あ、これ教本で見たやつだ。経過観察始めます~勉強大好き令嬢、一族で新天地へ逃げる~
初短編投稿します。感想や評価をいただけると嬉しいです。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
「お前が勉強ばかりするから、俺も勉強するように言われるんだ!女が勉強なんてするな!」
王城で定期的に開かれる「婚約者とのお茶会」の何回目かにいわれたのがこれである。
私、アシーナ・グノーシス、齢6歳。少しばかり眉が寄ってしまっても許されるかな?と思いながら供された紅茶のカップに口をつける。ごまかすのはこれが一番って教わったからね。というか、こっちは大好きな研究の時間を削って王命の婚約者である王子に付き合わされているのに、何て言い草だろう。まぁ、学院に行く前の子供が勉強から逃げたくなるのもわからんでもない。いや、勉強大好きな人しかいない一族で育ったから正直言えばわからないけど。噂で聞いたところ、子供は勉強が嫌いらしいからね。まぁでも、私だって王子との婚約の「せい」で詰め込まれる高度な淑女教育には興味ないから逃げたい気持ちはほんの少しだけわかる、か?でも知らないことを身に着けるのは好きだから、ほぼ思わないけど。ただ、研究のほうがしたいっていうだけで。あぁ、あのフラスコは今頃どんな反応をしているんだろう……。
と、現実逃避しているのだけれども……。アーエスト王国第三王子、ジル殿下は文句を言ってくる。周りの大人はだれ一人として止めようとしない。むしろ側近だろう子供のほうがワタワタしている。かわいそうに……長い物には巻かれろ主義の大人と違って、空気や情勢が読める優秀で優しい子なんだろうな。と憐れんでしまう。
子供なのに達観しすぎじゃないかって?それはまぁ仕方ない。我がグノーシス家は学者一族。学問で平民から長い年月をかけて子爵までにのし上がった家だ。そのため、同年代の平均以上にいろいろ学ぶ。だから多少可愛げがないし、つまりは私も例外ではない。が、男尊女卑の傾向が激しい我が国で、女性は学院卒業程度……つまり貴族としての教養程度しか学べない。まぁ、こっそり勉強している人はいるにはいるけど。もちろん、私もそのうちの一人だ。我が家では女の子は偽名で論文を発表している。世知辛い。
さて、我が家の学問での功績は控えめに言ってなかなかヤバい。幾度か領地を与えるとか爵位を上げるとか言われたけど、それらを徹底的にけってきた。だって、研究する時間が減るから。本当は子爵ですら面倒なのに、王命で王子と婚約するにあったっては爵位が低すぎるからと、王子と釣り合わせるために数年後に爵位が上がることが決まっている。つまりは我が家を逃がさないためにだ。
だから「女として」の私であるなら、この婚約者様が言いたいことはわかる。でも「グノーシス家の娘」として婚約したはずなので、この言い分はいかがなものなのだろうと首をかしげてしまう。
我が家は平民から貴族になってから女性も表向きはある程度学がある、程度にしている。そうでないと出る釘は打たれるから。無能すぎても我が家の面目もたたないしね。本当にめんどくさい。さて、婚約者様の言い分を受けるべきか否か……。まぁ、私は6歳の子供なので、実際どうしたらいいのかわからない。ひとまずはここでは肯定も否定もせず、家族に相談である。
「え、何それ意味わかんない」
家族会議というか、一族会議というか……普段はお互いの研究の討論大会だが、一族存亡というか研究規模の縮小または消滅がかかっている為、本日は私・アシーナの婚約者様の発言が議題である。そして第一声が年の近い親族の先ほどの発言である。だよね。
「確かに擬態するためにうちの出でも女の子は平均ちょい上くらいしか見せていない。とはいえ『知のグノーシス』を目の前にしてよく言えるね、そんなこと」
「ほんとそれ」
「正直、王命でもなければアシーナを王家にやりたくないよね。実質人質じゃん」
「ほんとそれ」
「アシーナはどう思う?」
一族会議室。通称「研究議論室」は、他者に明かせない研究もあるので防音・盗聴防止は完璧なので王家に対して言いたい放題である。喧々囂々と愚痴言いまくりな一族だが、「6歳だから」「子供だから」といわないで自分にも意見を聞いてくれるのは本当にうれしい。これがよそなら、子供だからに加えて女だからも加わるのだろうから、本当に私は恵まれている。まぁ、知識探求のためっていうのが一番の理由だけど。子供の発想は侮れないとは叔父(学術特許5つ持ち、うち2つは私と同年代の実子達のおかげだといっている)の言である。
