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【完結】誰が為にシナリオはあるのか〜乙女ゲームと謀りごとの関係〜  作者:
第二章 「王立学院 ーthe game has startedー」
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16. エクトルからの招待

 エクトルの怪我から二日後ーーー

学生寮の私宛に手紙が届いた。


 手紙の主がエクトルだったことに驚いて、私は三度差出主を確認した。


 『先日の礼に、お茶に招待したい』


 予想もしていなかった招待だった。

 しかし、断る選択肢などあるはずがない。

 私は了承の返事を返して、お茶に伺うための衣装を侍女と相談した。


  **


 お茶は、寮の一角に設けられたお茶会の為の貸し部屋で供された。


 多人数向けの大部屋ではなく、少人数の為の小部屋。

 女性のみでの少人数のお茶会ならば寮の私室で行うことが多いため、私はそこに入るのが初めてで少しだけワクワクとしていた。


 エクトルの侍従が淹れてくれたお茶は美味しくて、私はゆっくりと息を吐く。

 のんびりとお茶を前に向かい合ってエクトルと座っていることがなんだか不思議で、私は少しだけ笑った。


 そんな私をどう思ったのか。

 エクトルも笑みを浮かべながらお茶を飲んでいたが、新しいお茶を用意する侍従に目を遣り、はっとしたように背筋を伸ばした。

 ついで侍従に目配せを送ると、お茶の入れ替えを終えた侍従がエクトルに何かを渡した。


 「サラ嬢。まずは改めて、先日の礼を言わせてくれ。

君のおかげで腕の怪我も軽く済んだ。動かすのに支障がないのはサラ嬢の処置のおかげだったと思っている」

 椅子から立ち上がったエクトルが、綺麗な所作で頭を下げた。

 私はそれに見惚れ掛け…、しかし頭よりも慌てた口が言葉を吐き出した。

 「い…いえ!そんな!ご無事だったのは喜ばしいことですが、私は大してお役に立ってはいません」


 確かにエクトルからのお茶の招待は、先日のお礼の為とあったけれど、まさかこんなに丁寧に頭を下げられるとは予想外だった。

 危うく立ち上がりそうになったところを踏みとどまってエクトルに座るように促すことが出来たのは、幼い頃マイヤーさんの礼儀作法の課題で同じようなシチュエーションがあったという記憶が、瞬間的に頭に浮かび上がったからだ。

 もっともその時の課題では、私の立場はお礼を言う側であったけれど。


 ただ、あの時に習ったものは、自分よりも上の立場へお礼を言う作法だったから、伯爵家の子息であるエクトルからの礼を受け取る子爵令嬢の振る舞いとして正しいのかどうかは自信がない。

 けれど、エクトルの様子から考えると少なくとも不快にはさせていないようだと、内心で私は胸を撫で下ろした。


 椅子に掛けなおしたエクトルは、私に箱を差し出した。

 「これは礼の品だ」

 「…えっ…あ、ありがとうございます」


 お礼の言葉に続いて贈り物まで出されて、私の頭はいささか鈍くなってしまった。

 ぼんやりしてしまうのは、私に向けて頭を下げるエクトルの凛々しい所作が頭に残っているせいで、深く考える余裕が生み出せないからだろうか。

 「開けても良いかしら」

 回らない頭は、だからあまり考えることもなく思ったままを声に出した。

 私の言葉にエクトルが少しだけ戸惑った。


 「開けるのは良いが…」目がきょときょとと動く。

 不思議に思って見つめていると、「えーと…クッキーなんだ。だから後で開けたほうが持ち帰りやすいかもしれない」そう続けた。

 「あら…では…」私は側の侍従に目を向けた。

 エクトルの侍従がゆるく笑みを返してくれたので、私は箱を開けることにした。

 「では、よろしければ一緒に食べましょう」

 私の言葉を予期していたような侍従に、私は開けた箱を渡す。


 エクトルが驚いた顔をして私を見て、次いで侍従に目を向けると、彼に軽く頷いてみせてから傍らに置かれたものを取り上げた。


 「サラ嬢…これは先日のハンカチだが…血が落ち切らなくてな…」そう差し出されたものに目を向けると、確かに私のハンカチがそこにあった。

 「あら。わざわざ洗ってくださったのですか?捨てていただいてよろしかったのに…」

 手間を掛けてしまったことが申し訳なくて、何の気なしに口にした言葉にエクトルが目を剥いた。

 「捨てる…いや、まさか!」

 焦るような言葉は私を少し嬉しくさせたけれど、エクトルがそんなに気にする必要はない。

 だから私は言葉を重ねた。

 「それは私が練習のために刺繍したハンカチですから、本当に気にしなくて良いのですよ」

 大切なハンカチなわけではないから安心してほしい。そう伝えたかった言葉にエクトルは動きを止めた。

 「…この刺繍は…サラ嬢が刺したのか?」

 そう言ったエクトルが刺繍を見つめる。


 え?待って。

 何でそんな、まじまじと見るの!?


 ハンカチを手にしたエクトルが刺繍に触れながら見つめるから、私は恥ずかしくなってしまった。


 だって、練習で刺しただけの刺繍だ。それをそんなに見つめないで欲しい。

 私は落ち着かない気持ちになって、いっそハンカチを隠してしまおうかと手を伸ばし掛けた。

 「このハンカチ…貰っても良いか?」

 「え?」

 私が手を伸ばす前に出たエクトルの思いがけない言葉に私は瞬いた。


 捨ててしまって問題なかったハンカチだ。

 洗う必要がそもそもなかったし、返してもらえるなんて思っていなかった。

 というか、そもそもハンカチのことなんか忘れていたと言った方が正しい。


 けれど改めて貰って良いか、などと聞かれると答えに窮してしまう。

 

 すぐに応えを返さなかった私にエクトルは不安を感じたのか、どぎまぎと言葉を継ぐ。

 「あ…いや…その…お守りに…あ、いや、怪我の戒めに…あ、怪我を忘れない為にというか」


 狼狽えたように言葉を紡ぐ姿が初めて会った時と重なって、私は思わず笑んでしまった。

 そんな私に気づいたのか気づいていないのか。


 エクトルは少し息を吸うと私を見て続けた。

 「代わりに新しいハンカチを贈りたいから…その。都合が悪くなければ次の休みに街に一緒に行かないか?」


 私が笑顔で了承の返事をしたところで、侍従が皿に盛ったクッキーを静かにテーブルへと置いた。

エクトルの侍従「エクトル様は…面食いだったんですね(てっきり綺麗系かと思っていたが、可愛い系だったなあ…)」

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