ep.4 残念な剣の正体
翌朝、宿の部屋。朝日が差し込み、暖かい光が部屋を包む中、レイジは目を覚ました。隣では、布団にくるまったマロンが頭の犬耳をピクピクさせながら、小さく寝息を立てている。寝言で「わんっ、、」といっていたので、やっぱりこいつは犬なんだなと改めて自覚する。マロンを起こそうと、起き上がると同時に、妙な視線を感じた。
「ん……なんか見られてる?」
寝ぼけながら目をこすると、部屋の隅に見知らぬ黒髪の少女が立っているのが見えた。
黒髪の少女は、血色の良い頬を持ち、どこか無邪気な雰囲気を漂わせていた。髪は漆黒で、柔らかな光沢を放ちながら肩から腰にかけて真っ直ぐに流れている。その髪はまるで絹糸のようで、触れればふわりと指をすり抜けそうなほど滑らかに見えた。
ぱっちりとした大きな瞳は艶やかな青で、子供のような好奇心が宿っている。瞳の奥には、年相応の幼さと無垢さが溶け合い、見つめると不思議と安心感すら覚えた。
頬はほんのりと桜色に染まり、寒い冬の日に遊んで帰ってきた子供のような愛らしさを感じさせる。唇はぷっくりとして、薄い赤みが健康的だ。全体的に小柄で、動物のようにちょこまかと動く仕草が自然と目を引いた。
彼女は、まるで絵本の中から飛び出してきた妖精のようで、ただそこにいるだけで部屋の雰囲気を一変させる、そんな存在感を放っていた。
ボーっと見ていると次第に意識が覚醒してきたレイジ。
「おい、誰だお前!」
レイジが跳ね起きると、少女は腰に手を当てて不機嫌そうに言い放った。
「あんたさん、わしを忘れたんか? わしじゃよ! 伝説の剣じゃ!」
「……はぁぁっ!?」
その声にマロンも目を覚まし、髪をボサボサにしたままキョロキョロと周囲を見渡す。
「何よ、朝からうるさい……って、誰よその子? 新しいトラブル?」
「いや、違う! こいつ剣らしいんだよ!」
「剣という名ではない!!わしはティアという名じゃ!」
マロンが寝ぼけた声で一言。
「剣が人間になった? ……まぁそういうこともあるわよね」
チワワから人間になったマロンは慣れているのかあまり驚きを示さなかった。
ティアと名乗った剣の少女は椅子にどっかりと腰掛け、得意げに胸を張りながら説明を始めた。
「ほっほっほ、驚くのも無理はない。気になるか?」
「焦らさずに話せよ」
投げやりに問いかけるレイジに対して、ティアは得意げに語り始めた。
「わしの魔力保存機能によるものじゃよ。刃が折れて力が失われた際、人間の姿を取ることで微かな力を温存する仕組みになっておるのじゃ!」
「なるほど…… で、お前はどういう剣なんだよ?折れてんのとか、あと負け犬ポイントも説明してくれ」
話を戻すようにレイジが尋ねると、ティアは苦虫を噛み潰すような顔をして話し始めた。
「よかろう。かつて、わしは完璧な伝説の剣じゃった。刃は光り輝き、どんな敵も一刀両断。さらには刃に全ての知力を内包しており、バカな持ち主でも知力が最大ステータスになるバフをかけられる剣でもあった。」
「それがなんでこんなことになってんだよ……?」
レイジが眉をひそめると、ティアは怒りを滲ませて拳を握りしめた。
「わしがこんなことになったのは、あのポンコツ女神のせいじゃ!」
「やっぱりあいつかよ!!」
あいつ、オレらが転生した時に言いかけてたもんな。
レイジが声を荒げると、ティアはうなずく。
「あの女神がわしを手に取り、『この剣、地味よねぇ~』と言い出して余計な改造を始めたんじゃ!」
「……何やらかしたんだ。」
「『もっと映える剣にしなきゃ!』とか言いながら、わしに虹色に光る無意味なエフェクトを追加し始めたんじゃ!」
「虹色!? 完全にいらねぇだろ、それ!」
レイジは即座にツッコむ。
「しかも、『これでSNS映え間違いなし!』とか言いながら、わしを振り回しおった!」
「SNS!? 異世界にそんな文化あんのかよ!」
「流行っとるわ!あのアホどもの中で!!」
剣の少女はさらに続ける。
「ところが、その虹色エフェクトが問題じゃった。確かに派手じゃが、わしの力を大幅に弱体化させたんじゃ。」
「…………。」
レイジは呆れながら頭を抱えた。
「さらに悪いことに、試している最中、女神が足元の玉ねぎの皮を踏んで――」
「おい待て、なんで神殿に玉ねぎの皮なんて落ちてたんだ。」
「昼飯の準備中だったんじゃろう!」
ティアは怒りを露わにしながら語り続けた。
「その拍子にわしは床に叩きつけられ、弱体化しておったせいで刃がポッキリ折れてしまったのじゃ!」
「ツッコミどころが多いが、あんたが折れた理由はわかった。それで、負け犬ポイントってのはなんだ?」
「それはその……わしの個人的なこだわりじゃ。」
「個人的、、?」