「うーん、別に勉強ができないふりはしてもいいよ。グノーシスのくせにってバカにされても女の私は、みんなみたいに偽名で研究発表するのは決まっているし。でも面倒ごとは嫌だな。勉強できなくなるのが一番イヤ」
「ほんとそれ」
うんうん、とみんな頷くてくれる。好奇心は猫を殺すというか、学びを取り上げたらグノーシスは死ぬ。心が死ぬ。だって学びは息をするのと同じだから。なんでかあんまり理解されないらしいけど。
「というか、いくら第三王子でも、王族の7歳でその認識ヤバくない?三つ子の魂百までっていうけど、これから変わる?」
「あらゆる事態を想定しておいたほうがいいよね」
「伯父さんから見て、第三王子の印象は?」
従姉の発言に、皆の視線がお父様に向く。この中で王族と接することになるのを負担しているのは当主である父だからね。といっても、顔合わせくらいしかしてないけど。貴族としての仕事を押し付けあっている中で比較的人間観察が趣味という父が当主なのもある意味必然だよね。
「うーん、そうだな……まぁ、末子だから甘やかされている感はあったね。甘言を好み、諫言を遠ざける方だと思う。後はカンだが、ご自分を絶対的正義だと思われている気がするな。子供にはよくあることだろうけど」
「何それ、こないだ読んだ娯楽小説の登場人物みたい」
あきれた声に振り替えると、そこにいたのは嫌悪感丸出しの従姉・ルシアだった。
「ルシア姉さん、娯楽小説なんて読むの?」
「専門書ばっかり読んでる時の息抜きにね」
読書の息抜きに読書とはこれいかに。まぁ我が一族ではあるあるだけど。
「何かの参考になるかもだし、読んでみる?最近の流行とかで学院の友達が類似の本を何冊か貸してくれたんだ」
そういって席を立ったルシア姉さんは数分後、4・5冊の本を持ってきてくれた。それを順番に回し読んでいく。研究書をいつも読み込んでいる面々だ。速読派・熟読派といろいろなのだが、普通に読んでいるだけでも読むスピードは速いと思う。あっという間に全員が一通り全冊読み終わってしまう。
結果がこちら。全員が何とも言えない表情。頭抱えている人もいる。さもありなん。幼児の私ですら何とも言えないよ……。
しかし、自分たちにも研究がある。さっさとこの議題を終わらせなければ。議長役も務め、実際に面識のある父さまに視線が集まる。そして父さまが放った第一声は「ありえる」だった。私も否定できない。思わず頷いてしまう。
「……なんというか、自分の好みの女性に簡単に騙されそう。で、王族の権限を使ってあれこれしてきそう」
「わかる」
「でも、この小説みたいにいきなり婚約破棄とかしてくる?権力が強くもない第三王子が?」
「親の権力を自分の権利と主張するタイプだと思う」
「あー……」
学院にもそういう貴族っているって言ってたもんね。学院経験者であろう先達たちが納得顔だ。
「兄君たちとの勉強時間や公務の量などの差もあまり気にしていないみたいだし」
「実際に起こる可能性はゼロではない、とだけ」
「うーん……」
ある意味お手本というか見本にも思えるかもしれない参考書を読んだ後である。みんな熟考モードだ。意味もなく娯楽小説をパラパラとしてみる。何かが変わるわけじゃないけど。つい、この本の王子様と婚約者様を重ねてしまったせいか、普段の本の扱いと差が出てしまう。まさか本を見て苦い思いをする日が来るとは。
「……とりあえず、いろいろ予測を立ててどんな反応があるか考えよう。その対応策も準備するんだ」
予測……反応……
「殿下は実験動物か何かですか……」
私が思わずこぼした言葉に、視線が集まる。え、何。
「実験……」
「?」
「実験なら楽しまないとな?!」
「そうね!どんな実験でも楽しまないと!!」
「全力を尽くすべきだな!!」
「あぁ!」
うーん、正しく学者一族。さっきまでのめんどくさいという感情が消え去り、目のキラキラ具合が半端ないが……。まぁ、誰に迷惑をかけるでもなし。いっか。
こうして。表向きは婚約者様の言に従い手を抜きつつ、裏では研究論文の発表に一族総出で婚約者様観察をしながら時は流れ……。学院でとある令嬢と仲良くなっていく婚約者様に、これは……?と一族で考察。
ちなみに観察日記の一部抜粋(まとめはもっとまじめにしています。あとストーカーといわれると面倒なので、目にしたら記録する程度にしていたということでよろしく)
殿下1年生 春 時間:昼 天気:晴れ
裏庭にある花壇を踏みしめられる。歴史の先生に指名され答えられなかったと噂を聞いたのでその影響の可能性あり。3日前のペン入れを投げ捨てていた時と類似していると思われる。要観察。←何かにあたる、ということは結構あるよな←この4日あとに今度は本を破っているのを見た。英知の結晶になんてこと!!←は?許せん!
