第1話 運命の出会い
オレは自由の戦士。
自由に当て字をするなら無職かな。今は自由気ままに人生と戦っているよ。
仕事に費やした二十代。仕事に疲れ、三十歳を迎えたオレはすべてのものから逃げ出し、今まで貯めた金で旅をしている。
今日は山形県米沢市に来ており、最上川沿いにある日帰り温泉を目指している。
東北道を使うなら福島JCTから東北中央自動車道相馬尾花沢線へ入り米沢北ICで下りるのがいいかも。下道なら国道13号線を利用だな。
おいたま温泉、賜の湯。地元の人に愛されている温泉だ。朝五時半からやってたりする。
朝湯を楽しみに来る人が多いので狙い目は八時とか九時がいいだろう。
券売機で券を買ってカウンターに出す。サウナや砂風呂もあるみたいだが、オレは入浴派。整うことはない。
地元の野菜がちょこっと置いてあるのを横目に男湯へ。
コインロッカーもあるが、これと言って貴重品はないのでカゴに入れてしまう。
シャワーで体を洗い、湯船に入る。
湯の温度は約四十二度。江戸っ子ではないのでちょうどいい温度である。
無色透明で温泉特有の臭いはない。だが、温泉は上がってからわかるものだ。
ゆっくりと浸かり、体が温まったら外湯に向かう。山形の空が広がり、飯豊連峰かな? って山が見える。山に詳しくないので違ったらごめんなさい。
季節は春だが、山はまだ白い。桜はとっくに散った季節なのにな。でも、景色は最高だ。晴れててよかったぜ。
一時間くらい癒されたら出る。長湯は厳禁。長いこと入っていればいいってもんじゃないのだ。
備え付けの扇風機の風が心地よい。汗が引いたら着替えてお暇させてもらう。ここの休憩室は有料なので外で風を浴びる。
自販機でよく冷えた牛乳を買って飲む。これがまた美味いのだ。このために生きているような気分になってしまうよ。
体の火照りが消えたら横のよね福でおいなりを買う。お出汁たっぷりのおいなりで人気があるんだとか。
五個入りのと美味しそうなのでお団子三本セットのを買った。
昼までには二時間もあるので近くの亀岡文殊ってところに向かった。
なんでも日本三大文殊とかで有名なようだ。残り二つはどこだよ? って疑問はさっさと忘れる。神社仏閣にそこまで詳しいわけじゃないんでな。
気持ちよく車を走らせ、三十分もしないで到着。やはり平日だから人が少ない。やっていけんのか?
駐車場に車を置き、看板で現在位置を確認。階段を登るのか。温泉に入る前に来るべきだったな。
売店の前を通り、石畳を進むと石段が現れる。急ではないが、温泉上がりだとダルくて仕方がない。
「人がいないな。って、霧が出てきたよ」
高い山なら天候が急変するのもわかるが、ここは高くないだろう。しかも午前十時だぞ。霧が晴れるならわかるが霧が出るってなんだよ? 異界の門が開かれたか?
戻るか進むか悩んでいると、先に人影が見えた。こんな濃霧の中を下りてくるとか無謀だな。
と、風が吹いて唐突に霧が晴れた。異世界転移とか止めてくれよ。オレは特別な力もなければ知識もないんだからさ。
「え?」
霧の中にいた人物……と言っていいのかわからんが、なんかエルフのコスプレした金髪外国人だった。
こんなところで撮影か? さすがに寺院には合わないだろう。どんなチョイスだよ。
「฿₠₡₢₣₨€₦₥」
なんか話しかけられた。おいおい、オレは母国語すら怪しい由緒正しい日本人だぞ。そんなわからん言葉で話しかけられたら逃げちゃうからな。
おろおろしていたらエルフコスプレ女さんが両腕を挙げ、両手でオレの頭左右からつかんだ。
なんか電気が走り、目の奥がチカチカした。なんだよ、いったい!?
「わたしの言葉、わかる?」
え? はい? エルフコスプレ女さん、日本語しゃべれんのかい!
