6. 悪役令嬢と攻略対象を眺めて思う
しばらく図書室で一人本を読んでいた。
フォスティーヌとレオナールの声は聞こえるけれど、静かに議論を交わす二人の声は耳に心地が良い。
…内容が理解出来ないから耳を滑っていくことも、読書の邪魔に感じない一因かもしれない。
文字を追うのに一区切りつけ二人の姿に目を向けると、スチルで見たことのある楽しげな顔をレオナールがしていた。
フォスティーヌが私といる時よりも生き生きして見えることには少しだけ悔しい気持ちも感じないではないけれど、
だけど元王太子と婚約解消しなければこの光景はなかったのだろうなと考えたら、ふわりと心が緩んだ気がした。
なんと言ったらいいのだろうか。ようやく現実との折り合いをつけられる気分になったとでもいうべきだろうか。
前世の記憶を思い出してから、『愛の導き』の世界で生きているのだと思っていた。
だからシナリオ通りに物事が進んでいくのだと。
だけど進んでいくうちにシナリオの裏側を感じ、あれは愛を深めていく過程ではなくて、策略により起こされていることなのだと分かった。
そのままエンディングに辿り着いても、現実ではめでたしめでたしでは終わらないと理解出来たし、だから何とか抗おうとした。
そしてそれは功を奏した…と言っていいのか??
私はアルフォンス元王太子とは婚約したくなくて、卒業後もフォスティーヌと仲良く過ごしたかった。
これから先のことについては私もフォスティーヌもまだ決まっていないことばかりだから、顔を合わせられる生活になるのかは分からないけれど、それでも彼女と縁を繋げていける道は守れたはずだ。
アルフォンスとも婚約しなくて済んだ。
願いは叶ったと言えるはずなのに、シナリオの裏側に潜んでいたことのあまりの大きさを私は受け止めきれずにいたように思う。
アスカム帝国の謀反については、海の向こうのことなので、未だに実感はない。
けれど、あの時第三皇子が現れなかったとしたら、また別の展開になっていただろうと考えれば、彼こそが救世主とも言える。
もしも彼が現れていなかったとしたら、レアンドルは希望通りにパトリシアと婚約し、アスカム帝国とパジェス王国の間に諍いが起こっていたのだろうか。
それを考えると恐ろしくて。そして自分の無力さを感じる。とはいえ、国という大きなものに対して私の力が及ぶはずがないのは分かりきっていて、
私の足掻きなど何でもないことだったように思う。
今日も緊急議会は続いていて、それがこの重大な事態の中心であるのだ。
自分を捉えて逃げられなくて足掻いていたはずなのに、それは本当は自分からずっと遠くにあるとても大きなもので、私が見ていたものはその切れ端だった。
見えていたものが全てではないとは分かっていた。
だってレアンドルが怪しいと聞かされてからも動機は分からないままだったから。
けれどもこんな大きなーーアスカム帝国まで出てくるようなことが裏側、いや主軸だっただなんて。
だけどそれを知ったからといって、私がそれに対して出来ることはないし、したいとも思わない。…いや、何とかはしてもらわないと困るけれど、誰かに確実に何とかして欲しいと願うだけだ。
そういう意味では緊急議会が終わり、アスカム帝国の謀反を企てている勢力が捕縛されるまでは不安は続くかもしれない。
だけど、それは今度こそ本当に待っていることしか出来ないのだから、パスマール侯爵の企てが暴かれたことに安堵して、私は私の現実に向き合えばいい。
そう思いながらも、自分の現実って一体何だっただろうと。そんな気分だったのだ。
だけど。
楽しそうに言葉を交わしているフォスティーヌとレオナールを見て、
確かに裏に色々潜んではいたけれど、それでもスチルの通りのキャラクターだな、と実感し、
同時に、王太子ルートの悪役令嬢フォスティーヌと、攻略対象であるレオナールが親密にしているというゲームではあり得ない光景が、これが私の現実なのだと主張する。
二人の様子に嬉しさを感じて。
私はようやく。ゲームが終わったのだと実感できた気がした。