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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

令嬢シリーズ

甘い聖女様は今日も私に愛を囁く

作者: 無色

「エリス=ヴァレント! 貴様はおれの婚約者に相応しくない! 貴様との婚約は破棄する!」


 そう告げるのは、十歳のときに婚約した男。


 一応この国の第二王子。レオナルド=ゼオヴァート。


「理由を聞かせていただいても?」


「おれは真実の愛に目覚めた。リヴィア=ハーレンス、聖女たる彼女こそがおれの隣には相応しい。清純で可憐で、魔法の才能にも秀でている。貴様のように可愛げのない女とは大違いだ」


 とは、殿下の隣で肩に頭を乗せている女のことだろう。


 リヴィア、リヴィア……ああ、平民ながら伯爵家の養子になったとかいう。


 したり顔でこちらに気味の悪い笑みを向けてきているのはともかく、この様子だとずいぶん前から親しい関係だったらしい。


 私はというと、所詮は公爵家に産まれ、この婚約だって公爵家と王家とを繋げるための政略的なもの。


 浮気だとか不貞だとか、そんなことで騒ぎ立てるほど私はこの男を好いてはいなかったので、それはどうでもいい。


 けど……これはさすがにマズい。


「殿下、お考え直しください。彼女は聖女などではありません。聖女は」


「貴様、おれとリヴィアの仲を嫉妬しているな? この期に及んで見苦しい」


 してない。


「なんて無様な女だ。いいか、聖女とは癒しの力を持って産まれた神の使いだ。その権力は国王と同等と言っていい。聖女を愚弄するだけで重罪だと貴様も知っているだろう。リヴィアはその治癒魔法で民を癒すだけでなく、おれの心に寄り添ってくれる。横で苦言を呈すだけの貴様とは違うのだ」


 チラッと女の方を見る。


「レオナルド様、私怖いっ! 今エリス様に睨まれましたわ!」


「ああリヴィア……エリス、彼女を怖がらせるな!」


 胸に飛び込んで泣き真似……お上手だと褒めてあげるべきだろうか。


 それはさておき、この人たち……まさか知らない?


 いや、たしかに頭は軽そうだけど、さすがにそこまで馬鹿なわけ……


「そうだ、今度リヴィアが欲しがっていたネックレスを買いに行こう。聖女の活動予算は潤沢にある」


「嬉しいわレオナルド様。けれど、ネックレスだけじゃなくて、お揃いの指輪も欲しいです。こんなの贅沢かしら」


「何を言っているんだ。聖女のための金を聖女に使うことの何がおかしい。そんなことでケチをつける奴がいたら私が処罰を下してやる」


 馬鹿かもしれない。


 頭が痛くなってきた。


 反吐が出そう。


 こんな考え無しな男が婚約者だったことにも、こんな頭の悪い女の茶番に巻き込まれていることにも。


「……わかりました。殿下がそこまで言うなら婚約を破棄しましょう」


「ふん、それでいい」


 これで終わるなら、さっさと終わらせてしまった方がいい。


 お父様や国王陛下も、事情を話せばわかってくれるはず。


 虚しさは無い。


 強いて言えば、無駄な十年を過ごしてしまったという後悔があるだけだ。






「何してるの?」


 ノックも無しに部屋に入ってきた男性を見るなり、私は反射的に椅子から降り床に膝をついた。


「ご、ごきげんよう、クロノ殿下」


「こんにちはエリス嬢」


 ミルクティー色の髪をしたこの男性は、第七王子のクロノ=ゼオヴァート。


 レオナルドの弟であり、甘い声とマスクで世の女性を魅了する、まさに絶世の美男子だ。


 傾国という言葉がこれほど似合う人もいないと断言出来る。


 現にリヴィアも顔を赤くして目をハートにしてしまっているし。


 第七王子といっても、レオナルドとは腹違いの兄弟であり、歳は一つしか変わらない。


 自由奔放な性格で、あまり人前に出ない猫のような方なのに。


「クロノ、珍しいな。いったいどうした?」


「何してるのか聞いてるんだけど」


 笑顔なのに怖い。


 圧すごい。


 笑顔だけで人を殺せそう。


「あ、ああ、いや、今しがたエリスと婚約を破棄したところだ」


 婚約破棄したんだから名前呼びやめて。


「エリス嬢と?」


「ああ。こんな女、おれの隣には相応しくないからな。しかし安心しろ。すでに婚約者は自分で見つけてある。彼女はリヴィア、おれの愛する女性にしてこの国の聖女だ」


「聖女?」


 やめろやめろ馬鹿なこと言うな馬鹿!


