19. デビュタントに向けて
「リュカ、今週末はサラとダンスの練習が出来るだろうね」
夕食でお養父様がリュカに尋ねた。
「いや、週末はユベールに誘われていて」
リュカが気まずそうに目を逸らした。
「ユベール=エモニエか…」
お養父様が溜息を吐いた。
「友人との付き合いを大事にするのは悪いことではないが、サラのデビュタントも近い。そろそろ二人でダンスの練習をしておきなさい」
「分かりました。出来るだけ時間を作るようにします」
リュカは私に向けて小さく謝罪するように目配せをした。
だから私は仕方ないわね、と言うように苦笑を返す。
15歳になった私はとうとうデビュタントを迎える。
貴族女子のデビュタントは14歳前後。だから私のデビュタントは少しだけ遅めではある。
養女が作法を身につけるのに時間がかかっているのでは、という声もあるようだけれど、実際のところ私のデビュタントが今年まで延びたのは、リュカとの時間が取れなかったからだ。
リュカがオードラン伯爵家で鍛錬を始めた最初の年。リュカは鍛錬についていくのに必死で、家でも熱心に鍛えていた。そうする内に仲間の子息たちとの交流も増え、リュカは徐々に彼らと馴染んでいった。
最初は同年代の男子との付き合い方が分からず戸惑っていたリュカだったけれど、一人と親しくなれば戸惑いも消え、すぐに彼らと仲良くなっていった。
家では妹を気にかけ、義姉に甘えたりするリュカである。相手は男であるので遠慮は少なくて済むし、とはいえ妹を気遣うように他人を気にかけ、また義姉に甘えるように年上を頼ることもする。自然、遊びの声を掛けられることが増えるが、付き合いが偏ると角が立つ。
付き合いに偏りが出ないように気遣いつつも、出掛ければ楽しくもあり。そうなると少なくなるのは家族と過ごす時間で…。
私のデビュタントのパートナーはリュカだ。
通常デビュタントのパートナーといえば、家族か婚約者。私たちには婚約者はいないから、パートナーはお養父様か義弟のどちらかになる。リュカは既にオードラン伯爵家の鍛錬に参加しているから貴族社会の一員と扱われる。これがまだ鍛錬にも参加できない年齢であればパートナーには出来ないけれど、リュカには既にその資格があるということ。資格はあるけれど、リュカはまだ夜会に参加したことはない。面倒な相手とファーストダンスをすることになっても困るし、また仮に失敗したとしても相手が義姉であれば大きな問題にはならない。
そんなわけで、私のデビュタントはリュカをパートナーにすることはすぐに決まったのだけれど、義姉なら失敗しても大きな問題にはならない。と言っても長女のデビュタントだ。失敗していいとお養父様だって考えているわけではない。だから家で、リュカのエスコートで歩く練習だとか、二人でのダンスの練習だとかをしっかりしようと計画していたのに、リュカがご友人方からの誘いで忙しく、練習時間がしっかり取れずに、昨年のデビュタントは見送られた。
15歳でのデビュタントが遅すぎるわけでもないし、せっかく仲間と馴染んできたリュカの交友関係を大事にしようと考えたからだ。
だ、けれども。結局それから1年経ってもリュカへの誘いは落ち着くことはなく、新たに年下からも頼られているようで、むしろ更に忙しくなってしまい。
アルノー子爵家としても他家の子息に頼られるのは悪いことではないので怒るわけにもいかず。
けれども私のデビュタントを万全にするために一年延ばしたのにリュカと合わせて準備する時間は取れず。
お養父様の溜息に繋がるというわけだ。
まあ、全くリュカと準備出来ていないわけではない。夜に少しだけダンスの練習をしたりもしているし、食事の時間はリュカがエスコートしてくれる。
時間が取れないことはリュカだって歯痒く思っているのだ。短い時間で義姉のために頑張ろうとしてくれている。
私も礼儀作法の先生と練習しているし、ダンスの練習も一年延びた分だけ積んできている。
リュカとの練習こそ十分でないかもしれないけれど、実際夜会でのダンスなんか練習したことのある相手と踊ることは稀だろう。
デビュタントだって、最初のダンスはリュカと踊るけれど、次のダンスは主催のオードラン伯爵家の方とだと聞いている。むしろそちらのダンスの方が心配だ。
だからリュカには無理せずにいてほしい。
私は、大切な義弟に笑っていて欲しいのだ。そのためには、家族に安心してもらえるくらい礼儀作法のおさらいをして、ダンスを練習しなくては。
アルノー子爵「リュカとサラ、二人での練習以前に、リュカがダンスを練習している時間が少ないことが心配だ」
ダンスの先生「確かに私が教える時間はあまり取れていませんが、鍛錬の成果か、体幹がしっかりしてきているのでダンスは安定してきています。ご心配するほどではないでしょう」
アルノー子爵「それならば良いのだが…」




