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1.記憶覚醒直前(今世の家族とは仲いいよ)

一応R15とします

残酷な描写がたまにあります。

基本ゆるく行く予定です。

「いや、無理だってえええええ」

 僕は半ば泣きながら、走っていた。

 魔の森の辺縁部、木々はまばらで下草も、それほど丈の高いものはない。

 見通しもよく移動もさほど苦労しない場所だ。

 そして、本来ならば危険な生物がいないはずの場所で、僕は、見たこともない大型の狼種と思われる魔物に追いかけられていた。

 魔物は、なぶるつもりなのか、一定の距離をおいたままで、時折、僕の進路を塞ぐように姿を表す。そのたびに方向転換を余儀なくされて、僕は完全に自分の現在位置を見失ってしまった。

 走りに走って、足が言うことをきかなくなり、眼の前を塞いだ巨木に抱きつくようにして、僕は足を止めた。そこから先には灌木や下草が密生しているし、木々の間隔も狭く、とてもじゃないけど走れない。

 僕は必死で息を整えながら、両刃の剣を抜き放った。

 振り返ると、少し開けた広場のようになっている場所の入口を塞ぐように、僕を追ってきていた魔物が立っていた。

 銀灰色の毛並みで、まだらに黒いのが混じっている牛くらいの大きさの狼だった。大きさからもわかるけれど、その纏う魔力から、普通の獣でないことは見て取れた。どうも伝説になっている恐怖の魔物の一種、フェンリルらしく思われた。

「終わった」僕は剣を構えたまま肩を落とす。

 どう考えても、あいつを倒す方法はないし、逃げられるとも思えない。詰んだとしか言いようのない状況だった。

「まあ、みんなは逃げられただろうから良いか」

 自分を納得させるために僕はつぶやく。半分くらいは本音だ。

「短い人生だった」

 なんといっても僕は、ついこないだ15歳の誕生日を迎えたばかりだったのだから。

 そんな場合ではないと思いながらも、僕は一月ほど前の誕生会を思い出していた。

 

「おめでとう」

 家族全員からのお祝いに、僕は微笑んだ。

「あリがとう」

「ローグも成人だな」

 僕と同じ金髪碧眼、リンガン父さんが、声をかけてくる。

 王宮での仕事が忙しく、領地の屋敷に返ってくるのは、月のうち数日だけど、今回は僕の誕生日に合わせ、無理して帰ってきてくれたようだ。

 39歳という年齢にしては若く、痩せてはいるけど引き締まった体は、文官と言うより武官のほうが似合いそうだ。

「お酒も飲んでいいけど、程々にしてね」

 そう言いながら、自分は3杯目のワインを飲み干して、次を注いでいるのが、ブリュテ母さんだ。

 軽くウェーブのかかったブルネットの髪を肩の高さで括り、アンバーの瞳が見えないくらい細めた目で僕を見つめている。

 リンガン父さんの二つ下だけど、仕草や見た目は僕と同い年の少女みたいに見えることがある。

「春には卒業だけど、お前も王宮に来るのか?」

 ブリュテ母さんより少し暗めのブラウンの髪に、母さんと同じアンバーの瞳で心配そうに尋ねてきたのは、3つ年上の兄、アストンだ。

 3年前に学院を優秀な成績で卒業した彼は、王宮で父の補佐をしながら、母について領地経営を学んでいる最中だ。

 有能と評判の父よりも優秀と言われているから、サツーミ領の将来は安泰だと思う。

 あと、うちの中で一番の美形だ。同じ細身の長身でも、リンガン父さんと違って、完璧に文官よりだけど。

 まあ、領地持ちとは言っても、一番下位貴族の男爵で、王都に隣接していることだけが取り柄のような弱小領地だ。そつなく領地経営をして、力の殆どは王宮での仕事に費やすことになるんだろう。

