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3.記憶覚醒(100年経っても変わらないもの)

一応R15とします

残酷な描写がたまにあります。

基本ゆるく行く予定です。

 そして僕はとてつもない激痛に見舞われた。

「があああ。うがあああ」

 上に乗ったフェンリルの巨体を跳ね飛ばして、僕は叫び声を上げながら転げ回った。

 喉元に込み上げてきたものを吐き散らすと、真っ赤な色が見える。

 僕は頭を抱えてのたうつ。

 頭蓋骨の中身が膨れ上がって、筆舌に尽くしがたい痛みが襲っている。

 四つん這いになった僕は全力で頭を地面に叩きつけた。

 ぶつけた衝撃と額が割れる痛みで頭の中の痛みが少し収まった気がする。

 でも足りない、全く足りない。

 僕は破裂しそうな脳の痛みと額から流れる血で見えづらい目を見開いて、周りを見回す。

 固く頑丈そうな幹を持つ歳経た巨木が目に入った。これだ!

 僕はふらつく体を起こし、目を固くつぶって、その巨木に頭から突進した。

 

 予想していた衝撃も痛みもなかった。

 歳経た巨木の硬い感触ではなく、温かい弾力のあるもので僕の身体は止められていた。

 同時に全身に染み込んでくるような温かな魔力が、気の狂いそうな頭の痛みを癒やしていく。

「相変わらず、理由(わけ)の分からない無茶をなされますね」

 耳にすっと入り込んでくるような低音の優しい声音だ。

 僕は、だいぶマシになってきた頭痛を振り払うように、頭を一つ振って目を開けた。

 僕の眼の前には、輝く銀色の髪に褐色の肌。透き通るサファイアを思わせるような瞳の、20代半ば過ぎに見える絶世の美女の微笑みがあった。

 ただ、眉根を寄せている。

 僕は、彼女に抱きとめられたのだろう。

「フロ……ーラ……」

 僕の口が勝手に言葉を発する。

 その言葉を聞いた途端、眼の前の美女の微笑みが、それこそ花が開くように明るいものになった。

「はい!我が王!お待ちしていましたっ!」

 語尾全てにハートマークが見えるような弾んだ声で、美女フローラが答える。

「もう少し……回復……お願い」

 とぎれとぎれに言うと、フローラの表情が真剣なものに変わる。

「承知いたしました」

 フローラから注がれていた、癒やしの魔力がその濃度と量を増して、僕に注がれる。

 しばらくして、ようやく僕の頭ははっきりした。  

 僕を抱きしめて、癒やしの魔力を注いでいたフローラの肩を軽く叩き、声を掛ける。

「フローラ、ありがとう。もう大丈夫だよ」

 かなりの魔力を使ったのだろう疲れの見えるフローラから、身を離す。

 名残惜しそうに手を伸ばすフローラから離れて、僕は立ち上がった。

「ナハト様」

 渋い男性の声に振り返ると、灰白色にまだらに黒い髪をした老翁が、ひざまずいていた。

 跪いてなお、立っている僕と大差ない高さに灰白色の頭が見える。

 いや、僕が小柄というのもあるけど、多分2メートル近い身長がある。

 年老いて痩せてはいるが、鍛え上げられた肉体であることが、その全身を余すことなく見て取ることができた。

 なんで全身が見えるのかって。全裸だからだよ。

「アギラー、とりあえず、なんか着てね」

 僕は軽く息をついた。

「ナハト様、お待ち申し上げておりました」

 僕の言葉を流して、恭しくアギラーが言う。

 そう、僕の名前は『ナハト。ナハトラウム・フレイヒート』。

 ただし、それは100年ほど昔の前世の名前だ。

 今世の僕は、ローグ・ボ・サツーミ。サツーミ男爵家の次男で、ヒトより少しばかり魔力量の多いことを除けば、特段目立ったところのない先月15歳になったばかりのどこにでもいるような少年だ。 

 しかし、今日僕は、前世の記憶を取り戻した。『最恐の魔王、ナハト』の記憶を。

 先ほどの死んだほうがマシの頭痛は、一気に記憶が戻ってきて、脳が許容しきれなかったんだろうなあ。フローラがいてくれて助かった。彼女の癒やしがなければ、良くて発狂。その前に、自分で自分の頭を破壊していた可能性が高い。いやあ、助かった。

「フローラ、ありがとう」

 僕が心から御礼を言うと、フローラはその褐色の肌でもわかるほど真っ赤になった。

「いえ……その……ナハ…ト…様の、ため…なら…」

 切れ切れに言う言葉もよく聞こえない。

「それに引き換え、アギラーはひどいよね。絶対殺されると思った」

 跪いたままのアギラーにそう言うと、アギラーな頭がさらに低くなる。

「は。我が王への無礼。万死に値します。こうしてお目にかかれ、思い残すことはありません。

 この場で命を立つか、ヒト族の王朝へ特攻して、一花咲かせたいと思います」

 淡々と渋い声でめちゃくちゃ怖いことを言う。真面目か!

