2. だし巻き卵
「いってらっしゃーい」
「行ってくるよ」
「エマさん、サラをよろしくお願いします。サラ、いい子にしているのよ」
私は仕事に出掛ける両親を見送って手を振った。
エマさんは隣のオダンさんの一人娘で両親が仕事に出掛けている間、私と一緒に過ごしてくれる。
二人で洗濯をして、掃除をして、そして料理を作るのだ。私がもっと小さい頃は一緒には出来なかったからエマさんの邪魔にならないようについてまわって、そばで見ているだけだった。でも最近は一緒に出来るようになってきた。
エマさんは文字も教えてくれたし計算も教えてくれた。私は計算が得意ですぐに出来るようになったから、エマさんは目を丸くして驚いていた。
文字だってすぐに覚えることが出来たけれど、エマさんから借りた本はすぐに読み終えてしまって、残念なことに読むものがもうない。でももうすぐ私も見習い仕事を始めることになりそう。そうしたらきっと読むものがたくさん出来るだろう。
本当は見習い仕事を始めるには私はまだ幼いらしいのだけど、もうすぐエマさんはお嫁に行ってしまって私とは一緒に過ごせなくなってしまう。私は寂しいけれど一人でも大丈夫と思っていた。だけど文字も分かるし計算も出来るのならば見習い仕事が出来るのではないかと、父さんと母さんが働く商家のご主人様が言ってくれたのだそう。ご主人様にお会いする日はまだ決まっていないけれど、きっともうすぐ決まるだろう。失敗しないように頑張らなくては。
私は部屋の掃除を終えるとエマさんを呼んだ。
エマさんは部屋を見渡すと私の頭を撫でてくれた。
「サラちゃんはもう一人で何でも出来てしまうわね」
私はエマさんに褒められたのが嬉しくて頬を押さえた。押さえないと緩んだ頬が落ちてしまうような気がしたのだ。
掃除が終わったら、今度は料理だ。
卵を前にして私は何を作ろうかと考え込む。
今日はエマさんに一人で出来ることを見せるための日。エマさんは私を見守ってくれている。
何を作ろう。だし巻き卵?それともポテトサラダにしようかなあ。
だし巻き卵は、茸を干したものを入れた水と塩を卵に加えて焼いたものだ。
ある時、茸を見ていたら、どうしてもそれを干したくなった。だからこっそりと茸を持ち出して外に干した。茸は乾いてこちこちになった。こんなの食べれるわけない。
それなのに何故だか私はこれで良し、と思ってしまったのだ。その干した茸を卵をたくさんもらった日に水に漬けた。せっかく乾かしたのに水に漬けるだなんて、私は何をやっているのだと我ながら思った。
茸は水でふやふやになったから刻んだ。そして卵に混ぜた。茸を漬けていた水と塩も加えて、フライパンに少しずつ入れて焼いた。卵液を広げて、焼けた端からくるくる巻いて、巻けたらまた卵液を広げて…。
エマさんはそれを心配そうに見守ってくれていた。
こんな怪しげな料理をする私のことをエマさんはよく止めなかったなと思ったのだけど、私があまりにも迷いなく作るから、エマさんはそういう料理があるのかと思ったのだそうだ。そういう料理があるのかはよく分からない。私は他でこれを食べたことはないから。
でも作るのに迷いはなかった。そして食べてみて、ちょっと違うけどでも懐かしい、と思った。でも母さんも初めて食べたというし、それならきっと私も初めて食べたはずだ。
私はこの料理をだし巻き卵と呼んだ。初めて食べるけど、これがだし巻き卵だと思ったのだ。
他にも時々どうしても食べたくなる味があって、食べたことがあるはずないのに作り方を知っていて、手慣れたようにそれを作っている。
母さんは料理の才能かしらね?と言ってくれる。才能なのかは分からないけれど、食べたいものが食べられたら嬉しくなるので、きっと悪いことではないのだと思う。
うん。やっぱり今日はだし巻き卵にしよう。
私は干しておいた茸を水に入れるために取り出した。
サラ「晴れた日に干しておいた茸を用意します。そしてそれを水に浸けます。えい。このまま半日くらい置くと茸が柔らかくなるの。茸を干すのは3時間くらいでいいけど、柔らかくするのはちょっと時間がかかるんだよね。で。そしたらこの茸を浸けていた水と溶き卵を混ぜて、茸は細かく切って混ぜて、塩を入れて。あ、甘くしたい時は砂糖も入れて、それで火にかけた平鍋に卵液を少し入れて、固まってきたら端っこからくるくる巻いてっと。巻いたら、卵液入れて、そして巻いて。んしょ。繰り返してっと。…えい。よし!これで出来上がりだよ」