「あ、はい。わかりますよ」
「よかった。ここはどこかしら? 馴染みのないものばかりだわ」
そりゃそうだろう。ここは日本なのだから。
「……もしかして、異世界から来ちゃった系の人?」
尖った耳が作り物な感じがせず、服も安っぽいものじゃない。長いこと使った感じの服だった。
「異世界? ここは異世界なの!?」
「だぶん、あなたからしたらここは異世界かも。あなたのような尖った耳を持つ種族はいないからな」
こんな漫画みたいなことあるんだな。マジびっくりだよ。
「と、とりあえず、その姿だと目立つからこっちに。耳を隠すものをやるよ」
車まで案内し、ニット帽を渡した。暖かいけど我慢してください。
「ありがとう」
「構わないよ。珍しい経験をさせてもらったからな。てか、元の世界に帰れるの?」
「わからない。神殿を探索していたらいつの間にかあそこにいたから……」
うん。魔法陣を使ったとか魔王に飛ばされたとかじゃないんだ。まさか惑星直列でもしたか?
「行くところがないならオレと来るかい? この世界、というかこの国に慣れるまでは世話するよ」
「……どうしてそこまで優しくしてくれるの?」
「うーん。オレ、余命宣告受けてんのよ。治療しなければあと半年で死ぬって言われてんの」
親兄弟はいない。親戚のおじさんが群馬にいるが、子供の頃に会ったくらいで今は付き合いもない。生き延びたところで孤独だ。なら、死ぬ前に行きたいところに行こうと思ったわけなのよね。
「どうせ死ぬならなんか人助けの一つもしておこうと思ったまでさ。迷惑なら断ってくれて構わないよ」
見も知らぬ男と一緒ってのも嫌だろうし、そこはエルフさんにお任せ。断るならここでさようならだ。
「いえ、悪い男ではなさそうだからお願いするわ。ただ、お礼はさせて。これを。神薬よ。どんな病気でも治すと言われているわ」
「とても高価なものじゃないの?」
「これからの世話代よ。ここのことなにも知らないのだから信頼出来る人にお願いしたいし」
本当かウソかわからないが、エルフさんと旅するのもおもしろいかもな。貯金なら二千万円以上はあるし、尽きるまで旅を楽しむか。
「わかった。世話代にもらうよ」
ファンタジーなガラス瓶に入った薬をもらい、封を切って中身を飲み干した──ら、なんか体の奥底から力が漲ってきた。
本物とわかるくらいにその効果を体中から感じている。マジもんでした!!
力の漲りが収まると、急激に空腹に襲われた。
「一緒に昼でもどうだい?」
自分だけ食うってもなんだしな、エルフさんを誘った。
おいなりと団子だけでは足りなさそうなので、売店に走ってホットスナック類をたくさん買ってきた。
「美味しい! なにこれ!? 美味しすぎる!」
エルフさんもよく食べる。これじゃ足りないと、薄手のジャケットを羽織らせて食堂に移った。
食堂のおばちゃんに怪訝な目を向けられたが、腹を満たすのが先と、あれこれ頼んだ。
腹が満ちれば金を払って車に向かった。
「まるで家ね」
「キャンピングカーって乗り物だよ。最後の贅沢に買ったのさ」
人間、最後だと思うと大胆になるんだな。八百万円のキャンピングカー(ディスカバリー1)を一括で買っちゃったよ。
「これに乗って全国を旅しているんだよ。これまで仕事仕事でどこにも行けなかったからな」
「旅人なのね」
「死に場所を求めていただけさ。まさか異世界のエルフと出会うとは思わなかったが。人生、終わるまでわからないものだ」
「わたしは、ルーシャ・マルジルス。ルーシャと呼んで。冒険者として遺跡を調べる仕事をしていたわ」
なかなかファンタジーなことやってたんだな。
「オレは道端了。了と呼んでくれ」
きっとこれが運命の出会いっていうんだろうな。諦めていた人生がまた動き出したようだ。
この先どうなるかわからないが、悔いの残らない人生に、いや、楽しい人生にしよう。人生百年時代、かどうかわからんが、オレはまだ三十歳。残り八十年もあるんだから楽しみ尽くそうじゃないか。
「よろしく、ルーシャ」
「ええ。こちらこそよろしくね、了」
ルーシャの手を取り、握手した。