0.プロローグ(前世の最期)
初めての投稿です。
定期投稿を目指します。
一応R15とします
残酷な描写がたまにあります。
基本ゆるく行く予定です。
儂は一人だった。
石造りの城の一室。
豪奢な飾りがなされた広い空間は謁見の間だ。その一番奥、ひときわ目を引く、装飾過多な巨大な玉座に、一人で座っていた。
年老い、そもそも小柄な儂は、子供がいたずらで座っているように見えたかもしれない。
玉座に座っているからには、儂は王であり、両脇や背後には護衛騎士が控え、人二人分ほどの高さのある重厚な入り口の扉には、門番の役割をする近衛騎士がいるはずだが、誰もいない。そもそもそんなものをおいたことがないのだ。
儂のために作られたものではなく、この地を治めていた帝国の代官とやらの趣味と帝国の威勢を誇示するための場所で、居心地が悪い。
ここに座っているのは、仕方なくである。
その気はなかったのだが、いろいろあって、一つの城塞都市を占拠することになってしまった。そして王として祀り上げられてしまった。
王である儂が、誰かを出迎えるときに座る場所はここだろう。
だから不似合いでも鎮座している。
とはいえ、王らしい振る舞いなどできるわけもなく、ただ一人で何をするでもなく座っていた。
いつもは近くにいる者たちも、いろいろ理屈をつけて遠ざけた。本当なら、さっさと逃げてほしかったが、殆どが城を守る戦いに向かっていった。
城なんかより、みなの命のほうが大事なんだが。
外から聞こえていた怒号や剣戟の音、魔法による爆発音も今は絶えていて、静寂だけがあった。
いや、一つだけ、こちらに近づいてくる音が、聞こえた。
それは、金属が触れ合って立てる音と何かを引きずるような音をともなった足音だった。
その足音は、玉座を閉ざす扉の前で立ち止まった。
どうやら待ち人が来たらしい。
・・・・・・・。
しばらくの沈黙のあと、轟音が響き、巨大な扉が吹き飛んだ。
普通に押せば開くと思うんだが。
そこに立っていたのは、もとは白銀に輝いていただろう傷だらけで輝きを失った鎧を身に着け、身の丈に届きそうなほどの長大な両手剣を構えた一人の少年だった。
先程まで聞こえていた金属の触れ合う音は、鎧の継ぎ目同士が立てる音。引きずっていたのは、あの大剣だろう。
鎧だけでなく、少年自身もあちこち傷を負い、その身体は戦塵で汚れていた。鎧の右太ももに大きく焼けたあとがあり、穴が空いていたが、その下にも届いているらしく、足を引きずっている。右の脇腹辺りにも大きく切りつけたような跡があり、鎧が凹んでいる。他にも無数の傷があり、満身創痍といった様子であった。
しかし、その目は強い意志と生気に溢れ、まっすぐ儂を睨みつけていた。
少年が口を開く。
「お前が、魔王か」
その言葉は質問ではなく断定だった。
儂は右眉を僅かに上げただけだったが、少年は一つ頷いて言葉を続ける。
「お前の守りはすべて倒した。私と仲間たちによって」
一語一語噛みしめるように言う。
「残るはお前一人だ。覚悟しろ魔王」
少年は両手剣を右手だけで支え、その剣先を儂に向かって突き出した。
「最初から一人だよ」
儂はつぶやき、ゆっくりと立ち上がった。と言いたいが、サイズの問題で、ピョンと飛び降りることになった。
床に下り立つのと同時に、儂の周りには、きらめく魔法陣が無数に現れ回転を始める。
攻撃、防御それぞれの魔法を発動させる準備だ。
『闇の世界より生じし漆黑の矢よ。我が敵を穿て』
儂の言葉が終わった瞬間、魔法陣から闇色の矢が飛び出し、百に届こうかという矢のすべてが、少年に向かって突き立つ。
その瞬間、光が爆発した。
音も何もなくただ視界が光に埋め尽くされた。
勇者の固有スキル「絶体防御」が発動したのだろう。
その身に宿る光の魔力により、クールタイムは必要だが、物理、魔法どちらの攻撃も一瞬だけ完全に無効化するというとんでもない力だ。
しかも眩しい。
反射的につぶった目を開いたとき、少年の姿は消えていた。いや、あの瞬間に儂の背後に回り、大剣を振るっていた。
その大剣は、儂の首に届く寸前で、闇に食い止められていた。先程展開した防御用魔法陣のほとんど全てを使って生み出した盾が防いでくれた。
「よく防いだ。しかしそこまでだ。」
少年がつぶやくように言葉をこぼし、闇の盾に加える圧力が倍加した。
「お前が恐怖で縛り、自由を奪っていた軍勢は逃げ散った。魔王軍四天王も私の仲間たちがその命をかけて足止めをしてくれている。いや、倒してくれてるはずだ。その仲間たちの思いとお前に虐げられたすべての民の願いを受けて私はここにいる。いかに最恐の魔王と言え、この光の刃を防ぐことはできない」
闇の盾が防いでくれている間に、両手が空いている儂は、いくらでも次の攻撃魔法を組むことも武器を振るうこともできた。しかし、儂にはもうその気はなかった。
疲れていたのだ。戦いを続けることに。
先程、咄嗟に魔法陣を展開してしまったのは、戦い続けたクセみたいなものだ。まあ、おかげで、笑える話を聞けたが。
儂の軍勢?そんなもの持った覚えはない。ただ虐げられていたみんなが、身を守るために武器を取っただけだ。
魔王軍四天王?
