決断の時
閉経。女性の月経が終わること。閉経したなというのは何かお知らせがある訳ではなく、ただただ何となく閉経したんだなと自覚するものなんだろう。その自覚が今日だった。
生理記録アプリからもうすぐ始まりますとお知らせが来たが、先月、先々月と来なかった。あぁそうか私は閉経したんだと気づかされる。ようやく母として、妻としての役目から解放されるような感覚だった。
閉経を自覚した後、夫の母、義母が亡くなったと知らされる。この時ようやく約束から解放されると感じた。
義母の葬式が終わり、納棺が終わった翌日に、夫と息子に話したいことがあると告げた。
「母さんどうしたの?話って何?」
「私離婚したいの。義母さんと約束で、義母さんが亡くなるまでは離婚しないで欲しいと頼まれていたの。亡くなってすぐなんて、不謹慎かもしれないけど、人は亡くなる。だからこそ残りの人生を自分のために生きたいの。だから離婚して欲しい」
「お、お前何を言っているんだ!?いい歳して、何を考えている!?」
「そうだよ、母さん。なんで離婚したいんだよ。それにおばあちゃんとの約束ってなんだよそれ」
「墓場まで持って行こうと思っていたけど、言わないと納得しないわよね。正義。あなたは私の本当の息子じゃないの。あなたは父さんと不倫相手の子どもなの。」
「はっ?な、何を言っているんだよ。そんなの信じられる訳ないだろ!?」
「正樹。あなたB型よね?私も父さんもA型なの。だから私達の息子だったら、B型にはならないはずよ」
「そ、それはあくまで確率だろ!?!?親戚探せばB型の血が入っている可能性もあるだろ!」
「あんまり見せたくなかったけど、養子縁組の書類の控えよ」
「そ、そんな、う、嘘だろ?」
「本当よ。あなたの父親が結婚して一年も経たない内に、不倫したのよ。もっとも子どもが出来るのが早すぎたから、おそらく結婚前から繋がっていたんでしょうけどね。一応あなたの本当のお母さんの連絡先はこれよ。まぁ一度も連絡していないから、本当に繋がるかは不明だけどね。世間体を気にした義母さんがね不倫相手との子どもを私達の子どもとして育てなさいと言ってきたの。私は離婚させて欲しいとその時お願いしたけど、聞き入れてもらえなかったの。義母さんが死ぬまでの間で良いから離婚しないでくれと土下座されたの。私がいなかったら、正義を育てる人もいないだろうし、それこそ子どもが出来たのにすぐに離婚なんて世間体が悪いものね」
「か、母さんは俺のこと嫌い…?」
「ううん。大好きよ。本当の息子のように、いいえ本当の息子だと思ってる。けどね私達夫婦は破綻していたの。正義の前で仲良くしましょうというルールを決めて、二人でいる時は必要なこと以外は話さないで欲しいと私がお願いしたの。」
「そ、そうだったの…?」
「騙してごめんね。生まれてきたあなたには罪はないから、最低限家族として出来ることをしようと決めていたの。」
「そんな辛い思いをさせていたなんて…ご、ごめん母さん…」
「正義が謝ることなんて何もないわ。むしろこんな両親でごめんね。正義と書いて『まさき』と読む名前を付けたのは私なの。あなたには父さんのような結婚式で神様に誓ったのに、その直後不幸に落とすようなそんな不義理な人になって欲しくない、正義感のある人になって欲しいと、願ってつけた名前なの。変な名前をつけてごめんね。」
「ううん。この名前に恥じない生き方をするよ。離婚してもたまには会ってくれる?」
「もちろんよ。たまにとは言わず、いつでも空いましょう。」
「おい!俺は離婚なんて認めないからな!大体主婦のお前がどうやって暮らしていくんだよ!金はどうするんだ?」
「やっぱり気づいていなかったんですね。」
「何がだ!?」
「これはわたしの通帳です。700万貯金があります。」
「はぁ?!なんでそんな金があるんだよ!!まさか俺の金を盗んだのか!?」
「そんな馬鹿な真似する訳ないじゃないですか。本当に気付かなかったんですね。私が仕事をしていること。とっくの昔にあなたの扶養から抜けていることに。」
「えっ?お前仕事していたのか?」
「まぁ在宅ワークなんで、あなたが仕事している間にしているので気付かないのも無理ないですが、年末調整とかの書類で気づきそうですけどね。まぁと言っても、そういう雑務は私に押し付けてきましたけどね。」
「す、住むところはどうするんだ!?この家は渡さんぞ!」
「いりませんよ。不倫女が来たかもしれない。ましてや今も来てるしかもしれない家なんて。実家に帰りますよ。幸い兄夫婦も子ども達が大きくなって、家を出て行ったから、部屋が余ってると言ってくれましたしね。」
「父さんまだ不倫してるのかよ!?本当に最低だな!!」
「正義。父さんは悪くないのよ。母さんが父さんに触れらたくないから、子どもさえ作らなければ好きに不倫してくれて結構と伝えたのよ。父さんに触れられると蕁麻疹が出るようになったからね。」
「そ、そうだったんだ…俺全然気付かなかった…」
「仮面夫婦でごめんね。夫婦としては終わっていたかもだけど、親としての愛情は二人とも本物のつもりだからね。」
「それは疑っていないよ。ごめん。話の腰を折っちゃって。続けて。」
「仕事は在宅ワークを続けながら、新しい仕事も始めるつもり。もう面接も申し込んだ。貯金も仕事もある。あぁそうそうわたしの貯金なんだけど、義母さんが毎月数万だけど、振り込んでくれるの。あなたの代わりと言っては可笑しいかもだけど、慰謝料のつもりらしい。余計に離婚したいと言いづらくてね。流石に義母さんが入院してからは振込は断るようにしたけど。入院費も大変だろうから。」
「本当に何も知らなかったな…。」
「父さん…もう離婚してあげよう。母さんを解放してあげよう。」
正義の説得もあり、離婚することが出来た。新しい一歩の始まりだった。