「聖女……ふーん」


「はじめましてクロノ殿下。リヴィアと申します。殿下にお会い出来たこと、心より光栄に思いますわ」


 許されてないのに名乗るな!


 カーテシーはどうした!


 淑女教育の敗北か!


 それ以上不敬を重ねるな!


「彼女はそれはそれは見事な治癒魔法の使い手なのだ。それに愛嬌もあり、そこにいるだけで空気が澄み華やぐ。これこそまさに聖女の証」


「嫌ですわレオナルド様。そんなに褒められては照れてしまいます」


「そうだクロノ。今夜はリヴィアを招いて共に食事でもどうだ? 父上も母上もきっと喜んでくれるだろう」


「まあ、ステキ。私、クロノ殿下ともっと仲良くなりたいですわ」


「リヴィア嬢」


「どうかリヴィアとお呼びになって。私もクロノ様と呼んでも――――――――」


 不意にリヴィアの言葉が止まる。


 クロノ殿下は、リヴィアの口元を掴み、細い指を頬に食い込ませた。


「誰が名前を呼ぶことを許可したのかな」


「え、ひゃ……?!」


「学も無い。礼儀も無い。常識も無い。これで聖女なんて、ふざけるのも大概にしてほしいんだけど」


「クロノ?! 貴様いったい何、を゛っ?!」


 レオナルドは慌てて止めようとしたけれど、頬を叩かれ床に転がった。


「うっ……ぐぅ……!」


 床に倒れるレオナルドも、手を離されへたり込むリヴィアも、身体を震わせて怯えていた。


 わかる、この人怖すぎる。


「レオナルド、聖女が何かわかるかな?」


「貴様、弟の分際でこのおれを!」


 睨みつけて吠えようとするレオナルドの手を、クロノ殿下は容赦なく踏みつけた。


「ぐわあああ!」


「聖女は象徴だよ。誰も勝手に名乗ってはいけないし、聖女を騙るなんて以ての外だ。そんなこと、頭が足りない君でもわかるよね?」


 やってることはえげつないのに、声だけ甘いから頭がおかしくなる。


「騙っ、てなど……! リヴィアには、癒しの力が……!」


「じゃあ、試してごらん」


 クロノ殿下はリヴィアに目配せすると、骨が折れ赤黒くなったレオナルドの手を治すよう命じた。


「治して」


「え、あ……」


「治して」


「は、はい……!」


 床に這いながら涙目で治癒魔法をかけるリヴィア。


 レオナルドの手は淡い光に包まれ、みるみるうちに元通りに治った。


「ハ、ハハ……見たかクロノ! リヴィアの力は本物だ! 貴様が何を思ったか知らないが、おれとリヴィアに手を出してただで済むと思うなよ! たかが第七王子の分際で!」


 クロノ殿下は、小さく息をつくと私に向いた。


「エリス嬢、差し支えなかったら説明してあげてくれない? 聖女が何なのか」


「……かしこまりました」


 言ったところでこの人たちが理解出来るのかはさておき、という顔をしてる。


 私も同意見だけど。


「いいですかお二人とも。聖女とはそもそも、人が勝手に決めた称号ではないのです」


「ど、どういうことだ?」


「聖女とは神より神託を受け、使命を与えられた者。ただ治癒魔法を使えるから、ただ心根が優しいからと、それだけで決まるものではないのです」


「し、しかし! リヴィアは!」


「だから、殿下が勝手に聖女だと思い込んでいるだけです。尤も、彼女が自分で聖女を名乗ったのなら死罪は確定ですが」


「死ッ?! ち、違……私、レオナルド様にそう言われただけで……! い、イヤぁぁぁ!!」


 泣き崩れても自業自得。


 まあ聖女を騙っていなくても、王族に不敬を働いたことを糾弾されるだろう。


 投獄か伯爵家から除名されて平民に戻るか、よくて鞭打ちで済むかもしれない。