ティアは遠い目をしながら語り始めた。
「わしはこれまで数多の勇者に使われてきたが、奴らが皆、魔王を倒した瞬間イキリ散らかす奴らばかりでの……。」
「イキリ散らかす?」
レイジが尋ねると、ティアは大きく頷き、語気を強めて話し始めた。
「そうじゃ! わしの力で魔王を倒した途端、みんなこうなるんじゃ――急に態度が大きくなり、わしをぞんざいに扱い始める!」
「ぞんざい?」
「そうじゃ! 魔王を倒すまでは『伝説の剣よ、どうか俺に力を!』とか言って丁寧に扱っとったくせに、いざ勝利を収めると、わしのこと、、わしのことを、!」
ティアはさらに声を荒げる。
「床に置きっぱなしで、そのまま放置で、埃まみれにするんじゃ! しまいには合コンで酒飲みながら、わしを指で叩いて『コレで魔王たおしたんだぜ?』とか酒のツマミにしやがる!!」
「お前、飲み会のネタじゃん……。」
レイジは呆れつつも同情を覚える。
「そうじゃ!そこからどうなったと思う!?勇者の奥さんの家庭料理の包丁代わりに使われ、物干し竿に。しまいには子どもの遊び道具、木刀がわり。」
「家の壁に叩きつけられたりしたのか?」
「ガンガンガンガンぶつけられたわっ!!何度も何度も!」
「……」
「そこからどうなったんだ?」
「最後は勇者の庭で雨ざらしにされて、そこから魔王が復活してあのバカ女神に拾われたんじゃ!!」
不憫すぎてなんも言えねぇ、、、、、、!
「だから、わしは決めたんじゃ!」
ティアは拳を握りしめ、決意を込めた声で言い放った。
「次にわしを使う者は――イキリ散らす成功者ではなく、謙虚で情けなく、物事のありがたみを知る者だけに限ると!」
「……つまり、負け犬ってことだろ。」
レイジが冷静にまとめると、ティアはビシッと指をさして言い返す。
「違う! わしは負け犬と言っとるが、それは尊敬の念を込めた表現じゃ!」
「どこに尊敬要素があんのよ……。」
マロンは冷めた目で呟いたが、ティアはさらに力説を続ける。
「考えてみろ! 成功者は得てして、傲慢で感謝を忘れがちじゃ。だが、負け犬――つまり、敗北や苦労を知る者は、力を借りるありがたみを知っておる!」
「……まぁ、言いたいことは分かるけどさ。」
思考が偏り過ぎだと思うが、反論が面倒臭いレイジがしぶしぶ頷くと、ティアは得意げに胸を張った。
「そうじゃろう! わしは感謝を知る者と共に戦いたいのじゃ! だから、わしの力を引き出す条件として、“負け犬ポイント”を設定したのじゃよ!」
コイツ、残念な剣すぎる、、!
「で、お前がそういう剣だってのは分かったけどさ……。」
レイジはじっと剣の少女を見つめる。
「お前、どっか悪いところはないか?」
知力が詰まった刃が折れている。そして、その刃が無いということはつまり、、
「ほっほっほ! 力は出せんが、わしは元気じゃぞ?」
少し試してみるか。
「うんこ。」
ボソリと呟くレイジ。
「くくっ、ぷふふふふふっ!!」
ティアは堪えきれず、笑い始めた。
「ちんちん」
「ブハハハハハハハハハハッッ!!!!ふー、ふーっ、ふー」
腹を抱えて涙目で顔を真っ赤にしながら笑うティア。
……まぁ確定だな。
「やっぱりバカになってるよなぁぁぁ!」
レイジは思わず全力でツッコむ。
「な、なんじゃと!? わしは知力の塊――」
マロンも吹き出しながらさらに追い打ちをかける。
「ねぇ、つまりさ、刃が折れたせいで知力が飛んで、アンタただの“バカ剣”になってるってことでしょ?」
「バカ剣言うな! わしはまだ賢い!」
かわいそうだからもう何も言わないであげよう。
「脳みそスカスカで庭に捨てられたってことは、ガバガバの使用済みのオ〇ホールってとこね!オ〇ホソード!!ブハハハハっ!」
そんな俺の気も知らず、マロンはそう追い打ちをかけた上に、バーカ、バーカと笑い転げている。こいつは悪魔か、、?
「うっ、うわ~~~~~んんんっっ!!」
ティアはこらえきれず、泣き出してしまった。
外から見ると、女児が女児をいじめている構図だが、マロンの発言がおっさんというか下品というかでなんともカオスだ。
「れいじ~~~っっ!えぐっ、ぐすっ、、マロンがっ、マロンが私をいじめるのっ、、この、、っチビっ!」
「はぁっ!?なんだとこのオ⚪︎ホ野郎っ!!」
「ゔっ、、うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
意を決して反撃するものの、マロンに瞬く間にぶちのめされるティア。
幼い見た目も相まって、すごく可哀想に見えるが、コイツの設定した負け犬ポイントのせいで、これからもオレは酷い目にあうわけで。
だから、チャラということにしよう。というかもっといじめても少しはお釣りが来るものだろう。