3. これからのこと
緊急議会が行われている間、私とフォスティーヌは王城のアセルマン侯爵の区画で過ごしている。
これは現状の議題は全てに於いて大至急対応しなくてはならず、必要が生じた時に遅れなく私たちから聴取する為なのだけれど、王太子の処分が決定したということは、おそらくこれ以上話をすることはないと思われる。
それはおそらく侯爵たちも分かってはいると思うけれども、それでも念のためということなのかもしれないし、必要ないかどうかを判断する余裕もないのかもしれない。
そんなわけで私とフォスティーヌは、事情を聞かれ、王太子の処分決定を聞いた後は、徐々に余裕を取り戻すことができた。
第三皇子がアスカム帝国へ使者を送ったようだ。とか、王太子ーーいや元王太子のアルフォンスの神殿入りの為に神殿長の衣装が秘密裏に作られているようだ。とか、
王城への出入りの噂からフォスティーヌと推測している。
居場所を明らかにしなくてはならないけれど、王城内であれば移動は可能だ。
もしもこの生活が長引くようならば、そのうち王城探索もしてみたいなと考える余裕すら出てきたけれど、取り敢えずは、便宜上とはいえ、侍女見習いなのだから、きちんと立ち振る舞えるように、侍女の作法を学びつつ過ごしている。
「ティーヌ様は、この先はどうしたいという希望はあるのですか?」
「そうね。殿下との婚約も解消されたし、新しい婚約者を探すことになるかしら」
「そう、ですよね…」
高位貴族で婚約者が決まっていないことは稀ではないだろうか。
伯爵家であっても学院卒業までには決まっていることが多いし、侯爵家であれば…
そう考えてから、私はあれ?と内心で首を捻る。
高位貴族は早くに婚約者を決めることが多いと聞いていたけれど、考えてみればレアンドルには婚約者はいなかった。
もちろんそれは彼がパトリシアと結婚しようと考えていたからなのだけれど、婚約者がいなかったのは彼だけではない。
もう一人ーー高位貴族であり、婚約者のいない同じ歳の彼に婚約者がいないのは、噂では本にしか興味を持たずに礼節はあっても女性に冷たい彼と一緒にいられる令嬢はおらず、顔合わせをした令嬢も耐えられずに断るのだと聞いたけれど、でもそれは…
私は、もしかしたらこれは良い縁になるのではないのだろうか。と思いついた。
「でも…もう少し様子を見たいと思ってるの」
フォスティーヌの言葉で、私は思いつきから気持ちを戻した。
確かに、婚約解消したばかりで直ぐに次を探すというのも気持ちが乗らないだろう。でも…
「ですが、それではその、みなさん婚約者が決まってしまうのではないですか?」
そうなのだ。既に良縁は難しいと思える時期のはずで、そういう意味では早くしなくてはならないというしかない。
気持ちを持ち直してから、と考えていれば、選ぶ余地すら残らなくなってしまうのだから。
「ああ、そうではないの」
「そうではない?」
私はそういう意味でもやはり彼を推してみようかと考えて、けれどもフォスティーヌの言葉が何だが思っていた感じとは違うなと気づいた。
「これから、まずはアスカム帝国と交流を持つことは確実よね」
「ええ」
「第三皇子殿下も我が国の侯爵令嬢となるパトリシア様と結婚するのだし、私もアスカム帝国の殿方と結婚してもいいと思わない?」
「え?」
「とはいえ、そうなればサラと会うのは難しくなってしまうし、実際のところ謀反が起こる国に行くのは不安な気持ちもあるわ」
「…はい」
予想外のフォスティーヌの言葉に私は上手く返事が出来なかった。
「ふふっ…そんな顔をしないでサラ。他国に嫁ぎたいというわけではないの」
眉を寄せた私にフォスティーヌは苦笑した。
「だけど、他国との交流をしないできた我が国は、変わっていくでしょうけれど、直ぐに意識を変えられる貴族は多くはないのではないかしら」
「それは…」
「革新派や中立派の貴族はともかくとして、保守派は特に」
「…」
「事情を知っていればともかく、アスカム帝国との間に諍いが起こっていたかもしれないなんて言えない以上、反発もあるでしょう」
「………ええ。そう、ですね」
フォスティーヌは「だからね」と続ける。
「事情を知らせる家がどこなのか、婚約出来る子息はいるのか、もう少し見守らないと分からないし、他国との婚姻も視野に入れるべきかなと考えているのよ」
フォスティーヌは他国に嫁いでしまったら、きっと簡単には会えなくなってしまう。
もちろん、これからは他国との交流も増えるのだろうけれど、それでも…。
だけど、もしかしたら他国の文化や風習を知ることが大好きなフォスティーヌにはその方が良いのかもしれない。
そう考えてから、いや、だからこそ彼ならば…と思考が元に戻る。
「…そういえば、レオナール様にはまだ婚約者がいなかったわね」
フォスティーヌが呟いた。
侯爵家の令息で婚約者がいないレオナールは女嫌いなのではないかと噂されている。
だけど…
私がフォスティーヌの新しい婚約者として推せるのではないかと思いついたのも、私とフォスティーヌと同じ年齢で、執行部員でもあったレオナール=クーベルタンなのだ。
攻略対象レオナールは女嫌いなわけではなくて、ただの言語オタクだ。
辞書が大好きな彼と、他国の文化が好きで他国語も詳しいフォスティーヌは仲良くなれるのではないだろうか。