 こっちのアホは王位継承権から外されるか、廃嫡されてお情けの一代貴族を賜るのが妥当なところだろう。


 しかしそんなことは私の知ったことじゃない。


 この人たちは、自分の意思で聖女の手を離してしまったのだから。





 

 その後すぐ、レオナルドとリヴィアの醜聞が広まった。


 聖女をでっち上げるという前代未聞の恥を晒したレオナルドは、王の怒りを買い王家を追放。


 奴隷の焼印を刻まれ、辺境の地で開拓民として生きることを命じられた。


 あとついでに私財は婚約破棄の賠償に当てられ、一方的に令嬢を虐げた最低な男というレッテルも貼られたけど、それはどうでもいい。


 リヴィアは自分から聖女を名乗ったわけではなく、あくまでレオナルドに持ち上げられただけ。


 しかし傲岸不遜な振る舞いと、淑女らしからぬ男癖の悪さが露呈したことで、貴族籍から抹消され修道院に入れられることになった。


 二人とも聖女なんかに関わらなければ、平穏に暮らせたはずなのに。


「バカなことをしたよね」


「ええ……本当に」


 まさかこんな無知を晒すなんて。


 聖女信仰が根付いたこの国で……いや、よりによって聖女本人の前で。


「王家や貴族が、いったいどういう教育を受ければ、殿下が聖女であることを知らずに生きてこられるのか」


「僕は自分からそう名乗ったことは無いから」


「それにしてもです」


 この人はこの人で、聖女であることを嵩取らない。


 ただそれは聖女という立場に興味が無いというわけでなく、むしろその逆。


 誰よりも聖女信者であるが故に、自分ごときが聖女を名乗るのは烏滸がましいという謙遜のためだ。


「今後は聖女の認知を広げるための教育を重視すべきかと。こんなことが二度と起こらないように」


「うん。じゃあ、君にその手伝いをお願いしようかな」


「はい?」


 なに言ってるのこの人?


「いや、私は婚約を破棄されたもので。王家とは何の関係も」


「じゃあ僕と婚約すればよくない?」


「なにを言ってるんですか」


「僕ならレオナルドよりは君を幸せにしてあげられると思うけど」


 それはあの馬鹿よりはマシな男性の方が多いでしょうけれども。


 いくら政略的な婚約といっても、聖女が相手だと話が違う。


「殿下、どうかお考え直しを。私では聖女の相手は務まら……」


「聖女の命令でも?」


 ここで権力使うのズルくない?


 王子なのに。聖女なのに。


「君は賢い。それに冷静で、何よりキレイだ。聖女の相手には充分相応しいと思うんだけど」


「いや、あの」


「……フフッ、なんてね。ゴメンね困らせるようなことを言って。エリス嬢、僕は政略的な結婚を望んでるわけじゃないんだ。純粋に君を妻に迎えたい。ダメかな?」


「ダメというか……どうして私なんでしょうか」


「一目惚れかな。それとも、好きになるのに理由が必要?」


 近い近い近い近い!


 そんな甘い顔して肉食系なのやめてほしいんですけど!


「あ、あの、殿下……」


「クロノって呼んで。この気持ちが信じられないって言うなら、信じられるまでわからせるから」


 息、耳に……!


「ちょっ、待っ――――――――」




 ――――――――

 ――――

 ――




 その後、無事にわからせられた私はクロノ殿下と婚約。


 あれよあれよという間に結婚した。


 三人の子宝に恵まれた今でも、私は変わらず寵愛を受けている。


「おいで、エリス」


「うぅ……」


 甘い笑顔と声の聖女様は、今日も私に愛を囁く。

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