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11:ショック死は免れた

 目を覚ますとシャノンはおらず、イグニスとノームが傍にいた。

 私と目が合うとイグニスは尻尾を上げ、ノームは片手を上げた。

 アクアとディーネは見当たらない。どこかへ遊びに行っているようだ。


「おはようイグニス。ノーム」

 私はベッドから下りてカーテンを開けた。

 太陽の高さからして時刻は昼近いようだ。

 久々に熟睡できたおかげで疲れは消え去り、頭もスッキリしていた。


 今日の天気と同じくらいに晴れやかな気分で窓辺から移動し、私は化粧台の前に座った。

 鏡に映るのは亜麻色の髪に青い目をした自分自身の姿。

 寝起きのせいで長い髪は好き放題に跳ねている。

 引き出しを開け、そこにあった櫛を手に取って髪を梳いていると、扉がノックされた。


「××××」

「×××?」

 私付きの侍女たちの声がした。

 どうしよう。ディーネもシャノンもここにはいない。


 ひょっとしたらノームやイグニスには亜人の言葉がわかるかもしれないけれど、ノームたちは喋れないし、文字も書けない。よって通訳は不可能。


《アンジェリカ―、起きたんでしょ? 入っていいかって、マルーたちが言ってるわよ》

 扉の向こうからディーネの声がした。


「どうぞ、入って」

 通訳係のディーネが戻って来てくれたことにほっとしながら扉を開ける。


「××××」

 猫の耳を生やした双子の侍女はぺこりと頭を下げ、茶器や水盥が載った銀のワゴンを押しながら部屋に入ってきた。

 彼女たちの頭にはお揃いの三角の白い耳が生えている。

 お仕着せのスカートからは細長い尻尾が伸びていた。


 肩口で切り揃えた白髪も同じだけど、違うのはその目の色。

 姉のマルーは赤い目で、妹のテルーは緑の目をしている。


 マルーの右肩の上にはディーネが座っていた。

 私が眠っている間に仲良くなったらしい。


「×××」

 マルーが水盥を手のひら全体で示して何か言った。


《顔を洗ってください、だって》

 私が顔を洗っている間に、テルーは隣の衣装部屋から一着の服を持ってきた。


「××××?」

《本日の衣装はこれで良いですか? って言ってる》

 フリルがあしらわれた小花模様のドレスを見て、私は目を輝かせた。


 聖女として活動していたときは法衣の着用を義務付けられ、ファッションを楽しむことなどできなかった。

 でも、今日は一段と可愛い服を着せてもらえるようだ。

 自分好みの服を自由に着られるなんて、嬉しすぎる!


「××××××。×××。××××××」

《すみません。お気に召さなかったかもしれませんが、他の服はまだ準備中なのです。ただいま衣装係が頑張っておりますので、今日中にはスカスカの衣装部屋も少しは埋まる予定です。お許しください》

 私が黙っている理由を勘違いしたらしく、テルーは申し訳なさそうな顔をした。


 私と獣人族の成人女性の体格はさほど変わらない。

 でも、私には尻尾がないため、スカート部分に空いた穴を閉じる作業が必要なのだ。

 もちろん、私の身体に合わせるための細かいサイズ調整も必要だろう。

 ちなみに身体測定は昨日行われた。

 その際、苦手な食べ物やアレルギーはないかなどの聞き取り調査もされた。


「ああ、ごめんなさい、テルー。私が黙っていたのは決して嫌だったからじゃないの。昨日に続いて今日もこんなに素敵な服を着ていいのかと感動したからなのよ。是非私にこの服を着せてちょうだい」

 私の言葉はディーネが通訳してくれた。


「××××」

《それは良かったです》

 テルーはニッコリ笑って、マルーと一緒にドレスを着せてくれた。

 私はドレスを纏い、軽く身体を動かしてみた。

 私の動きに合わせて、袖やスカートのフリルがふわふわ揺れる。

 私の心もふわふわと天に昇ってしまいそうだった。


 マルーは私を化粧台の前に座らせ、丁寧に髪を梳き、後頭部にリボンを結ってくれた。

 その間にテルーがティーカップにお茶を注ぐ。


「×××××」

花茶はなちゃをご用意いたしました。どうぞ、お飲みください》

 差し出されたティーカップには見事な筆致で花の模様が描かれていた。


「ありがとう。もしかして、シャノンが私にお茶を出すように言ったの?」

 湯気が立ち上るティーカップを受け取って、私は聞いた。

 花茶とは、エレギアの森でしか採れないミネアの花で作ったお茶だ。

 昨日の夜にも出してもらったのだが、甘い花の香りのする爽やかな味のお茶で、びっくりするくらい美味しかった。


「××××」

《はい。アンジェリカ様が大層気に入っておられたようなので、毎朝出すように申しつけられております》

 私の感激っぷりをシャノンは覚えていてくれたらしい。


「そう。本当に、何から何までお世話になって……久しぶりにぐっすり眠れたのも彼のおかげだわ。後できちんとお礼を言わないといけないわね。シャノンはもうお仕事中よね?」