 いや、こいつは真面目だった。それこそ些細なことを恩に着て、命を捨てて僕に尽くそうとするほど。

「いや、ごめん。冗談だってば。僕の魔力を感じて見つけてくれたのは、アギラーでしょ。見つけてくれなかったら、多分僕は自滅していた。助かったよ。これからもよろしく」

 僕の本音が伝わったのか、アギラーは大きな体を小さく縮めながらも、喜びに体を震わせる。

「は。我が王。仰せのままに」

 アギラーの顔の下の地面にはボタボタと涙が落ちる。

 長く離れた主君との再会に歓喜の涙を流す忠臣、という感動シーンなんだけど、眼の前にあるのは年老いてなお迫力を保ったままの筋肉を誇る巨漢の全裸。いろいろ台無しだよ。

「アギラーはとにかくなんか着てね」

「ナハト様。これからどうなさいますか?」

 僕はフローラの方を向いた。微妙に頬が膨れている気がするのはなんでだろうね。

「んー。とりあえずは、学院に生存報告かな。多分今大騒ぎだろうから、収束させないと。どうするかなあ?」

 そう、今頃学院関係者は大騒ぎしているはずだ。

 学生の卒業試験ということで、「安全」なはずの場所で、フェンリルらしき魔獣が出て、学生が一人行方不明になっているのだから。

 どう誤魔化すかなあ。僕が倒したっていうのは論外だし、なんとか目眩ましを使って、逃げ延びたっていうのが良いかな。

 ああ、でも、服があちこち破けている上に、アギラーの爪で革鎧も裂けてる状態で無傷ってのは説明に困るか。

「そんなことは簡単です。ナハト様の剣をお貸しください」 

 フローラが、澄ました顔で言う。

「どうするの?」

「そこのバカ犬に獣の姿を取ってもらったうえで、その剣で一突き。『襲われたけど返り討ちにしました』と死体付きで報告なさればよろしいかと。」

 めっちゃ笑顔で何いってんの。その冗談怖いよ。……冗談だよね。

 アギラーも納得した顔で、せっかく着たばかりの服を脱ごうとしない。そんなところに命の捨てどころはないからね。

「フローラに手伝ってもらうしかないか」

 僕のつぶやきに、フローラはまた花が開くような笑顔を見せる。

 いや、久しぶりに見るけど(体感的には今世で物心ついてからの十数年ぶり?)綺麗だなあ。ただでさえ美形ばかりのエルフの中でも、目立っていたらしいからなあ。前世で気にならなかったのは、僕がジジイだったからかなあ。今世の少年としての意識からすると目に毒だ。

「フローラって、今はどんな身分で暮らしているの?」

「白銀級冒険者です」

 胸元のシャツのボタンを一つ外し、そこから細い鎖の先についた、銀色のタグを引っ張り出す。いや、ついつい目が別のものに惹かれるのは仕方がないよね。だって思春期だもん。

 フローラは、僕の視線に気づくと、これまで見たことのないニンマリと言っていい笑みを見せた。

「ナハト様、私の全ては貴方様のものですよ」

 その笑顔のままで言う。いや、今それどころじゃないから。僕は強引に本題に戻す。

「白銀級冒険者で、治癒の魔法持ちということでいいのかな?」

 フローラは少しつまらなそうな顔をしたが、それでも、しっかり頷いた。

 冒険者はその実力や、信頼度、冒険者ギルドへの貢献度などから、等級がつけられている。

 駆け出しの「青銅(せいどう)級」、一人前と認められる「黒鉄(くろがね)級」、一人で魔の森の中層に入れるくらいの強さを持った「白銀(しろがね)級」。

 それ以降は、内実はよくわからないけど、「黄金(おうごん)級」「白金(はっきん)級」と上がり、伝説になるレベルの「真銀(ミスリル)級」となる。

  フローラが白銀級ならば、いろいろ言い訳できそうだ。

「はい、そのとおりです。

 50年ほどはエルフの里に潜みつつ様子をうかがっていましたが、その後は、普通にヒト族の世界にまぎれることができました。

 ナハト様のお戻りをお待ちするのならば、残念ながらヒト族と縁を切るわけには行きませんので」

 淡々と言ってるけど、その言葉には抑えきれない激情がこもっていた。

 まあね、同胞を迫害し、居場所を奪った者たちの子孫と仲良くとはいかないよねえ。とは言え、歴史で学んだ限りだと、あの頃から少しずつ人種の融和が図られているみたいだね。

 多分、フローラたちも暗躍したんじゃないかな。

「それならば、説得力はあるね。森で正体不明の魔獣に襲われ、命からがら逃げていた僕は、たまたま森に来ていたフローラに助けられた。魔獣はフローラが追っ払ったと。これでいけるかな?」

「バカ犬の死体が準備できないのは残念ですが、良いと思います」

 フローラ、そんなにアギラーと仲悪かったっけ?あれからいろいろあったのかな?まあ、おいおい確認しよう。

「じゃあ、フローラは、これから僕と一緒に森を抜けて、学院に報告。アギラーとはまた、どこかで落ち合おう。フローラの連絡先を聞いとけば、アギラーとも連絡つくよね」

 僕がそう言うとフローラは勝ち誇ったような顔になった。対してアギラーは泣きそうな顔だ。まるで捨てられそうな子犬みたいな目つきだよ。巨漢のジジイなんだけどね。

「これからは、いつでも……ってわけにはいかないけど、会えるんだから。そんな顔しないで」

 僕がにっこり笑ってそう言うと、アギラーは居住まいを正した。

「は。我が王。これからも粉骨砕身お尽くしします」

 堅いよ。アギラーはホントに。

「あ、二人とも、『我が王』とか、過剰な敬語はやめてね。たかだか男爵家の次男坊にそれはないから」

 二人とも、驚いたような顔するけど当然でしょ。頼むよ本当に。

 二人は渋ったけどなんとか説得して、僕は日常に戻ることにした。

真銀級しんぎんにしようかと思いましたが、ここはやはりミスリルで。

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