2.記憶覚醒(記憶が多すぎて辛いです)
一応R15とします
残酷な描写がたまにあります。
基本ゆるく行く予定です。
僕の誕生日のほぼ一月後、卒業実地試験は、10月10日の快晴のもと、予定通り行われることになった。
同級生3人でパーティーを組み、魔の森の辺縁部で、課題の素材を採取する。
僕が組んだのは、クルトことクルトゥガンシン・ド・スツルハミ。
スツルハミ伯爵家の嫡男。銀色に輝く肩を超すくらいの長髪と緑色の目をしたイケメンだ。見た目だけではなく、性格もよく、男爵家次男の僕と対等に付き合ってくれる。剣の腕は、現役騎士にも勝ち越せるほどらしい。
もう一人は、フィニーことフィネガンヴィ・ボ・ヤークシタナン。ヤークシタナン男爵の、これまた嫡男。短い巻き毛の金髪に薄い琥珀色の瞳。少し小太りの丸顔で、僕とクラスで背の低さを競っている。運動は苦手だけど、学問は抜群。こちらは、全然かなわない。
僕達3人は、多少の緊張感はあっても、のんびりと会話しながら、魔の森の中を歩いていた。
森の中とは言っても、辺縁部は、木々もまばらで下草もさほど丈の高いものは生えていないから、厚手の服でしっかりしたブーツを履いていれば、分け入るのも問題ない。更に僕らは、革鎧を身に着けていた。ツノウサギ程度の魔物でも、当たりどころが悪ければ、怪我したり、下手すると命に関わることもある。準備は大事。
僕らが歩いているのは、採取のために冒険者たちがよく使っている踏みしめられた道だから、ほとんど草も伸びていない。
この道沿いを地図に描かれたチェックポイントを押さえながら、指定された素材を採取して、集合地点まで行くのが、卒業実地試験だ。
時折、姿を見せるツノウサギをやり過ごしたり、スライムに風魔法を叩き込んだりしながら進んでいくうちに、3つ目のチェックポイントに着いた。
僕の身長の3倍くらいのところに、手のひらに乗るくらいの球体が木の枝から吊り下げられている。
僕は、風魔法で、吊り下げている紐を切った。
クルトが危なげなく受け止めて、球体の上下を掴んでねじる。
綺麗に上下に別れた中には、魔法陣の一部が描かれた羊皮紙が一枚入っていた。
集めた素材を使って、羊皮紙をすべて揃えると完成する魔法陣で、指定薬品を作ることができたら、卒業試験は終了となる。
なかなか順調だなあと僕は微笑んだ。
『構えろっ!」
クルトの押し殺した短い叫びに、僕は反射的に剣を抜き放つ。
隣でフィニーがもたつきながらも杖を構えた。
クルトが睨んでいる森の奥、木々の間から、くすんだ灰白色の魔物が姿を表した。
見上げるほどの巨体の狼に見える。
僕は咄嗟に魔法を構築する。
『闇色の荊持つ蔓よ。その強靭さをもちて、我が敵を拘束せよ』
狼型の魔物の足元に、魔法陣が4つ構成され、そこから伸びた闇色の蔓が、その足に巻き付いた。
「クルト、フィニーを連れて逃げて。助けを呼んできてくれ」
どう考えても僕らでは敵うはずのない強大な魔力の魔物だ。
できることは時間稼ぎしかない。
そう考えたときに、それに一番向いているのは僕だった。
『闇の底の冷気、そを生みし光喰らう沼よ。顕現し、我が敵を飲め』
魔物の足元全体を包むくらいの大きさに魔法陣が広がり、地面が闇色に染まる。
魔物の足がその先から凍りつき始め、その氷はだんだん胴体に向けて侵食していく。
魔物が身じろぎをする度に氷が砕けるが、僕は必死で魔力を注ぎ、相手の動きを封じ続ける。
「全く。また、お前は……。フィニー行くぞ」
クルトが呆れたように呟いたあと、震えているフィニーの肩を叩いた。
二人は、もと来た道を駆け戻っていった。
僕は必死で魔力を練り上げる。