殿下1年生 秋 時間:放課後 天気:曇り
朝からご機嫌斜め。小さなことがいろいろ重なった模様。側近の方に「役立たず!」と発言。本日5度目となる。口癖になっている可能性大。発言時の共通項を探すことにする。←ちなみに翌日は昼の段階で4回は言っていた。王城で何かあったらしい←何があったか分かった人いる?←成績について陛下から何か言われたらしい
殿下1年生 冬 時間:始業前 天気:晴れ・風あり
学院到着後すぐに校舎裏へ向かわれる。どうやらさぼられる模様。前回さぼられたのを目撃したのが2週間前。共通点として考えられていた午前に剣術のある日・数学の宿題が難解だった日と重なる。側近のマーベル子爵子息がいない日というのも付け加えるか検討。←先月はマーベル子爵子息がいたけどさぼってたぞ。←センネル男爵子息がいないときだろう?「側近の誰かがいないとき」というのは確率が高い気がする
殿下2年 春 時間:昼休み 天気:快晴
新入生と交流を持たれる。茶髪のツインテール、小動物かわいい系の男爵令嬢。(のちにハンセス男爵家のミリー嬢と判明)今まで視線を送られていたツインテールのモルテル子爵令嬢や、かわいい系のランディック伯爵令嬢、小動物系のミシガン伯爵令嬢と共通するところが多い。さらに男爵家でもあまり学問が得意ではない模様。これは殿下の好みと合致しているのではないかと推察。今後はかの令嬢も観察する必要があるかもしれない。←了解。←1年生は任せろ!
殿下2年 初夏 時間:放課後 天気:雨
図書館で殿下とハンセス男爵令嬢が勉強をしている。令嬢はしきりに「すごーい!」「なるほど」「わかりやすいです!」と殿下と勉強で盛り上がっている。殿下もまんざらではなさそう。内容としては1年生が入学したてで復習として習うくらいの基礎。さすがに遅れすぎな気がしないでもないが、まぁ個人のペースは大事である。←それはそう
殿下2年 秋 時間:昼休み 天気:曇り
食堂でハンセス男爵令嬢と食事をとることが常態化してきた。その前の休み時間にハンセス男爵令嬢が「やっぱり王子様と結婚したい……そのためには婚約者さんと別れてもらわないと……そうだ、いじめられたことにしよう!」といっていたのを耳にする。昼食時に「実は……」とあることないこと殿下に話始める。今日はアシーナ、論文ができて寝不足だからって学院を休んでいたのだが……どうやってアシーナに頬を叩かれたんだろう?←まさかの自作自演?!←ありうる←自作自演で参考書の悪役の令嬢にアシーナを仕立てようとしているってこと?←それも検討して対策を練っておこう←了解(以下略)
殿下2年 冬(休日) 時間:昼 天気:雪、時々晴れ
最近の殿下が婚約者に向けてよく言う言葉にランクインした「かわいげがない」というセリフだが、会って数分で4回は言うくらいになってきた。頻度が増えすぎではなかろうか。たくさんの貴族がいるお茶会で不機嫌を隠さずいってくるのだが、王族教育大丈夫かな……?周りは同情8割、警告1割、嘲笑その他1割といったところ。殿下がハンセス男爵令嬢を贔屓しているのは結構知られているようだ。ひとまず「殿下の思し召しですので(バカのふりをしています)」といっておいた。←いきなり婚約破棄、確率上がったか?←しかも周りもそうなるんじゃないかっていう空気感はある←娯楽小説好きの友人としては複雑そう。小説の世界としてはありだけど現実にはちょっと・・・って感じみたい←良識的でよかった
そんなこんなで。総評。
「どっかのタイミングでアシーナを悪役にして婚約破棄してきそう。周りに内緒で」
定期的に進捗状況を報告していたが、さすがに学院生活も後半だ。そろそろ観察結果をまとめる必要があると一族会議が行われる。そしてまとめが冒頭となる。それな、と全会一致だ。皆思い思いに頷いている。
「側近の方々は?」
「ほとんど諦めモード。苦言も聞いてくれないから言うのをやめてるみたい。殿下ってば王城ではまじめらしいから、上に報告しても聞いてもらえないって感じもあるね」