ドワーフのゴルド・ミスニックは鍛冶がしたいだけの気のいいおっさんだ。だからこそ、鉱山とその周辺を守ることに命をかけていた。無秩序な採掘や鉱毒への配慮の無さは許しがたいものがあったのだろう。
ダークエルフのフローラ・シュバル。木々と小鳥を愛する彼女は、森が荒らされるのを悲しんでいた。
ワーウルフのアギラー、ダンピーラのリヒトラ・デュンケルは、それぞれ迫害されていた同胞が生きることのできる場所を探していただけだ。
みんな精一杯生きていただけなのに、その生きる場所を奪ったのは人間だ。
魔物たちだってそうだ。彼らは基本的に縄張りから出ない。そこに入り込んできたものを狩り、または追い払うのは当然のことではないか。
言いたいことはたくさんあった。しかし、儂の口から言葉は出ない。みなには逃げるように言ったのに、儂の言葉ではみなを動かせなかった。もともと、儂は言葉で何かをなしたことはない。
魔法は使った。というか、儂にはそれしかないから。
吹けば飛ぶような小国の第七王子なんてのは、ある意味気楽で自由だった。
3歳で初めて魔法に触れてから20年、自分に与えられた離宮でひたすら魔法研究に打ち込めるほど。
その後も研鑽を続けながら、国防や治水などに魔法を使ったが、儂としては実地に試す機会を得られたくらいの気持ちだった。
儂が45歳になった時、母国は滅んだ。
儂が、大陸の反対側まで、龍に会いに行っていいる間に、帝国が滅ぼしたのだ。
もっとも、さっさと降伏したらしく、王族以外にはほとんど人的被害はなかった。
当然思うところはあったが、儂一人ではどうにもならない。仲間を募って死地に追いやる気にもなれないし、そもそも、仲間を募るすべを持たなかった。
そうして20年、儂は大陸中をさすらった。
いろいろな理不尽に出会った。
特に、亜人と呼ばれ蔑まれている者たちの辛苦に、憤った。
儂が生まれ育った小国では、ヒト族とそれ以外という分け方などなかった。『亜人』という言葉も。
儂は眼の前の出来事に憤り、不幸を、悲しみを少しでも払おうと努めた。おそらく、亡国の際に何もできず、その後ものうのうと生きていることが心苦しかったのだろう。
魔物の森を狩り尽くし、燃やし尽くそうとした軍勢を、洪水によって押し流した。なかなか強力な火魔法使いが複数いたために、全体を水で流すしかなかった。
エルフの森には、トレントたちの力を借りて、その全域に迷いの結界を張った。ヒトは入ることができないように。
ドワーフたちが守っていた鉱山にたどり着く道を、山を崩してその形を変えることで、ヒトがたどり着くのを困難にした。
目についた亜人奴隷や隷属の魔法によって使役されていた魔物たちを解放した。そうしたら、なぜか、魔物たちや亜人達が集まることになったが。
できるだけ穏便に、生活の場を確保するためにたどり着いたのがここだった。
森と山に囲まれた古城のある城塞都市。
儂の故国でもある。
儂らが占拠した時は、帝国の一部であり、あくまでも帝国から派遣された領主が治める街だったが。
人を寄せ付けない山々と軍を動かすには向かない深く古い森は、儂についてきたみんなが暮らすのにちょうど良い場所だった。森を守るときに帝国軍をふっとばし、ちょうどよいかと占拠した。
10年ほどは平和だったなあ。
帝国からすれば、大した価値もない場所だし。
小競り合いくらいしかなかった。
それが、急に本格的に攻めてきたのは「勇者」が誕生したからだ。
個々の能力から言えば、ヒト族はそれほど脅威ではない。
しかし、時折、人の枠を超えたものが生まれる。「勇者」然り、『魔王』然りだ。
そもそも自衛のためにしか戦おうとしなかった『魔王国」と、すべてを蹂躙するつもりの帝国では勝負にならない。
少数の強者によって、なんとか仮初の均衡を保っていた。
そこに飛び抜けた強者である「勇者」が現れたことで、「魔王国」の滅亡は決定した。
この大陸の森や山は深い。まとまらずに散り散りになれば、みながそれぞれ生き延びることはできるだろう。
この「勇者」の言葉通りならば、四天王(笑)以外のみなは逃げ延びてくれるだろう。
もうそれでいい。
こんな儂の命を守るために死ぬことはないのだ。
その時、儂の周りを霧が覆った。
首元にかかっていた圧力が消えると同時に、儂は一人の女性に抱きかかえられるようにして、謁見の間の扉近くまで移動していた。ダンピーラの霧化転移だ。
