第12話 *阿佐ヶ谷姉*
「……ごめんな、実子。スタジオは閉鎖だ……」
先生が申し訳なさそうな顔をする。
こんな日が来ることはわかっていた。日に日にやつれていく姿を見てたら嫌でもわかることだ。
まだ六十前なのに、もう命が尽きかけている。あと半年ももたないと言われたそうだ。
「長い間、ありがとうございました」
「写真を嫌いになるなよ」
「なりません。一生続けます」
写真家になりたくてこの道に飛び込んだのだ、思い半ばで朽ちようともカメラは絶対に手放したりしない。最後まで駆け抜けてやる。
「悪いが、カメラをいくつか処分しておいてくれ。たくさんありすぎて妻も大変だろうからな」
たぶん、退職金代わりだろう。黙って頷き、持てる限りのカメラと機材を愛車に運び込んだ。これ、部屋に入るかな?
最後にまた先生に頭を下げ、アパートに帰った。
「どうしたの? 早いね」
一緒に暮らしている、というか、居候しているフリーターな妹が明るいうちに帰って来たわたしに驚いた。
「解雇された」
「クビにされたの? またなんかやったの?」
またとはなによ? わたしは優秀な助手として有名写真家、田倉健吾の三番弟子よ。
って、セリフも言えなくなっちゃったか。無職になったんだからね……。
「実家に帰るからついて来て」
「バイト?」
「ただで置いてやってんだから運転手しろ。お金ないから下道ね」
「あたしらの実家、秋田って知ってる? 新幹線でも四時間近くはかかる距離だよ? 車で下道とかナメてる?」
「わたしの全財産、二万円」
「貯金しろよ!」
「あんたはいくら貯金してんのよ?」
「たぶん、一万円くらい」
「どうやって生活してんのよ!」
「だからおねーちゃんのとこにいんでしょうが!」
なんて不毛な姉妹ケンカは止めておく。仕方がない。先生には申し訳ないけど、カメラを一……いや、五台売るか。家賃さえ払えなくなる。クソ。すべて貧乏が悪い。貧乏反対!
カメラを売ったら二十万円にはなった。半分は銀行に入れて十万円か。下道を行けば充分ね。
「途中で美味しいもの食べようよ!」
「牛丼並盛まで許す」
「もっと美味いもの食わせろ!」
「働け」
いや、その言葉はわたしに刺さる。とりあえず実家だ。先生から継いだものを実家に置かせてもらおう。
愛車のプロボックスバンに乗り込み、実家の秋田に向けて出発する。運転手は妹の璃子です。
「帰ったら駐車場も探さないと」
これまではスタジオに停めさせてもらい、維持費も経費としてもらっていた。下手したら売らないといけなくなるわね。ハァー。
「途中で代わってよ」
「免許持ってんだから車に慣れておきなさいよ。両親が試験代出してくれたんだから」
田舎じゃ十八歳になったら免許を取るのが九割以上。車がなくちゃ生活できないのだ。むしろ、免許持ってないほうが生活苦になるわ。
「いや、もう三年くらい乗ってないんだけど」
「死ぬときは一緒よ。安心しなさい」
今なら璃子がペーパードライバーでも怖くはないわ。事故ったらそれがわたしの運命ってことよ。
「姉と心中とか嫌すぎる」
だったら安全運転でよろしく。トイレ休憩は任せるわ。
国道四号線をひたすら北上して、栃木県の道の駅で一休み。てか、まだ二時間も過ぎてないのに休憩かい。撮影となれは四時間運転が当たり前だ。
……運転が出来ることで弟子入りされたのはいい思い出だわ……。
「交代してよ。疲れた~」
軟弱者め。
仕方がないので運転を交代。岩手県まで突っ走り、さすがに疲れたので水沢市辺りで日帰り温泉で一休みする。
二日かけて秋田の実家に到着。両親には喜ばれ、事情を話したら帰って来いと説得もされた。でもわたしは写真家として食っていきたい。それは秋田じゃ叶えられないのよ。
「璃子。あんたはどうする?」
声優になりたいとかアホなことを抜かして上京して二年。今では立派なフリーターだ。
「今さら田舎で就職とか出来ないよ。東京でフリーターのほうがまだマシ」
フリーターがマシとは言えないけど、わたしも同じだ。田舎に戻るなんて出来ないよ。
「……春か……」
梅の花を見て、もうすぐ春が来ることを思い出した。
東京と秋田は全然違う。もう四月だってのに寒いときている。高い山にはまだまだ雪が残っている。
「帰りは十三号線を通って帰るか」
どこかで桜が咲いているはず。景色でも撮りながら帰るとしましょう。
桜の下での撮影なんて何百回としたけど、日本人の心が騒ぐのか、つい目が向いてしまう。春はやっぱりいいものね。
福島県喜多方市の道の駅で一泊。日帰り温泉で疲れを取っていたらお風呂にエルフがいた。え? エルフ? コスプレか?
「お、おねーちゃん、エルフがいるよ」
璃子にも見えるようでわたしの頭が狂ったわけじゃなさそうだ。マジか!
コスプレにしろなんにしろアニメの世界から出て来たかのようなエルフだ。耳は特殊メイクか? スゲーな。
なるべく目が行かないように思いながらも意識を集中し、上がってからも大広間で寛ぐエルフさん(男の人と女の人の連れがいるようだ)が見える位置に座り、視界に入れていた。
午後三時くらいまでゆっくりしたら温泉施設を出て行った。
わたしたちもそのあとを追うと、どうやら桜の下で写真を撮るようだ。
記念撮影をしているようだけど、素人丸出しで我慢ならない。気がついたときは飛び出していた。
「そんなんじゃダメよ!」




