2. 王太子の処遇
エクトルにはフォスティーヌの侍女見習いになったことと、暫くは王城に通わなくてはならず、落ち着いたら連絡する旨を手紙で知らせた。
求婚の返事を直ぐに出来ない申し訳なさは感じたけれど、実際その通りであったし、どうやらエクトルの方も暫くはバタバタすることになるらしい。
というのも、ソニエール伯爵家はサオルジャン侯爵の派閥であり、その長の子息であるレアンドルの行いの余波が懸念されたからだ。
とはいえ、まだレアンドルの罪は公表されていないし、場合によっては今後も公表されないかもしれない。
ソニエール伯爵が今回この事実を知ることが出来たのは、息子であるエクトルに付き添うことで私から事情説明を聞く機会を得たからであり、幸運なことであったけれど、それを周りに伝えるわけにはいかない。といって、確実に影響が出るだろうものを放置も出来ない。
ということで、唯一事情を知るエクトルを使い、色々な対処の準備をしているのだとか。
私はアスカム帝国第三皇子について何も事情を説明しなかったけれど、卒業パーティーで第三皇子が婚姻の許可をパジェス国王に求め、そしてレアンドルがその相手を自分の妻になるはずだと発言したことは当然卒業パーティーに出席していたソニエール伯爵も聞いている。そしてどうやらその相手とはパスマール侯爵の娘のようだというところまでは、見ていたならば推察するのは簡単だ。
だからソニエール伯爵は、第三皇子も関わっているのだろうと確信を持っており、分からないなりに準備をしなくてはならないと考えたようだ。
もちろん明かされていない以上、配慮が必要だけれど、それでもこの幸運を無駄にしないようにと動いているらしい。
それがなくともまもなく王立騎士団に入団するエクトルには、その準備もある。
それでも困ったことがあったら知らせて欲しいと手紙に書いてくれたことはとても嬉しかった。
さて、そんな手紙をエクトルと急いで取り交わしたのは、お互いに忙しい現状を早くに伝えておかなければならないと、どちらもが考えたからだったけれど、
急いで進んでいたのは、もちろん私とエクトルだけではない。
私が家族を見送ってアセルマン侯爵のタウンハウスに居を移している頃、王城ではパスマール侯爵への聞き取りが行われていた。
緊急議会ということで、五大侯爵が集まったことは、卒業パーティーに出席し、あの出来事を見ていた貴族にとっては意外でもなんでもない。
卒業パーティーに出席していない貴族は、緊急議会が行われていることを疑問に思いはしたものの、事情は明らかにされていない。
どうやら卒業パーティーで何かあったようだぞと当たりをつけられたことがせいぜいであった。
卒業パーティーに出席していた貴族たちは、帝国第三皇子とレアンドルの遣り取りも気になるところではあるが、他国のことは今のところ二の次であり、戯れだと公式発表されている王太子の婚約破棄騒動の行方を議論するのだろうなと心の内で考えていた。
けれども当事者たる私はその逆で、王太子の婚約破棄騒動の前にアスカム帝国に対しての対応が必要だろうから、私とフォスティーヌの聞き取りはまだ先のことだろうと考えていた。
けれども実際には卒業パーティーの多くの参加者たちが予想したように王太子の処遇が真っ先に議論される事になった。
私とフォスティーヌは、直ぐに議会に呼ばれる事になり、私は王太子との出会いから覚えている限りの話をする事になった。
一番困ったのは、王太子からの好意を感じたのはいつ頃からかと聞かれたことで、まさかシナリオを思い出してとも言えない。
だから王太子から「卒業までは近くにいたい」と告げられて、思い返してみればもしかして…と言い繕う事になり、冷や汗をかくことになったけれど。多分、この場に緊張していると思われたようなのは幸いだった?と思う。
そんな聞き取りを終え、ぐったりとフォスティーヌとアセルマン侯爵家へ帰り、翌日には王太子が神殿に入ることが決まった。
ただし公式に発表されるのは、神殿に入り正式に神殿長に就任した後になるのだそうで、まだ口外は出来ない。
王太子は常々民のために出来ることは何かと考えており、自分がすべきことは一生を神に捧げて祈ることではないかと悩んでいたのだそうだ。
学院の卒業を迎え、これから婚約者との結婚に向けて準備をしなくてはならないと考えた時、神に生涯を捧げなくても本当に良いのかと改めて考え、そしてやはり神に生涯を捧げようと決意した。
そうなると婚約は解消しなければならない。そう焦った王太子が混乱の中起こしたことがあの騒動だそうで、公式には婚約の解消を申し入れた。のだそう。
そして彼の親友であるレアンドルも共に神殿に入る。
*
この決定を私は意外な気持ちで受け止めていた。
王太子が悪くなかった、とは言わない。
だけど、彼は王太子であるのだし、てっきり説得して最終的にはフォスティーヌと結婚する事になるのではないかと考えていたのだ。
第二王子がいるとは言え、王太子を廃嫡するという決定がこれほど直ぐに決まってしまった事にも戸惑いを覚えた。
レアンドルはともかくとして、王太子自身の罪はこれほど大きかっただろうか。
とはいえ、予想外ではあったものの決定に不服があるわけではない。
けれども、これでフォスティーヌは本当に婚約者がいなくなってしまう事になるのは少しばかり憤りがある。
本当にこれで良かったのだろうか。そう心配したけれど、フォスティーヌは少しも落ち込んではいなかった。
流石に王太子が直ぐに神殿に入ると決まった事には驚いていたけれど、以前私に話したことがあったように、他国についての勉強する環境を求めて王太子との婚約を決めただけで、既に王太子妃教育も終わり、やりたいことはやりきっている。
むしろ対価であったはずの王太子との婚約がなくなって、自分の希望だけを叶えたということに満足すらしている様に見えないこともなく。私はなんとも言い難い気持ちになった。
でもまあ、フォスティーヌが悲しんでいないのなら一先ず良いと思おう。
もろもろが決定するまでーーつまり緊急議会が終わるまでは、王城への日参が求められてはいるものの、おそらく私の聞き取りはこれ以上ないのではないかと、私は肩の荷を下ろした気分になった。
◇
王太子の神殿入りが速やかに決まったのは当然のことながら理由があった。
パスマール侯爵の聞き取りで明らかになったのは、アスカム帝国と小競り合い程度ーーと侯爵は考えていたーーの諍いを起こすための資金源が神殿だということだ。
神殿では近年各所に神官を派遣して寄付金を集め、耳目を集める事に注力している。
これはアスカム帝国との争いで怯える民を慰め、神殿の権威を高めるとともに、神殿長の議会入りをも狙っていたのだとパスマール侯爵が話した為、国王は神殿入りを希望した王太子の願いを叶えると決断した。
王族が神殿に入るとなれば、最高の地位につくのは当然である。
そして神殿長を挿げ替えれば、この企みは潰える。
もちろんアスカム帝国側が対処することで争い自体は回避される見込みであるけれど、そのような企みの一端である神殿を放置することは出来ないし、しかしながら事情を明らかにしないまま近年の神官の活動から注目が集まっている神殿に大きな横槍を入れる事は難しい。
それが王太子の願いを叶えることで解決する事になるのだから、国王の決断を議会も支持した。
そんな事情までは、私のもとに届くことはなかったけれど、王太子廃嫡の手続きは粛々と進められた。