「リヒトラ、生きて……」
抱きかかえられたまま、彼女を見上げた。ストレートの肩近くで切り揃えられた黒髪、血の気を感じさせない白い肌に、赤く輝く瞳。ダンピーラのリヒトラ・デュンケルだった。
「ナハトラウム様、勇者は私達が止めます。お逃げください。」
ぼろぼろになりながらも、全く陰ることのない美貌に決死の思いを込めてリヒトラが言う。
「いや、君こそ逃げてよ。……私達?」
儂が玉座の方へ目をやると、闇を纏ったような黒い毛並みの巨大な狼が、勇者を牽制するように唸り声を上げていた。
「アギラー……」
アギラーも生きてたんだ。よかった。でも、勇者に立ち向かうのは無茶だよ。そもそも自慢の毛並みもあちこち焼けて縮れてるし、傷だらけじゃないか。
「フローラとゴルドには、我が同胞たちをまとめて逃げてもらっています。ですから、ナハト様も……」
いや、もう逃げると言っても別大陸に行くぐらいしかないよね。それに、儂が逃げている限り、追跡が止むことはないだろうし。やっぱりここで、討たれた方が良いよなあ。
四天王(笑)は、見逃してもらえないだろうけど、足手まといになりかねないジジイの儂がいなければ、彼らならどうにかするだろう。
集まった他のみなはどうやら儂が「恐怖で縛って自由を奪っていた」らしいから、改めてひどいことにはならないだろう。
考えれば考えるほど、儂はここで果てるべきだな。
儂が考えにふけり始めると同時に、リヒトラは勇者に向かっていき、アギラーと協力しながら攻撃を加え始めた。
牛ほどの大きさのあるアギラーは、その巨体以上の剛力と、到底考えられないような俊敏さで、勇者に飛びかかっては離れることを繰り返している。
アギラーの前足が触れた床や壁は、叩き切られたように裂けるか、爆発したように穴が空いていく。
リヒトラは、刃のついたムチみたいなやつ、蛇剣とか鞭剣とか言うんだっけ、を振り回している。
時折鋭く勇者に向かっていく剣先が、アギラーへの援護となっている。
勇者は防戦一方のように見えるけど、あれは力を溜めてるだけだな。なんかよくわからないけど、勇者はあの大剣に力を集めて、強烈な破壊力を出せるらしい。
このままだと、アギラーもリヒトラも、その命をかけて儂を守ろうとするだろう。儂が討たれたら後追いまでしそうだ。
全く、なんでここまで忠誠心が厚いのか?まあ、同胞の居場所を作る手助けはしたけど、結局、すべて台無しになったからなあ。
仕方ない、単に果てるのが無理ならば、この間に儂も準備しよう。幸い、今日は9月9日。月の魔力の重なりが最も大きい日だ。あの魔法もうまくいく可能性がある。
戦いの様子を横目に見ながら、儂は二つの魔法陣を組み上げる。一つは何度も使ったことのある転移の魔法陣。もう一つは一度も成功したことがないやつだ。というか、お試しができない魔法で、生涯一度しか使えない。失敗したらまあしょうがないくらいの気持ちで組み上げていく。
普通の人間とは比べ物にならない体力を持つ二人だけど、勇者相手に疲れが見えてきたところで、儂の準備は整った。
儂は叫ぶ。
「リヒ、アギラー、ここに!」
二人は弾かれたように、勇者から距離を取り、儂のもとへ駆け寄った。同時に勇者が叫ぶ。
「みんなのチカラを我がもとに。聖剣デュランダルよ。応えよ!」
勇者の持つ大剣が輝き始める。また眩しくなりそうだなあ。
リヒトラとアギラーの体がキラキラとした光へ変わっていく。
転移魔法が発動したのだ。二人は驚き、魔法陣から抜け出そうとするが、発動してしまえば、身動きは取れない。
「「ナハト様っ!!」」
叫ぶ二人に微笑んだ。
「儂は滅びない。何年かかるかわからないけど、戻って来る。今日のところは勇者に花を持たせる。だから生きよ。自由に、好きに」
こう言っておけば、二人は生き延びてくれるだろう。
儂が言い終わると同時に、勇者が強烈な光をまとった聖剣を振りかぶって飛び込んできた。
儂は両手を広げて、二人の前に立ちはだかる。ちっこいジジイだから、隠せてないけどね。
あと、やっぱり眩しい。
勇者の力を乗せた光そのものが凝縮したような聖剣が儂に迫る。
儂はもう一つの魔法陣を起動させた。
聖剣が儂を貫いた時、儂は計算違いに気づいた。
聖剣に込められたチカラも、儂の魔法の発動の魔力に加算されていた。
精々10年くらい先の予定だったんだけどなあ。どこまで飛ばされるかなあ?そう考えながら、儂は転生魔法に身を委ねた。