57. 婚約の話だったはずでは?
「パスマール侯爵がアスカム帝国で爵位を?」
第三皇子の言葉にパスマール侯爵は顔を青くし、アセルマン侯爵は冷静に問い返した。
アスカム帝国で爵位を得られるならば良いことのように思えるけれど…。
私はパスマール侯爵の反応に疑問を抱いたが、同時に第三皇子がそれを困ると言っているということは結局爵位は得られないということだろうか。
…としても、おかしな反応であることには変わりない。
「ふむ、調べているのはアセルマン侯爵のようだね。どこまで掴んだ?」
「…さて」
「ふーん、まあいい。…続きを話そうか」
第三皇子とアセルマン侯爵の遣り取りにパスマール侯爵が口を開いた。
「お待ちください!誤解があるようです。私がアスカム帝国で爵位を得るなどあるはずがない」
第三皇子はその言葉に首を傾げる。
「…伯爵家はそう取り計らうように画策しているよ。もしかして知らなかった?」
「は…?」
「へぇ。Maybe he really don’t know.(本当に知らないのかもしれないな)
伯爵家は兄上たちを排除したあと、私を次期皇帝にするつもりだ。そして娘が妃となれば、その父親に爵位があった方がいいと推すつもりだろう。そうなった場合、パスマール侯爵の功績も根拠の一つになるだろう。…けど、まあ、そうはならない」
「パスマール侯爵の功績、ですか」
「そう、そうなった時は功績となるんだろうね」
問い返しつつもアセルマン侯爵は答えを知っているかのような顔をしている。
心当たりがあるのか、それとも第三皇子を前にした仮面であるのか分からないけれど、第三皇子はそんな反応もあまり気にしてはいないようだ。
「伯爵家は少し欲をかいているだけだから瑣末なことだけど、彼らがパスマール侯爵の足場に利用しようとしていた家に問題があった」
第三皇子がちらりと目を向けると、パスマール侯爵が小さく息を呑んだ。
「…帝室に反旗を翻そうとしている勢力がある。最後に帝国に取り込まれた地域の中で、独立を目指している勢力があったのだが、そこから派生した一派で、独立よりも帝室を倒してしまおうと考える集団がいる」
「は?」
パスマール侯爵が声を漏らしたけれど、私も何の話が始まったのかと問いたい。
第三皇子とパトリシアの婚約の話だったはずなのに、なぜ謀反の話になっているのだろう。
「つまりパトリシアの母方の伯爵家は帝室を倒すつもりの勢力と組んでいる。ただし、伯爵家は最後に裏切るつもりだ。伯爵家の狙いは私を次の皇帝にして、皇帝の姻戚になることだからね」
「…まさか」
「ふむ。どうやら侯爵は本当に知らないようだな」
「当然ではないですか!そんなこと…いや、しかし、それは誤解では…」
第三皇子の言葉通り、私の目にもパスマール侯爵は知らなかったように思える。
「I suppose I am the reason the Countess is planning such a thing. Had I not chosen Patricia, I would not have been so greedy.(伯爵家がそのようなことを企てているのは私が原因だろうな。私がパトリシアを選ばなければそんな欲はかかなかっただろう)」
第三皇子の呟きにパトリシアが彼の目を覗き込む。第三皇子は少しだけ口の端を上げると頷いた。
「It’s all right(大丈夫だ)」
「パスマール侯爵と彼らの企ては、思惑が枝分かれしていて上手くいかないだろう」
第三皇子が静かにそう告げると、パスマール侯爵が視線を返した。
「既にご存知だと?」
「そうだね。…どうする?自分で話したいかい?」
「いえ…」
「ふぅ。そうか、じゃあ仕方ない、続きだ。
そう。それで伯爵家と組んだのは帝室を倒したい一部勢力だけれど、元の組織は独立を目指している。その組織と組んでいるのがパスマール侯爵というわけ。
組織の先導でパジェス王国と帝国の間で争いを起こす。その隙に独立してしまうという作戦だね」
「え?」
思わず声が出てしまい。私は慌てて自分の口に手を当てた。
しかし周囲の様子を確認した私は、どうやら咎められたりはしないようだ。
王太子もフォスティーヌもレアンドルも驚きの表情をしている。
国王とサオルジャン侯爵も、私たちほどではないにしても目を見張っている。
パスマール侯爵は神妙な表情で、そしてアセルマン侯爵と第三皇子は冷静な顔だ。
いや、アセルマン侯爵は少し驚いているようにも見えるけれど、それは私が驚かないはずがないと思いたいが故かもしれない。
パジェス王国とアスカム帝国の間で争いを起こす?
婚約についての話し合いで連れてこられたはずの部屋で、なぜこんな話になっているのかが理解できず。私は混乱に上限はないのだということを知った。