「×××」

《はい。本日は獅子族の長を城に招いておられます。なんでも、領地経営と再来月行われる夏祭りについてご相談されるとか》

 アーギルさんは亜人が森で原始的生活を送っているのではないかと言っていたけれど、とんでもない誤解だった。


 服を着て、言葉を話す。教育を受けた者は文字だって書ける。

 各部族の長がそれぞれ領地を経営し、国王が国を統治する。

 文明レベルも聖王国と同じくらいだった。


 亜人と劣等人種と馬鹿にしてきた人たちに、ドワーフ族が建てた美しい王宮や神殿を見せてやりたい。きっとその建築技術に度肝を抜かれるだろう。


 王宮から見える王都の街並みも壮観だ。

 さすがに、大国ミグロムのように下水道まではないけれど……それは聖王国も一緒なので、引き分けです。


「領地経営……私には馴染みのない言葉だわ。本当にシャノンは王子様なのね。私なんかが親しくしてもらっていて良いのかしら……」

 私はティーカップをソーサーに置き、テルーに目を向けた。


「ねえ、テルー。シャノンってその、婚約者とか、恋人とか、いないのかしら? 王子様だというなら、生まれたときから婚約者がいてもおかしくはないわよね?」

 

「×××」

《いるって》


「!!」

 頭を鉄槌で殴られたような衝撃を受けた。

 視界がグラグラ揺れ、顔から血の気が引いていく。

 自分でもなんでこんなに衝撃を受けているのかわからない。


 ――いたのか。婚約者。

 迂闊だった。初めから彼に聞いて確認しておくべきだった。

 シャノンがあまりにも親身になってくれるから、いないものだとばかり思い込んでいた。


「そ、そう……なの」

 私は何とか言葉を絞り出した。

 平静を装いたいのに、声が震える。


「なら、シャノンにはこれ以上私に構わないよう言わないといけないわね。お相手の女性に誤解されるような言動は慎むべきだわ。昨日のことだって、ただ添い寝しただけで、何もしていないと言っても信じていただけるか……いえ、たとえ信じていただけたとしても、許していただける? 私だったら婚約者が別の女性と添い寝なんて嫌だわ。ああ、私が彼に甘えたせいで婚約破棄されるようなことになったらどうしよう……どうやって償えば……」

「×××?」

「×××」

 頭を抱えた私を見て、マルーとテルーがオロオロしている。

 心配してくれているようだけれど、何を言われても彼女たちの言葉はわからない。


《いやいや。そんな深刻にならないでよ。いまのは嘘だってば》

 ディーネが慌てて降下してきた。


「え?」

 びっくりして顔を上げる。


《冷静になって考えてみてよ。アンジェリカに散々思わせぶりな態度を取っておきながら、実は恋人がいました~とか、実は既婚者でした~なんて、そんなふざけた話、あたしたちが許すと思う?》

 ディーネは肩を竦めた。


《安心して。さっきテルーは『シャノンには恋人も婚約者もいない』って言ったわ。それなのに、あたしがいるって嘘をついたの》

 私は呆然とディーネを見つめた。

 ……なんだ。嘘だったのか。

 ほっとすると同時に、怒りが込み上げてきた。


「……なんでそんな嘘をついたの? 私はシャノンが婚約破棄されてしまうのではないかと不安で怖かった。本当に、あまりのショックで死ぬかと思ったわよ!!」

《いやショックを受けたのは絶対違う理由だと思うんだけど……》

 ボソッと、ディーネが顔を逸らして何か言った。


「え?」

《とにかく、ごめん。反省してる。もう通訳中に変な嘘はつかない、正直に伝えるって約束する。シャノンに婚約者がいるって言ったらどんな反応するのか知りたかったのよ》

 ディーネは身を折って頭を下げた。


「…………」

 大真面目に謝られては許さないとは言えず、ため息をつく。


「……もういいわ。でも、どうして私の反応が知りたかったの?」

《だって。いないって言ったら『ふーん』で流されて終わりじゃない? いるって言ったらどんな反応するかなーって。いやーまさかあそこまでショックを受けるとは。うん、アンジェリカの気持ちはよくわかった。もう試すようなことはしないって誓うわ。下手なこと言ってショック死されたらあたし、他の精霊たちに殺されちゃう》

 ノームとイグニス、その他、この部屋にいる大勢の精霊たちから放たれる殺気を感じ取ったらしく、ディーネは身を震わせて己の両腕を摩った。


「ショック死? 何の話?」

「××、××××」

 そのとき、マルーが何か言った。


《ほら、マルーが食堂に行きませんかってよ。お喋りは終わりにして、行きましょ》 

 ディーネは私の追及やイグニスたちの刺々しい視線から逃げるように空を飛び、部屋を出て行った。


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