14. 心残りの回収と幸せへの道
扉が開いた。
私はリュカにエスコートされ入場する。
聞こえてくるのは美しいピアノの音色と拍手の音だ。
その中をゆっくりと歩んで進む。
私の進む先にはエクトルが微笑んで立っていて、私はそこまで迷いなく進めば良いだけなのだ。
エクトルの前まで行くと、私の手はリュカから離れ、エクトルが私の手を取る。
二人で一緒にお辞儀をし、寄り添って一拍。
先ほどよりも大きな拍手が次の入場者へと送られる。
その拍手の奥にある美しい調べ。
私は一緒に拍手を送りながら、そっとピアノの方へと目を遣った。
私たちの入場曲を演奏してくれた本日のピアニストは、王立学院の音楽教師でもあるロイク=ノヴェール先生だ。
本来、学院の教師が外部の観衆の前で演奏する機会などない。
だから、攻略対象であるロイクも彼の素晴らしい技術を披露する機会に恵まれず、ただ一人学院でピアノを弾いていたのだ。
それをもったいなく感じたヒロインが剣術大会での演奏会でロイクが演奏する機会を作り出す。
そしてロイクのピアノに感銘を受けた貴族の支援を受け、彼は演奏活動を行えるようになるのだ。
私も一度だけロイクのピアノを聴いた事がある。
忘れ物を取りに音楽室へ行った時のことだ。
それはまさにロイクとの最初のイベントだったわけだけれど、私は彼のルートのその先に進むことはなかった。
それ自体は、良い。
今がきっと私の最善だから。
だけど、選ばなかった彼らの未来のことは少し、気に掛かったのだ。
エクトルは私の隣にいてくれる。
レオナールはフォスティーヌと婚約をして、楽しそうに議論を交わす姿を頻繁に目にする。
リュカの話を聞く限り、セルジュも穏やかに過ごせているようだ。
予想外だったのはルネと出会ったということだったけれど、それもまあきっと良い未来に繋がる予感である。
一番の気掛かりがロイクで、彼のピアノを多くの人に聴いてもらう機会が失われてしまったのだと思うとどうしても悔いる気持ちが生まれてしまっていた。
だから、私は我儘を言った。
婚約発表を卒業パーティーを模して行うならば、出来れば学院を振り返るような形に出来ないか。その為の一つとして、一度だけ聴いて感銘を受けたピアノをロイクに演奏して欲しい。と。
今日の演奏で果たしてロイクの支援者が現れるのかまでは分からない。
だけど少なくともひとつの機会を作る事が出来たのだ。
私のこの先にはもうシナリオはない。
分からない未来へ進む恐ろしさもないではないけれど、シナリオがある不自由さと、シナリオがあったからといって、シナリオの裏までは分からないのだということを私は思い知った。
パスマール侯爵にも彼のシナリオがあったのだろうし、アスカム帝国の反逆者たちにもそれぞれのシナリオがあったのだろう。
緊急議会の末に描いたであろうこの先のシナリオを私は知らない。
知らない中で、私はこの先も未来を選んでいくことになるのだろう。
だけど幸いなことに私はもう一人で悩まなくても良いのだ。
これから先には秘密にしなくてはならないことはなくて、エクトルもフォスティーヌもいてくれるから。
もう攻略対象でも悪役令嬢でもなくて、
ただの婚約者と親友だと思う事ができる。
国の状況としては心配しなくてはならない事が山積みで、
事情を知っている私たちはやらなくてはならない事がきっとたくさん出てくるのだと思う。
だからこんな風に思うのは呑気すぎるというのは分かってはいる。
それでも私は、そんなシンプルな事が、
とても嬉しくて、とても幸福だと思った。