1. 戸惑う気持ち
卒業パーティーの翌日は、今年学院に入学するルネの入寮の手伝いをし、リュカも寮へと戻った。
明日には、お養父様とお養母様も家へお帰りになるのは寂しいけれど、これは最初から予定していたことだ。
とはいえ、あんなことがあった直後だから、お養父様は滞在を延ばすべきか悩んでいたけれど、予定を変えてしまえば事情を話すことが出来ないというのにお養母様におかしく思われてしまうかもしれない。
念の為、王城へ私一人を残して帰ることが問題にならないかを確認したところ、止められなかった為に、予定通りに行動することに決めたようだ。
付け加えるならば、アセルマン侯爵から私をフォスティーヌの侍女見習いにしたいと申し入れがあった。
というのも、王城では急遽緊急案件に関する議会が開かれ、私も再度事情を詳しく話す為に王城へと向かわなければならない。
学院では一応、王城における礼儀作法も勉強しているとはいえ、やはりきちんと振る舞えるか不安はある。
もっとも既に国王や侯爵たちと同席したこともあるのに今更といえば今更ではあるし、事情聴取のようなものであるのだから礼儀に目くじらを立てられるようなこともないだろうけれど、それでも不安にならないはずがない。
それを心配してくれたのかもしれないし、王太子が婚約などと口にしたことは戯れであるから触れ回らないようにと暫定的な公式発表をしてはいるものの、少しでも私が王城へ行くことが目立たないようにするための配慮なのかもしれないけれど、とにかく。
暫くの間、侍女見習いとして、アセルマン侯爵家で礼儀作法などを学びながら、フォスティーヌが王城に向かうのに同行することになった。
それに伴い、私は当初滞在する予定でいた所からアセルマン侯爵のタウンハウスへと移る事になり、それならば、とお養父様は、家へと予定通りに帰ることを決めたのだ。
急に降って湧いた侍女見習いの話に、事情を知らないお養母様は、少し驚いた様子ではいたけれど、先の決まっていなかった私の有難い話だと、喜んでくれた。
それは良いのだけれど「それから、」と、お養母様に問い掛けられたことで私は固まってしまった。
「サラには殿方からの申し入れはなかったのかしら?」
昨日疲れ果てて眠りについた私は、目が覚めてから入学を前にした義妹を愛でて世話を焼く事に熱中していた。
癒されたかったからだ。
そして、多少の心の余裕を作ったのちには義弟が落ち込んでいないかと気を配った。
それで私のなけなしの気力は使い切っていたので、すっかり忘れていたーーーというわけでは流石にないけれど、昨日のエクトルからの求婚は棚の上にポイっと乗せたままにしていたのだ。
卒業することでゲームのエンディングを過ぎた今、私はもうシナリオを気にしないでいいはずだ。
もちろんまだ策略の解決していないし、今後私も事情を聞かれる予定がある。
けれどもそうはいっても実際に対処するのは国王や侯爵たちで、私が出来ることはない。
つまり、心配ではあるけれど、私の手からは離れたことなのだから、私は私のこの先を新しく選択しなくてはならないし、選択して良いのだ。
だとしたら、私に求婚してくれたエクトルの手を取ればいい。
…と思うのだけれど。
私がお養母様の問い掛けに、言葉を返そうと口を開け。けれども言葉も選びきれずにまた口を閉じてしまったのを見て、お養父様が言葉を掛けてくれた。
「サラはエクトル様との婚姻は気が進まないのかい?」
私は慌てて首を横に振った。
エクトル様が求婚してくれたことは嬉しい。
嬉しい…けれど。なんだろう。ふわふわしていて。夢だったような?
ゲームのシナリオとは違っていて、だけど、それが現実に起こっていて。
これが現実だとは理解している。と思う。
でも、なんというのか、シナリオよりも余程受け入れ難い策略の話は、受け止めるには大き過ぎて、まだ自分の現実がどれなのか実感しきれていない。
「…それじゃあ急な求婚に驚いているのかな。その、色々、こう、びっくりしたのだろうし」
「そう、なのかもしれません…。なんだか、実感がなくて」
私の言葉にお養父様は頷いてくれた。
多分お養父様は、私があんなことがあった為に気持ちが落ち着いていないだろうと考えたのだと思う。
確かに言ってしまえばそういうことなのかもしれない。
なんと言ったものかと口篭ってしまった私にお養父様は優しく言葉をくれた。
「侍女見習いもあるのだし、落ち着いてからお返事したらいい。
エクトル様の求婚を受けるのであれ、断るのであれ、サラの望む通りにしていいから」
「良いのですか?」
「ああ、もちろん。
もしもお断りするのならば、その時は別の縁談の話もないではないしな。
ただ…」
お養父様が考えるように言葉を止めた。
「エクトル様は…少し話をしたけれど、サラを…とても想っているんだなと…感じたよ」
どうやら控え室でのことを口にしないで、どう私に伝えたものかと苦慮したようだったけれど、つまりは、控え室で待つ間に、エクトルは私に婚姻を申し入れたいということを話していたのだろう。
考えてみれば昨日、エクトルが求婚した時に、私以外には誰も驚いていなかったように思う。
控え室で私を待っている間は、私がもしかしたら王太子と婚約するという事態になっていたかも分からなかったというのに、よくぞそんなことを話したものだ。
私は昨日の控え室の様子を想像して、少しだけ嬉しくなった。
そして、私に返事を委ねてくれるお養父様の配慮にも。
「分かりました。落ち着いたらきちんと考えてお返事いたします」
お養父様はそう言った私に、微笑みながら頷いてくれた。




