10. 新たな婚約
私が婚約を受け入れることをエクトルに伝えていた頃、
フォスティーヌとレオナールの婚約も決まっていた。
フォスティーヌはしばらく情勢を見た方がいいだろうと考えていたけれど、王太子の神殿入りが公表されてしまえば、フォスティーヌとの婚約が解消されたということも周知されてしまう。
そうなればフォスティーヌへの縁談が次々と持ち込まれるのは容易に想像でき、ーーしかもこの時期に縁談を持ち込むとしたら事情を知らない貴族たちだろうーーそしてアセルマン侯爵にはそれに関わる時間を取ることは難しい。
それでも娘の婚約ーーまして侯爵令嬢の婚約ーーを蔑ろにするわけにもいかない。
ある程度は侯爵夫人に任せるとしても最終的には決定を下すのは侯爵だ。であれば、時間を取れないなどと言っているわけにもいかない。
……のだが。
現在婚約者のいない侯爵令息が一人おり、
それまで婚約者がいなかったのは女性からのお断りが原因であり、
本人も乗り気になっていないこともあって、縁談が進むことはなかった。
けれども、フォスティーヌの婚約者を探すにあたり、
侯爵令息が第一候補になるのは当然で、
ひとまず打診をしたところどちらも否やはないと言う。
これに喜んだ一番はクーベルタン侯爵夫妻で、
息子の振る舞いに気を悪くしない令嬢がいたのかと大喜びした。
アセルマン侯爵夫妻にしても、娘の新しい婚約者が侯爵令息であれば不足はない。
そんなわけで、二人の婚約は瞬く間にまとまり、
両侯爵夫妻は厳しい話し合いが続いていた中で、安心を得ることができたようだ。
ちなみにそんな両侯爵夫妻をよそに、婚約者同士となった二人はというと、
言葉の変遷と文化の影響についてを話し合っていたのだとか。
うん。とても似合いの二人だと思う。
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そうして、元王太子の神殿入りが発表された。
一部の貴族を除き、大多数の貴族にとっては寝耳に水の事態で、大騒ぎ…らしい。
が、私とフォスティーヌ…それにアセルマン侯爵夫人とクーベルタン侯爵夫人にはそれを気にする余裕はない。
つまり、王太子の神殿入りと合わせて、フォスティーヌとレオナールの婚約も公にされた。
あとついで私とエクトルの婚約も公にしたのだけれど、それはまあ侯爵家の二人の婚約に比べれば些細なことだ。
婚約を急いで公にしたのはアルフォンスの起こした騒動の影響や、婚約相手がいないと思われたままだと都合が悪いからであり、今後改めての正式な婚約発表が必要だ。
それは絶対に必要なことであり、また出来る限り早くに行うべきことである。…が、
同時にアルフォンスが神殿長になったことで追いやられた旧神殿長の監視や、自身の婚約について承認してもらうためにアスカム帝国へ戻った第三皇子との連携、今まで重視してこなかった外交についての方針や新しい国のあり方など、急場を凌いだ状況なだけで、まだまだ決めなければならないことが山積みの議会を抱えたアセルマン侯爵やクーベルタン侯爵には時間が全く足りていない。
つまり子供の婚約を決めた後のことは夫人が進めるしかなく、
それはその通りだと思うのだけれど、どうしてか私とエクトルの婚約発表も一緒に行われることになった。
いや、どうしてか、などと言ったけれど、どうしてなのかは分かっている。
アルフォンスの婚約破棄騒動が原因だ。
つまり、あれの悪評が私たちに出ないようにするための措置であり、基本的にはレオナールとフォスティーヌの婚約発表のついでに私とエクトルの婚約も耳に入るように、的な感じなのだと思う。
なので、アルノー子爵家やソニエール伯爵家が招待すべき家にも招待状を出すことにはなるけれど、準備の中心は侯爵夫人のお二人だ。
お養母様やソニエール伯爵夫人は招待客を侯爵夫妻にお知らせして、あとは両侯爵夫人お任せ…だったはずが、私とフォスティーヌまで忙しくなっているのは私の発言が多分原因だ。
王太子の神殿入りでひと段落ついたあと、私は卒業パーティーのことを思って、つい「学院の最後の行事だったのにあんな風に終わったのは残念でしたね」と言ってしまったのだ。
それはエスコートしてくれたリュカに対して申し訳ない気持ちとか、卒業パーティーで苦しい気持ちになったエクトルのことを考えていたから出た言葉でもあった。
その言葉が侯爵夫人の心にどうやら刺さったらしく、婚約発表を卒業パーティーのやり直しのような雰囲気で行うことが決まった。
私たちの同級生たちを中心に婚約発表会に招待し、それをもって学院最後の思い出としてもらう。
これは実際のところ卒業パーティーの場にいて、あの騒動を目撃した人たちに新たな婚約を知らしめるのに有効な言い訳であったし、
またわざと卒業パーティーを模すことで準備時間が足りないことを繕うことも出来る良い方便でもあった。
そして私はそれならばと一つだけ我儘を言ってみた。
それはエクトルと話をして、そして彼のことを考えているうちに気に掛かってきたことがあったからで、
だけれど希望が叶うとは思ってはいなかった。
ダメで元々という気持ちで、侯爵家の婚約発表がメインである会には大層相応しくない提案をしてみた。
まさか通ってしまうなんて、私の方がびっくりだった。