ただ単に放出するのではなく、体内を巡らせることで、魔力の濃度が上がる。そうすると必要な魔力量が減り、魔法の持続時間が長くなる。逆に威力を上げることにも使える。
僕は魔力量が生まれつき多かったこともあって、そのまま使ってもそれなりの魔法が使えた。でも、学院で魔力の錬成を学んでからは、その洗練されたやり方に感動して、暇さえあれば錬成をやっていた。
だからこそ今、この魔物の足止めができている。
普通の魔力量でも、錬成なしでも、この魔物なら一瞬で突破できるだろうことは、押さえつけている感触から伝わってきていた。
自分の努力の思わぬ成果を得た気分だ。
しかし、そもそもの魔力量が違いすぎる。僕の魔法で止め続けるのは不可能だった。
今使える限界近くの魔力を、魔物の足止めに注ぎ込むと、僕は身を翻して走り出した。
クルトたちとは逆方向に。
そして、僕は走るのをやめて、狼型の魔物に向き直った。
フェンリル?は、唸りながら、僕の前を行ったり来たりする。
時折首を傾げるような様子もあって、何かを確認しようとしているみたいだ。
絶対に逃げられないと確信したせいか、僕は変に落ち着いてしまった。
牙かなあ、それとも前脚の一撃かなあ。どちらにしろ痛みを感じないようにやってもらいたいなあ。意識あるまま腹を食われるなんてのは願い下げだ。
なら、いっそ目いっぱいの攻撃したら、怒って一撃でやってくれるんじゃないかな。そうだそうしよう。
僕が決意した途端、フェンリル(もうフェンリルでいいだろう)も足を止めた。
よく見ると、灰白色の毛並みは色あせ、かなり年老いているように見える。それでも、溢れる魔力は膨大で、生半可な攻撃は通らないだろうと思わせる。
僕は、自分にできる全力の攻撃をすることにした。
僕は剣を構えたまま、魔法構築を始めた。
僕の前に17個の魔法陣が浮かび上がる。17もの魔法陣を展開できる人間はそういない。同級生たちは最大でも三つだ。
フェンリルは、気のせいかもしれないけど、魔法陣を見て訝しげな表情になった。
僕にそれを気にする余裕はない。相手が動かないなら、今しかない。
『漆黒の闇の矢よ。我が敵を穿て』
少しずつ角度を変えて、闇色の魔法で作られた矢が、フェンリルに向かっていく。
フェンリルは動かない。
動くことを予想したいくつかの矢は、見当違いの方へ飛んでいくけど、10本以上がフェンリルに突き立つ。そう見えた瞬間、フェンリルが消えた。
衝撃を受けて地面に転がった僕の胸を、フェンリルの前足が踏みつけていた。
胸に受けた衝撃に咳き込もうとしたら、激痛が走って硬直する。多分、フェンリルが前足を胸に叩きつけて、その後、転がった僕を踏みつけたんだろう。
どうやら僕に視認できるような速度ではないらしい。流石、伝説の魔獣だ。僕は全身の力を抜いた。
フェンリルは、数回首を振ると、大きく口を開いた。
その真っ赤な口を覗き込んだ時、僕の口から、言葉がこぼれ出た。
「ア…ギ……ラー…?」
何を言ってるか、自分でも分からない。ただその言葉が出ていた。
フェンリルが口を閉じ、あらためて僕を覗き込む。
その瞳には知性と意志があるように見えた。
しばし見つめ合ったあと、フェンリルは再び口を開く。
「我が王?」
確かにしゃべった。くぐもって分かりづらかったけど、人間の言葉だった。
僕は感慨深げに言葉を返す。
「年取ったなあ」
その瞬間、膨大な記憶が、僕の中から溢れ出てきた。
それは、今から100年以上前の出来事だった。
ヒト族から追われ、対抗するうちに「魔王」と呼ばれるようになった僕の前世の記憶だった。
そして僕はとてつもない激痛に見舞われた。