「成人したとは言っても、春の学院卒業まで3ヶ月あるし、教授の紹介の仕事もいくつかあるから、じっくり考えるよ」

「いいんじゃない。いっそ1年や2年領地を見ながら、やるべきことを決めてもいいわよ」

「のんびりしすぎだろう。私は3年生の夏には王宮に務めることが決まっていたぞ」

 真逆の言葉は順にブリュテ母さんとアストン兄さんからだ。

 ブリュテ母さんはよく言えばおおらか、アストン兄さんは計画性がある。平たく言うと大雑把な母と神経質な兄といった感じだ。リンガン父さんは、基本あまり喋らない。家族の会話を黙って聞いて、要所だけで口を出すのが常だった。

 家族仲は良い、と思う。

 家を次ぐのは優秀な兄で決定しているし、だからといって、僕が冷遇されているわけでもない。僕は家を出るつもりだけど、二人きりの兄弟だし、まあ、うまくやっていこうと思っている。

 その僕、ローグ・ボ・サツーミは、秋も終わり近い今日、9月9日に15歳になった。この国では成人したと見なされる。ただ、さっきも言ったけど、僕はまだ学院生という身分だから、卒業する12月いっぱいまでは、あんまり変わることはない。ただ、兄が正式に父の跡をついで、サツーミ男爵となった時点で、家を出ていたら僕は、「ボ」という男爵家を表す文字がなくなり、ローグ・サツーミという苗字持ちの平民となる。

 まあ、あと10年は大丈夫だろう。

「領地の牧場頭なんかも魅力的だけどなあ。あ、森番でもいい。」

 僕が言うと、父は苦笑、母は微笑、兄は苦虫を噛み潰したような顔になった。

「お前、それは平民でも下位じゃないか。私に、『弟を冷遇する兄』という評判を立てたいのか」

「いや、アストン兄さんが、僕のことを大切にしてくれているのは身近な人はみんな知っているでしょう」

 僕が慌てて言うと、兄の眉間のシワがさらに深くなった。

「身近な人間はな。問題は家のことをよく知らないものとも私は付き合わなくてはならないということだ。そういう者の噂話がどれほど足を引っ張るか。オルヒデ嬢もどう思うか……」

「オルヒデちゃんなら大丈夫よ。あなたにぞっこんだし。ローグとも気が合うみたいだから」

 最後は愚痴っぽくなったアストン兄さんの言葉に、ブリュテ母さんがほんわかと言う。 

 愛する婚約者が、自分にぞっこんだと言われ、アストン兄さんがほんのり顔を赤くして、軽く目を伏せた。

 長い睫毛が影を作る横顔は、一枚の絵画のようで、見られたら数多いファンが悶えそうだなあ。クールな若手官吏の照れ顔。貴重です。

「何考えてる?」

 アストン兄さんがジト目で見てくるので、僕は話題を変えることにした。

「あ、兄さんに教えてほしいことがあったんだ」

「なんだ?」

「来月にある卒業試験の、実地試験のこと」

 誤魔化すためだけでなく、本気で聞きたい気持ちが伝わったのか、ため息一つついたあとでアストン兄さんは答えてくれた。

「お前なら、十分こなせる試験だから、心配いらないぞ」

「そうなの?」

「ああ。魔の森の辺縁部を使っての素材集めだ。出てくる魔物はツノウサギかスライムくらいだから、初級の風魔法で十分だ。あれはあくまでも、学院で学んだ内容を実地で確認するためのものだから。お前、素材学も魔物講座も優等だっただろう。楽なもんだよ」

「そっか。じゃあ、森に入るのにふさわしい格好さえしてればいいね」

 僕は、追及を逃れたことと合わせて、二重の意味で胸を撫で下ろした。

 さあ、一月後の卒業試験に向けて準備しよう。

この世界の暦と季節は、春(1月〜3月)夏(4月〜6月)秋(7月〜9月)冬(10月〜12月)となります。

9月末か10月に初雪。雪が積もるのは11月と12月の半ばまでが一般的。あんまり積もらない。春と秋が長い気候。

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