18. リュカの鍛錬が始まる
サラが子爵家へやって来て1年。
アルノー子爵家にサラはすっかり馴染んでいた。
サラとリュカはアルノー子爵にそっくりで、共にいれば親子にしか見えなかった。そしてまたルネはアルノー子爵夫人にそっくりであったから、アルノー子爵が養女を迎えたと聞いていた者も、初めて一家に会えばどちらが養女なのか、本当にどちらかが養女なのかと疑問を覚えるくらいでーーだが、来たばかりの頃のサラはしばらく観察していれば、不慣れな様子を見せ、こちらが養女なのだろうと当たりをつけられていた。
けれどもサラは礼儀作法の勉強に熱心に取り組んだし、ルネとリュカがサラと離れたがらないせいで、アルノー子爵家に慣れるのも早かった。
だから、サラは1年も経てば立派な子爵家の長女で、小さな淑女になっていた。
12歳になったリュカは鍛錬が始まった。日中はオードラン伯爵家へ出掛けるようになり、サラやルネとは顔を合わせることが少なくなった。
鍛錬で素質を見込まれればオードラン伯爵家の騎士となる道や、更に研鑽を積めば侯爵家や王立騎士団に入団する可能性もないではない。…もしもリュカが長男でなければ。
アルノー子爵家の長男であり、また唯一の男児であるリュカは、アルノー子爵家の次期当主であると決まっている。だから騎士となる道はない。
けれど次期当主として自身の身を守るため、そして同年代との交流を深めるために、寄家での鍛錬は重要であった。
義姉と妹に囲まれた生活から、同じ年頃の男子の中に入っていく生活へ変化して、リュカは戸惑うことばかりであった。
妹だけだったリュカに義姉という年上の存在が現れた時、リュカははしゃいだ。
リュカにとっては、妹は守らなくてはならない存在だったが、義姉は守るべき存在でもあるけれど、甘えさせてもくれた。両親よりも近い位置で一緒にいて、妹とは違った存在である義姉が出来た時、リュカの生活は少しだけ変わった。
義姉が出来るなど大きな変化だと、その時のリュカは思っていたが、義姉と妹に囲まれた生活から、同年代の男子ばかりの中へ身を置く生活への変化は、全く違う世界に足を踏み入れたようなものだった。
伯爵家には、リュカと一緒に鍛錬を始める同い年の子息たちの他に年上の子息たちもいて、彼らはリュカにとってはまるで兄のようでもあった。
一度に友人や兄弟が出来たような状態にリュカは勝手が分からず、馴染むのに必死になった。
だから、サラやルネとの交流が少なくなってしまったのも致し方なかった。
この点、兄が面倒を見てくれたアルノー子爵には予想できなかったことかもしれない。
リュカは熱心に鍛錬をし、誘われれば友人たちと遊びに出かけるようになった。そのため、サラとルネは二人だけで過ごすことが前以上に増えた。
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「お兄様は、鍛錬ばかりで私たちとお会いしてくれなくなったわ」
ルネがしょんぼりした様子で、私の腕をぎゅっと掴んだ。
ルネの私室の長椅子に座って、私とルネはお茶を飲んでいる。
「そうねぇ」
私は口を尖らせているルネの頭を撫でてやりながら、週末も庭で鍛錬をしているリュカの様子を思い出した。
リュカとはそれまでも家中を走り回って探検したり、庭で隠れんぼしたりと体を動かして遊ぶこともあったけれど、ルネが疲れると休むようにしていたから、汗が出るまで動き回るようなことはあまりなかった。
けれどそんな調子では鍛錬は乗り越えられないのだろう。
同じ年頃の男の子が集まっているのであれば、リュカよりももっと体力がある子達もいるだろうし、ついていくためにリュカは頑張っているのだな。そう思って私は見守っていた。
「じゃあリュカのために二人で刺繍入りのハンカチを刺しましょうか」
私はルネに提案してみる。
「お兄様のために?」
ルネの膨れたほっぺをつつく。
「リュカが疲れた時にハンカチを見て元気が出るように!どうかしら?」
じっとルネを見ると、ルネは考え込んでから大きく頷いた。
「分かりました、お義姉様。お兄様が私たちを忘れないようにハンカチに刺繍をしましょう」
私たちはリュカのためのハンカチに刺繍する図案を考え始めた。
少年A「リュカは頑張るな、あの顔で」
少年B「いや、顔は関係ないだろ」
少年A「あの顔、成長したら美人になりそうだけど」
少年B「あー、俺、アルノー子爵とお会いしたことあるけどリュカそっくりだから、たぶん子爵みたいに成長するんじゃないかなあ。綺麗ではあるけど男前」
少年A「…綺麗ではあるけど男前?」




