエルフとしてはまだ幼いらしい。


 その身に纏うのは白を基調とした巫女服。

 大人用のサイズなのでブカブカだ。

 小さな手はほとんど袖の中に隠れ、長い裾は床についてしまっている。


 それでも、ちゃんと身体に合わせた服を着ろと注意する者はいない。

 彼女が着ているのは亡き母親の服だと、誰もが知っているから。

 巫女服の襟元や袖には神殿と同じくセフィラの花の模様があしらわれている。

 六枚の白い花弁を持つ、《神樹》の周りにしか咲かない花。

 セレイエ教においても神聖視されており、聖女のアミュレットのモチーフとされている花だ。


 メルトリンデは勝手知ったる我が家であるかのように、すたすたと部屋に入ってきた。

 長い服の裾を踏んでしまわないか心配になるけれど、慣れたものらしく、メルトリンデが私の前で転んだことは一度もない。


「ど、どうしてここに?」

 メルトリンデはベスティア教会の最高権力者であり、聖域の管理者だ。その権威は国王に匹敵する。 

 彼女は普段、王宮の近くにある神殿にいるはずだった。


「ポーションを取りに来たの。今日あんたが作ったポーションのうち、一つはあたしがもらう約束なのよ。神官の中に具合の悪い子がいるから」

「そう……あの、良かったら私が行って、その人に治癒魔法をかけましょうか?」

 国王夫妻と王子という強力な味方がいるおかげで、宮廷内では人間である私が歩いていても露骨に嫌悪の感情を表す亜人はいない。

 でも、王宮を出れば話は別。

 護衛役の契約精霊たちが睨みを利かせてくれているから、直接危害を加えられるようなことはなかった。

 けれど、ひと目私を見るなり不愉快そうな顔で舌打ちされたり、酷い罵声を浴びさせられたりすることは何度かあった。


 そういった人間を嫌う亜人の中でも、特に私を嫌っているのがメルトリンデだ。

 エレギアで暮らすと決めた翌日、私はこの国で信仰されている獣神ベスティア様にご挨拶と祈りを捧げるために神殿に行った。

 でも、セレイエを信仰する異教徒は去れと、メルトリンデに追い出された。


 その夜シャノンに聞いたら、ベスティア教会は異教徒にも寛容で、ベスティア以外の神を信仰していても許されるらしい。

 つまり、ただの私に対する嫌がらせだった。


 私はめげることなく、それから毎日神殿に足を運んだ。

 五日前のことだ。

 何度追い払われようとも毎日神殿の前に佇み続ける私に根負けしたらしく、ついにメルトリンデは立ち入りの許可をくれた。王子があんたを入れてやれってうるさいから仕方なくよ、と愚痴りながら。

 以降は私が神殿内にいても睨みつけてくるだけで、特に関わろうとはしてこなかった。


 それからも日課のように神殿に通い続けたおかげで神官や巫女の顔見知りは増えた。

 世間話をする相手もできたし、最低でも、会えば挨拶するくらいの間柄にはなれたと思う。

 挨拶を返してくれないのはメルトリンデだけだ。


「来なくて結構。このポーションがあればどんな怪我も病気もたちどころに治るもの。古傷を跡形もなく消し去り、欠損した指さえ生やすんだから、全く凄いものだわ。さすがは大聖女様。国一番の治癒師ヒーラーだと思い上がっていた自分を恥じるわ。あんたにはとても敵わない」

 当てこするような言い方だった。


 メルトリンデは地・風・水・火の四大属性全てを操る偉大な魔法使いであり、同時にエレギアで一番の治癒魔法の使い手でもあったという。

 それなのに、ある日突然やってきた人間が国一番の治癒師ヒーラーの称号を奪ったのだ。さぞプライドを傷つけたことだろう。


 私が沈黙している間にメルトリンデはポーションを次々と手に取り、窓から入り込む光に透かして眺めた。


「どうやら毒は入ってないようね」

「当たり前でしょう」

 悲しい気持ちでいっぱいだった。

 心を込めて作ったのに、そんなことを言われるなんて心外だ。


《アンジェリカは毒なんていれないよ》

《そうだよ。毎日わたしたちと一生懸命作ってるよ》

 周りにいる精霊たちが抗議してくれた。

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