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六人の殺し屋  作者: 帆高


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13/15

約束されない言葉

 ふいに目が覚め、枕元に置いたスマホに手を伸ばす。飛び込んできた強い光に思わず目を細めながら時刻を確認すると、眠りについてから一時間程しか経っていなかった。

 脳が徐々に喉の渇きを認識し始め、仕方なく体を起こす。サイドテーブルに置かれたペットボトルを手に取り、ぬるくなった水を一気に流し込む。煙草を手にして窓を開けると、冷えた空気が肌を刺した。

 もうすっかり冬だ。

 ふと、隣の部屋からかすかな明かりが漏れていることに気がつく。

 獅央はまだ起きているのか。

 その明かりに吸い寄せられるように、気づけば私は彼の部屋の扉をノックしていた。


「どうした」


 まもなくして扉が開き、眼鏡をかけて少し驚いた表情の獅央に出迎えられる。

 なぜ、私はここへ来たのだろう。


「入るか?」


 その言葉に小さく頷いて、部屋の中へと足を踏み入れた。

 自分の部屋とは違う、獅央の匂い。

 テーブルの上にはノートパソコンやタブレット、そして数枚の資料が広げられており、淡い明かりがそれらを照らしていた。


「仕事、してたのか」

「ああ」

「ごめん、邪魔した」

「気にするな。何か飲むか?」

「いや、いい」


 彼は「そうか」と呟きながら、ソファに腰を下ろした。その隣へ、寄り添うようにして座る。


「体調は?」

「もう、大丈夫」

「なら良かった」


 会話が、途切れる。


「……仕事をしているが、気にするな」


 俯いて口を閉ざす私に彼はそれだけを告げると、テーブルの上のタブレットを手に取った。

 話したいことがあるなら話したくなったタイミングで話せ、という彼なりの気遣いだろう。

 タブレットの画面には小さな文字がびっしりと並べられており、時折写真も載せられている。

 そっと彼の肩へ頭を凭れさせると、頭上から視線が向けられる気配がした。

 ゆっくりと、体の力が抜けていく。張り詰めていた心の糸が緩んでいくのを感じた。

 彼女たちは、無事に保護されたのだろうか。私にはこうして帰る場所があるが、彼女たちには、安心できる居場所があるのだろうか。

 ふと喉の奥が熱くなり、堪えきれない感情が鼻の奥まで一気にせり上がる。鼻を啜ると、獅央の右手が私の両手を静かに包み込んだ。手のひらの温もりが、指先からじわじわと広がっていく。部屋にはタブレットの画面を滑る指先の小さな音と、時計の秒針が刻む律動だけが響いていた。

 会話のない空白は、決して気まずさではなく、むしろ心を鎮める静寂だった。

 呼吸が、ゆっくりと深くなる。沈黙の中に身を委ねていると、ようやく自分が帰ってきたのだと実感できた。


「──全員殺せばよかったな」


 突然静寂を切り裂いたその言葉に思わず顔を上げると、彼は真っ直ぐと前を見据えていた。

 その瞳の奥に、黒い波が揺れている。


「警察なんか呼ばずに、全員殺せばよかった」

「……獅央らしくない」

「お前のあんな姿を見られて、俺が正気でいられると思うか」


 私を視界に映した彼は、眉をしかめて少し語気を強めた。


「福村だって、本当は俺が殴り殺してやりたかった。あいつのグラスにだけ入れたはずの毒をなぜお前が飲んだのか……想像するだけで吐き気がする」


 憎悪と痛みが混ざり合った、低く唸るような声だった。力がこもった手に、あの日の陽彦を思い出す。私の手を握り「簡単に折れそうだ」と言った彼より、少し大きくて、細い指。


「……彼女たちが救われたなら、私はそれでいい」

「俺の気が収まらない。ルナ以外がどうなろうと、俺には関係ない」


 その言葉に、胸の奥が強く引き攣るのを感じた。絶望に打ちひしがれた彼女たちの顔が、脳裏に浮かぶ。彼の言う“ルナ以外”とは、恭虎や狼碧、龍河や琳凰のことも含まれているのだろうか。ナナさんのことも、獅央にとってはどうでもいいのだろうか。