「かわいそうに」
「で?私たちとしては方向性決めておいたほうがよくない?陛下たちは殿下の話だけを信じてあっさり婚約破棄する可能性もなくはない。かわいいご子息の言い分だからね。最悪、処刑もあるかもだ」
「グノーシスの貢献も血には勝てないかぁ」
「まぁ、新興貴族だし」
「そもそも貴族になりたくってなったわけじゃないんだけどなぁ……研究施設と費用はおいしいけど」
「どうする?当主様?」
視線が父さまに集まる。告げられた内容もまた、全会一致で承認されるのだった。
なーんて会議があった一週間後。
「アシーナ・グノーシス!お前の悪行もこれまでだ!!私の婚約者なのをいいことに好き放題していたとのことだが、それも今日まで!お前との婚約を破棄する!!」
展開早すぎではなかろうか?殿下の後ろで側近の方々が慌てているのが見える。そうだよね、学院の卒業式だから後半では国王陛下も王妃殿下もいらっしゃるもんね。そして私の周りは同情の視線でいっぱいだ。うわぁ、殿下の日ごろの行いがよくわかるというものだね……。
まさかの殿下の卒業式。エスコートがないから仕方なしに一人で会場に来てみれば、檀上から私を睥睨している婚約者様とハンセス男爵令嬢、その後方に殿下の側近の方々。うーん、予習していた通りだわ。側近の方々は顔色が青白いから、そこだけは予習と違うかな。つまり、彼らには私を貶めるつもりはないってことか。まぁ、いさめ切れていないだけ側近としてどうなのかなって感じだけど。
「悪行とは、いったい何でしょうか、殿下?」
さて。こうなっては仕方ない。グノーシス家当主の御心のままに従おう。あらかたの下準備はできているけど、それでもまさか今日ことが行われるとは思わなかった。ちらっと親戚に目をやり、頷きを確認する。ここから私は時間稼ぎだ。
「ここにいるミリーをいじめていただろう!そのような陰険なものに、私の伴侶はふさわしくない!」
「まぁ、殿下。婚約者でもない貴族女性を呼び捨てになさるのはいかがかと思いますが」
「これから私の婚約者になるのだから問題ない!」
「国王陛下が既にそうお決めになられたのですか?」
「口答えするな!!本当にお前は「「「「「かわいげがないな!!」」」」」」
殿下の声にかぶさるように、いたるところから同じ言葉が卒業式会場をこだまする。ちなみにその一つは私である。それにしても、タイミングばっちりだな。さすが十年近く一緒に観察した結果というべきか。
いろいろな場所からの異口同音に、殿下は目を白黒させている。さもありなん。
「な、なんだ……私は王族だぞ!私の声を遮るとはなんと無礼な!!お前たち!無礼者をとらえてこい!」
「し、しかし……」
殿下は後ろを振り返り、不機嫌さを隠しもしない。貴族たるもの、感情を表に出すのはダメなんじゃないのかな?王城での王子妃教育ではそう習ったけど。
殿下の怒鳴り声を真っ向から受けて、どうすべきかうろたえる側近の方々。大変ですねぇ。そんな彼らに、殿下の怒りがますます募ったのか。息を吸い込んだのが遠めに分かった。
「さっさとしろ愚図ども!!この「「「「「役立たずが!!」」」」」」
うーん、これまたぴったり。さすがだねぇと内心拍手してしまう。そんな中、私の周りに学院に通うグノーシス家が集まってきた。思わずハイタッチしてしまう。貴族らしくないって?好きで貴族になったわけじゃないので、庶民的でいいんだよ。どうせ婚約破棄されるし。いやぁ長年の観察の結果から、何をどんなタイミングで言うんだろうっていう予想がたつようになったんだよね。殿下、語彙少ないし、基本外れない。最近では口癖の回数すら予想がたつようになってきたもんなぁ。
「ぶ、無礼な……!誤れば許してやろうと思っていたが……お前なんか、国外追放だ!!」
お。ラッキー。『第三』王子にそんな権限はないけど、『公の場』で『王族』が口にしたんだもん。処刑とかだったらスルーするとこだったけど、ここは乗るのが吉!むしろ渡りに船!
