62. エクトルからの言葉
王太子の婚約破棄の騒動に関する説明を終え、お養父様とリュカも安堵出来た様子だ。
もしかしたらそのうちまた、リュカが今回のエスコートも失敗だったと思ってしまうかもしれないから、その時は言葉を尽くして慰めないと。そんなことを考えながら私は義弟に目を遣った。
大変な状況については国王たちがこれから検討するのだろうし、第三皇子のもたらした情報によって争いも回避出来るようだ。
それでもまだ不安を感じる状況なのだろうけれど、私にはあまりにも大きな話すぎて実感が持てていない。
もしかしたら実感は明日以降にやってくるのかもしれない。
今は、疲れてしまって、ただただ休みたいとしか考えられず、それが危機感が持てない理由なのではないだろうか。
私がそろそろ帰りを促そうとした時、私の前にエクトルが歩み寄り跪いた。
「エクトル様?」
もうやるべきことは終わったと少しぼんやりしていた私は、エクトルの真剣な顔を見て、瞬いた。
「サラ、本当は日を改めるべきかもしれないが、もう二度と後悔したくないんだ。
だから、一言だけ君に告げることを許してくれるか?」
「え?はい…」
エクトルの改まった申し出に対して、私の許可はただただ惰性だった。
一つ息をしたエクトルが私を見上げた。
「サラ、俺と結婚して欲しい」
「………え?」
結婚?結婚?えーと、結婚というのは先ほどまで回避に奔走したやつ…は、婚約…?ん?
エクトルの言葉が嬉しくなかったわけでは決してない…と思う。ただ思考が全く追いつかなかったのだ。
王太子との婚約を避けるために、エクトルとの婚約を一度は考えたし、…そうじゃなくても考えたこともあった。
けれど、結局それも叶わずに、婚約破棄イベントは始まってしまった。
そうしてそれをなんとかやり過ごそうとしていたら、なぜだかアスカム帝国の皇子が現れて、
関係あるのかないのか。…いや、ないわけではない、のは分かっているけれど、
あると言うには関係が遠いような気がしてならない謀反とか国の争いとかの策略を聞かされ、
大事件だったはずの出来事が些細…ではないだろうけれど、適当にいなしておこう程度の扱いになって。あ、いや、そう思ったのは私から見てであって、流石に適当にいなせるわけではないだろうけど。
うん、つまりとにかく、関係者だっただろうかと首を捻る立場で、限りなく傍観者めいていただけなのに。それなのに私はへとへとになってしまっているのだ。つまりもう休みたい。何も考えたくない。というか頭が回らない。
回らない頭はエクトルの姿を、単純に、本当に単純に、かっこいいなーと思っていた。
それが既にやるべきことを終えたと思ってしまい、休眠状態に入った私の頭の限界だったのだ。
だから、私はただエクトルを見つめたままで、言葉を返せないでいた。
しばらく沈黙が続いた。
「ふむ。返事はまた今度で良いのだろう?」
ソニエール伯爵が口を開いた。
「も、もちろんだ!少しでも早く気持ちを伝えておきたかっただけなんだ。
サラもしばらくこちらに残ると聞いている。その…また、連絡してもいいだろうか」
「はい…」
了承の言葉が滑るように口から出て本当に良かった。
私は、現状把握を翌日に回して、ただもう今日は休もうとだけ考えた。