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六人の殺し屋  作者: 帆高
1/10

日常

「君は本当に綺麗だね」


 ホテルの一室。男のゴツゴツとした硬い手が私の腰を撫でる。


「こんなに魅力的な女性から声をかけてもらえるなんて、すごく嬉しいよ」


 男はそう言うと、私の髪を掬って口づける。 

 眼の奥がぎらついている。もう、何度も見てきた。欲望に塗れたこの眼を。

 男の手が頬に添えられ、私は甘く柔らかい笑みを浮かべた。感情のない、いつも通りの仮面。


 その刹那。


 男は勢いよくベッドに倒れ、瞬く間に白いシーツが紅く染まっていく。銃弾は男の左胸に穴を開けていた。

 硝煙と血の臭いが、部屋にゆっくりと広がる。

 見慣れた光景。嗅ぎ慣れた臭い。殺し屋の私にとって、これはごく当たり前の日常である。


****


「ルナ、おかえり」


 リビングに続く扉を開けると、恭虎(キョウゴ)がソファに座りながらコーヒーを飲んでいた。テーブルの上には分厚い本が三冊積まれている。


「ただいま。三冊も読んだのか?」

「うん、つい夢中になっちゃって。コーヒー飲む?」

「ああ、頼む」

「わかった、ちょっと待ってて」

「ありがとう」


 ダイニングチェアに座って煙草に火をつけ、キッチンカウンターで手際よく準備をする恭虎を、何気なく眺める。

 すっきりとした短髪に、フレームの細いメガネをかけていている彼には、気品がある。ちなみに普段は穏やかな性格だが、怒ると怖い。かなり怖い。

 過去に仕事で無茶をして怒られた時のことを思い出して、思わず苦笑した。


「あ、ルナちゃんやあ。おかえり〜」


 リビングの奥にある階段を下りながら、龍河(リュウガ)が柔らかく呼びかけてきた。

 肩につく金髪をハーフアップにして色気を漂わせているが、その手にはゲームのコントローラーが二台握られている。


「ただいま。今日もゲームやるのか」

「そやで〜。りおちんと一緒になあ」


 左耳のピアスがきらりと光った。


「ルナ、お疲れ様」

「ありがとう、琳凰(リオ)


 後に続いて下りてきた琳凰は大量のお菓子を抱えていて、相変わらずその腕は青白く、骨張っている。ふわふわとした白髪に少し寝癖がついているから、先ほどまで寝ていたのだろう。


