6. 兄の娘
オダンさんの家に来た次の日は、エマさんの部屋でぼんやりして過ごした。
私がぼんやりしている間にエマさんは、私の家を簡単に片付けてくれていたようだ。家の中の大体の荷物を確認して、日持ちのしない食べ物を持ち帰ってくれた。
食欲はなかったけれどエマさんが作ってくれたご飯を食べて、そして眠った。
目が覚めたのは日が昇り始めた頃。
私は家を見に行った。父さんも母さんもいない家は静かで。もうここは帰る家ではないのだなと理解した。
部屋の中をよく見ると、食べ物は選り分けられ、布団は畳まれ、エマさんが片付けをしてくれていることが分かった。
私はそれを見てエマさんに申し訳なくなった。私がやらなければならないのに。
だけど何から始めたらいいのか分からない。
私が部屋の中をうろうろとしているとエマさんがやって来た。
エマさんは私をそおっと抱きしめてくれた。
私はエマさんの服をぎゅっと掴んでからエマさんを見上げた。
「エマさん、片付けを手伝って欲しいの」
「もちろん」
エマさんの優しさに甘えるしかない自分を少しだけ情けなく思ったけれど、私を労わってくれるエマさんの気持ちを感じることに安心して、私は家を片付け始めることにした。
◇
兄上が馬車の事故で亡くなった。
新聞にあった『セザール=ケラー』は、やはり兄だったのだ。兄が『アルノー』を名乗っていない可能性は考えていたし、新聞には『クロエ=ケラー』の名もあったから、兄である見込みは高いと思った。
だから確認の為に使いを出した。
だが推測が当たったところで、喜べるわけもない。
事故の概要は新聞で読んで知っていた。
しかし新聞で読んだ以上に、実際に事故を見た人から聞いた話は、大変なものであったようだ。
六台の馬車が絡む大事故。馬は暴れて走り回り、荷は崩れ。落ちた荷物は人を下敷きにし、兄上も馬に踏みつけられたのだそうだ。
私は当主になってからも兄を探し続けるべきであったと後悔した。
使いのハンスがロワンの街に着いた時には、既に兄の葬儀は終わっていた。兄上が働いていた商家が、兄上を含め事故で亡くなった勤め人たちの葬儀を上げてくれたのだとか。
商家で働いていた『セザール=ケラー』は間違いなく『セザール=アルノー』であった。だからハンスは遺品の引き取りについて確認しようとした。しかしそこでハンスは、兄に娘が一人いることを教えられた。
兄の子供。
それは当然予想していなければならないことであった。だが私の頭には兄のことしかなかった。
ハンスはその娘を連れて帰るべきか悩んだ。しかし連れ帰るとしたらアルノー子爵家で引き取ることになる。それはハンスが決められことではない。
だから商家に内密で娘の保護を頼み、指示を仰ぐ為に戻ってきた。
娘はその商家に住み込みで見習い仕事をすることになっているのだそうで、ハンスの頼みを聞き入れてくれた。
私はもちろん娘を連れて帰るようにハンスに指示を出した。
だからハンスは再びロワンの街へと急いで向かった。
ハンス「一週間掛けて出掛け、一週間掛けて戻る。そしてまた一週間馬車の中だ…」