「かしこまりました、殿下。この国にグノーシスは不要とのこと。一族総出で出ていきますね!!こんなこともあろうかと準備していたのです!!」
あまりにもうれしくって満面の笑顔になってしまった。すでに隣国に嫁いでいるルシア姉さんには根回し済み。父さまもこの機に乗じて貴族名鑑からグノーシスの名を取り除きにはしる。ちなみに特許も他国へ移行手続き済み。戸籍も移している。当然、一族全員分。
殿下やその周りはポカーンとしているけど、私のクラスメイトは「さもありなん」って感じ。ですよねー。
「王子殿下の命により、私『ザクセン』こと、アシーナ・グノーシス。この国から退去いたします!」
しかし、私の宣言を聞いた瞬間、周りの空気が変わった。あの殿下ですら、だ。
それもそのはず。この数年、生活向上のためにあらゆる製品の特許を申請しているものがいる。それが私が論文を出すときの偽名、『ザクセン』。この世界では特許を持っているものが国にいる場合、その製品を割安に、そして輸出するときに割高にできる。輸出のお金で特許料を賄われているからだ。つまり私が外国に行ってしまえば、ザクセンの名前で作られている製品は今後すべてが割高になる。しかもザクセンの製品はいっつも高評価をいただいていたので、外交でもザクセン製品で強気に出ることもできていた。それができなくなるんだもん。そりゃぁ痛いよね。ちなみにザクセンは平民として特許申請をしていたので、一番最初に戸籍を移動させている。公文書の詐称?女は学問するなって言ってんだもん。どっちにしろ性別は偽る必要があるんだよね。隣国ではそういったことがないっていうし、ほんと楽しみ。
「待ってくれ、グノーシス令嬢!!」
と、私たちグノーシス家が(学生・保護者含む)卒業式会場から出ようとしていると、後ろから声がかかった。さすがに国王陛下に声をかけられたら止まるほかない。私以外はゆっくりと、少しづつ移動するけどね。時間は有限なのだ。
それにしても、陛下ってば息を切らせてません?王族が有事でもないのに走るとかないでしょ。今回のことって有事?まさかね?だってその割には今まで何も行動されてないもん。
そして私は呼ばれたからには国王陛下に向き合う。そして普通のカーテシーではなく、さらに腰を落とし片膝をつく。ドレスの裾もつままない。お辞儀も深く。平民が高位の相手にする礼だ。
『これは国王陛下。すでに私は平民。故に、お声がけに返す言葉がないので、お許しください』
という無言の主張である。
ふふん。いつでも貴族を降りたかった一族だ。平民になるためのありとあらゆる手段を網羅している。そのうちのいくつかを使って、つい数分前に『一族全員』平民になり、戸籍も隣国に移したのだ。もうそれは完了している。さっき合図があったんだよね。こういう時、商業ギルドや冒険者ギルドに登録しておいて正解だったわ。平民の戸籍の移動なんてすぐやってくれるもん。犯罪歴のない商人・冒険者は優遇してくれるんだよねー。
「……直答を許す。この国にとどまっていてくれ。あれは廃嫡にする、希望も聞こう」
あらら。実子を切り捨てましたか。為政者としてはありね。そうだよね、有力な発明・研究はザクセンだけじゃないもの。グノーシス家がほとんど独占していたようなものだからね。偽名含め。
でもまぁ、遅すぎだよね。たしなめる機会は今までたくさんあったんだもの。それをしなかったってことは、それが陛下並びに王族の方々の総意ってことでしょ?状態を知らないんなら、情報収集能力が低いといっているようなものだし。
「すでに私たちグノーシスはこの国のものではありません。隣国バスターダと交渉をお願いいたします」
まぁ、平民のやり取りなんて、普通国は絡まないもの……なんだけど。けど残念!すでにルシア姉さんがいろいろ根回ししているんだよね!貴族位なしで、いろいろ優遇してくれるっていう確約をバスターダ王家からとってくれたって話だし。一定の成果を収めると特許料のほかに年金ももらえるんだよねー!しかも、偽名を使わなくっていい!!あぁ!楽しみ!!待っててね、研究三昧の日々!!
そうして、意気揚々とあるものは陸路で。あるものは海路で。そして私たち学院にいたものは最近発明した気球にて空路から国を出たのだった。
数年後。せっかくやめた貴族に求婚され返り咲くことになるとは。この時の私は思いもよらないのであった。
「だって!!社交はしないで研究ばっかしていいって言われたから!!」
「惚れた弱みでしょ?」
「ルシア姉さん!!」
まぁ、研究三昧な日々に、愛してくれるかっこいい旦那様とかわいい双子の子供たちとの生活は、いい息抜きではあるけどね。