「お菓子、今日は一段とすごい量だな」

「うん。新作のゲーム、朝までやるから」


 二人はリビングでこうしてよく一緒にゲームをしている。龍河は元々その類に興味はなかったが、ゲーマーの琳凰に影響され、最近はその腕に磨きがかかってきた。


「わ、 それ食べたいと思ってたやつや。期間限定のチョコミント味!」

「よかった。龍河、チョコミント好きって言ってたから、買ってきた」

「ええ〜りおちんさすがやわあ。ありがとう」


 二人は様々な種類のお菓子を次々に開封し、テーブルの上いっぱいに広げていく。


「お待たせ。熱いから気をつけて」

「ありがとう」


 優しく丁寧に置かれたカップからは、ほのかに湯気が立っていた。

 恭虎の淹れるコーヒーは格別だ。仕事終わりの体によく沁みる。


「うん、いつも通り美味しい」

「それはよかった」


 恭虎は優しく微笑むと、向かいの席に腰掛けた。シワひとつないワイシャツの胸ポケットから煙草を取り出し、火をつける。


獅央(シオウ)狼碧(ロア)はまだ帰ってないのか?」

「うん、でももう着く頃だと思う」

「そうか」


 リビングでは龍河と琳凰が、ゲームを開始していた。

 この家では、私を含めて六人の殺し屋が共同生活を送っている。報告、連絡、相談のホウレンソウが楽だという単純な理由だ。


「あ、帰ってきたかな」


 車のエンジン音がかすかに聞こえ、すぐに恭虎が反応する。

 まもなくして黒を身に纏った男二人が入ってきた。


「戻った」


 獅央の低く呟くような声に、龍河が「おかえりなさ〜い」と明るく応えると、各々も続いて「おかえり」と声をかける。

 ふと獅央と目が合い、視線が手元のカップに移された。


「恭虎。すまないが俺もコーヒーをもらえるか」

「いいよ。狼碧は?」

「すみません、俺もお願いします」

「ちょっと待っててね」

「ありがとうございます」


 狼碧は軽く頭を下げると、こちらに向かって真っ直ぐ歩いてくる。「ルナさん、お疲れ様です」と、恭虎の隣の席へ腰を下ろした。


「ああ、お疲れ」

「怪我、ありませんか」

「大丈夫だ」


 そう言うと「なら良かったです」と分かりやすく安堵の表情を浮かべる。

 獅央は私の隣に座って煙草に火をつけ、最初の煙を短く吐き出した。長い前髪をかきあげると、はらり、と切れ長の鋭い目にかかる。

 ふいにその目がこちらに向けられた。


「なんだ」


 獅央は無言で私の髪を掬う。狼碧が静かに視線を送っているのを感じた。


「早くシャワーを浴びた方がいい」


 今夜のターゲットが、無駄に甘ったるい香水を執拗に纏っていたことを思い出す。


「そうする」


 獅央はこの家の中で一番付き合いが長い。

出会ったのは私が高校生になったばかりの頃で、彼は高校二年生だった。思い返せばもう十一年ほど経っている。


「なあ、りおちん。これ二人でも楽しいけど、三人の方がええやつちゃう?」

「うん、そうかも」

「なあ、ろあ。一緒にやろうや!」

「やらねえ」


 ソファの背もたれから身を乗り出して呼びかける龍河に対して、狼碧は煙草の煙を吐き出しながら素っ気なく答える。


「なんでや」

「疲れてる」

「お菓子たくさんあるで〜」

「いらねえ」


 狼碧は気だるそうに黒いワイシャツの袖をまくり、上まできっちりと止めていた胸元のボタンを三つ外した。すると、腕や胸元の刺青が露わになる。

 美青年という言葉が似合うその容姿からは想像できないほど、彼の体には肩から手首、胸元や背中までびっしりと刺青が彫られている。

 龍河は「なあ、ろ〜あ〜」と、甘えた声でダイニングへ向かってくる。狼碧は顔をしかめて背を向けると、大きなため息をついた。


「ろあくん? お願い」

「チッ、くっつくな鬱陶しい」


 後ろから抱きつく龍河に舌打ちをすると、彼は肘を使って突き放そうとする。

 年上のメンバーには礼儀正しい彼だが、同い年の龍河には容赦がない。

 龍河が執拗に彼だけを誘うのには理由がある。それは、私を含めた他の三人がゲームが大の苦手だからだ。最初こそ付き合いはしたが、琳凰に「下手くそ」と言われて以来、コントローラーを握っていない。


「一生のお願い」

「お前のそれ何回あんだよ。煙草くらい静かに吸わせろ」

「分かった、煙草買ったる」

「はあ?」

「な、ええやろ?」

「……ワンカートンな」

「よっしゃ交渉成立や!」


「めんどくせえ」とため息をつく狼碧とは対照的に、龍河は軽い足取りでもう一台のコントローラーを取りに、二階へと上がって行った。

 それと同時に「お待たせ」と恭虎は先程と同様、優しく丁寧に獅央と狼碧の前にカップを置く。


「悪いな」

「すみません、ありがとうございます」


 食べ物にはあまり関心がない二人だが、恭虎の淹れるコーヒーは好んでよく飲んでいる。


「ろあ〜お待たせ!」

「チッ、早すぎんだろ。少しだけだからな」

「分かってる〜」


 狼碧はにこにこと上機嫌な龍河にまたため息をつくと、煙草とマグカップを持って重い腰を上げた。


****


 暖かな日差しを感じる優しい朝。

 リビングでは三人がコントローラーを握りながら、気持ちよさそうに眠っていた。起こさないよう、静かにブランケットをかける。


「ルナ、ご飯できてるよ」


 いつもより控えめに呼びかける恭虎に「ありがとう」と応えてダイニングへ向かった。


 これは六人の殺し屋の、平和で、残酷な日常の物語である。

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