「……私の大切な人たちのことは、私と同じくらい大切にしてほしい」


 そう告げると、光のない瞳がかすかに揺れた。視線を手元へと移した彼は、しばらく口を閉ざした。

 黒く、巨大な闇に飲み込まれそうなほどの静寂だった。

 呼吸が、浅くなる。

 手に触れた体温だけが、世界と私を繋いでいた。

 やがて彼はゆっくりと息を吸い、視線を上げた。大きな手がこちらへ静かに伸び、その指先が優しく頬を撫でる。


「……誰かとルナの命が天秤にかけられた時、俺は迷わずお前を選ぶ」


 ああ。なんて残酷で、誠実な男なのだろう。


「……それが、自分の命だったとしても?」


 震える声でそう問うと彼の眉間に寄っていた影が、ふっと消えた。


「──お前を守るためなら、俺は誰だって殺せる。それが自分なら尚更だ」


 言葉の余韻が、闇夜に溶けていく。

 ──もう誰も、私を置いて行かないで。


****


「あーもう、最っ高! 一家に一人恭虎くん欲しいわあ」


 任務から三日後。ナナさんを家に呼んで慰労会を開くことになった。

 恭虎が腕をふるった料理を口いっぱいに頬張ったナナさんは、テーブル越しに声を弾ませる。


「ねえ恭虎くん、うちのチームに来ない? 一人くらい爽やかなイケメンが欲しいと思ってたの」

「ありがとうございます。ご飯ならいつでも作りに行きますよ」

「あーあ、振られちゃった」


 そう言って肩を落として見せながらも、その横顔にはどこか嬉しげな笑みが浮かんでいた。


「ナナさん、グラス空いてますよ〜」

「まあ、龍河くんありがとう。気が利くのねえ」


 龍河は持ち前のコミュニケーション能力で、あっという間にナナさんと打ち解けていた。


「龍河、俺も」

「狼碧は自分で注いでくださーい」


 差し出したグラスを軽くあしらわれた狼碧が舌打ちをすると、ナナさんがすかさず龍河の手からボトルを奪った。


「じゃあ、あたしがやってあげる」

「……ありがとうございます」


 無表情で小さく告げる狼碧を気にすることなく、ナナさんはにこやかに微笑みを返した。


「……初対面で狼碧にあんなずかずかいく人、初めて見た」


 私の隣にぴたりと身を寄せて座る琳凰は身を小さくして、じとりと彼女に視線を向ける。初めてこの家に来た時と同じ顔だ。


「そんなに警戒するな。ナナさんは信用していい」

「別に、警戒なんて……」

「琳凰ちゃんはちゃんと食べてるの? いっぱい食べなきゃだめよ」


 ナナさんは料理を取り分けたお皿を琳凰の目の前に差し出し、おずおずとそれを受け取る彼に「可愛いわねえ」と柔らかく目尻を下げる。


「飲み過ぎだ、慶次(ケイジ)

「ちょっと獅央、その名前で呼ばないでよ!」

「ああ……悪い」

「慶次……?」


 思わず呟くと、ナナさんは振り返って少し寂しそうに笑った。


「あたしの名前よ。七星慶次。獅央と初めて会った時はこんな見た目じゃなかったから、最初はそうやって呼ばれてたの」

「そうだったんですね」

「ナナって呼んでほしいって頼む時結構勇気出したんだけど、獅央ったら顔色ひとつ変えずに、分かったって言ったの。理由なんか一つも聞かなかった。メイクしたり、好きな服を着るようになったりしても、獅央だけは全く態度を変えなかったの。単純に興味がなかっただけかもしれないけど、あたしは本当にそれに救われたのよ」


 ナナさんは目を細めて、懐かしむように言葉を紡いだ。


「気持ち悪いと思わないの? って聞いたらね、どうして俺がお前の好きなものに口を出さなきゃいけないんだって、心底不思議そうな顔してて笑っちゃった。たまーに本名で呼んじゃうところ以外は、本当にいい男よね」


 先日「お前以外はどうでもいい」と私に言った男のことを、ナナさんは大切に思っている。

 責めるような視線を獅央へ向けると、彼はすぐに目を逸らした。

 もし平気な顔をして彼女を切り捨てるようなことをしたら、私はきっと彼を恨むだろう。


「あー、もう帰らないと。(リン)から連絡来ちゃった。早く帰って来いって。明日早いのよねえ」


 ナナさんは携帯の画面を確認すると、肩をすくめて笑った。

 凛さんというのは、ナナさんのチームの一人だ。身長百九十三センチのスキンヘッドで、名前の響きからはまるで想像できないほど体格のいい強面な男性らしい。「名前詐欺もいいところよ」とナナさんが笑って話していたのをよく覚えている。

 もう少し、彼女とゆっくり話がしたかった。

 名残惜しさを胸に、みんなで彼女を玄関まで見送りに行く。


「みんな今日はありがとう、本当に楽しかったわ。ルナちゃんも、またね。今度二人だけで遊びに行きましょ」


 思いがけない誘いに一瞬言葉が詰まり「あ、はい。ぜひ」とぎこちなく返す。

 本当は嬉しさでいっぱいなのに、それを上手く表現できない。素直に喜びを表現できる人が、羨ましい。行きたくなさそうに見えてしまっただろうか。

 そんなことを考えているうちに、ナナさんは恭虎と共に颯爽と家を出て行った。


「ナナさん送るためにお酒飲まへんとか、やっぱ恭虎さん男前やなあ。そらモテるわ」

「それ、龍河が言うの」

「ええ、りおちん褒めてんの? まあ俺もモテるけど恭虎さんには負けるわ〜」

「うざ」


 軽口を言い合う龍河と琳凰に続いて踵を返すと、背後に立っていた獅央とふと目が合った。

 何か言いたげな表情には気づかないふりをして、その横を通り過ぎる。


「──簡単に見捨てはしない」


 低く落とされた声が背中に刺さり、思わず歩みを止めた。

 昨日の話の続きなのだろう。先ほど私が向けた責めるような視線の意味に、彼は気づいている。


「だが、お前が一番なことは変わらない」


 ──私の大切な人たちのことは、私と同じくらい大切にしてほしい。

 私のこの願いを、彼は叶えてくれない。

 視界の端で、狼碧がこちらへ振り返る。


「獅央さん、新手のプロポーズですか」

「こんな所でするわけないだろ」


 獅央は呆れたように吐き捨て、私の横を通り過ぎた。


「じゃあ、なんの話ですか」

「……知らなくていい」


 怪訝そうに眉をひそめる狼碧をよそに、彼はリビングの扉を閉めた。

 最初から分かっていた。彼は、守れる保証のない約束を──絶対にしない。

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