46. 秘密のお茶会
ステファニーを介して、アンリオ伯爵令嬢に開催してもらったお茶会には、
ステファニーとフォスティーヌ、そしてセリアが招待されていた。
「面倒を掛けてしまったわね」
フォスティーヌから労いの言葉を掛けられたアンリオ伯爵令嬢は、にっこりと笑うと三人を残して退出した。
まだ事情を話してもいないのに不可解であろう頼み事を不審な顔もしないで聞いてくれたアンリオ伯爵令嬢にフォスティーヌは心の中で深く感謝し、そしていよいよだと気を引き締めた。
招待主が退出してしまったことにセリアは一瞬不思議そうな顔をしたものの、それよりもフォスティーヌと一緒の席にいられることが嬉しいようで、うっとりとした眼差しをフォスティーヌに向けていた。
「さて、フォール子爵令嬢、不躾で申し訳ないけれど、伺いたいことがあるの」
本来であれば、場を和ますためにも、挨拶を交わした後に、近況などいくつか話題を振るべきではあるけれど、招待主に席を外させての会談で時間を掛けるわけにもいかない。
フォスティーヌは、前置きなく用件を話す無作法を二人に詫びた。
「フォール子爵令嬢に伺いたいのは、先日の…あなたがサラにお茶を掛けた時のことです」
そうフォスティーヌが切り出すと、セリアはふわっと笑みを浮かべてから、ちらりとステファニーに目を向けた。
視線を受けたステファニーは、フォスティーヌに視線を送る。それにフォスティーヌは頷きを返すと、セリアに話しをするように促した。
「私、上手く出来ましたでしょう?…あ…いえ、その殿下があまりに早くいらしたから少し間に合わなかったかも知れませんけれど、…でもすぐに彼女を追い出せましたでしょう?」
ステファニーを警戒した様子だったセリアは、フォスティーヌに確認の視線を送ると、安心したように口を開いた。
「私は何も頼んではいないわ」
そうフォスティーヌが言葉にしたのは、お互いの齟齬を確認することで事情を明らかにしようと考えてのことであったけれど、その言葉を聞いたセリアは取り乱した。
「そんなはずは!…私にお手紙を下さったではないですか!私、今でも肌身離さずお手紙を身につけて…っ!」
「え?」
セリアが溢した言葉に、ステファニーとフォスティーヌは顔を見合わせた。
「フォール子爵令嬢?手紙は燃やしたのではなかったの?」
「…っ」
唇を噛み締めて俯くセリアにフォスティーヌは精一杯の優しい口調を意識して言葉を掛ける。
「怒っているわけではないのよ。良かったら手紙を見せてもらえるかしら?」
「その…私…、お手紙を頂けたことが嬉しくて…その…宝物を燃やすことが出来なくて…ごめんなさい…お手紙のことは誰にも話していません。ただ…持っていたかっただけで…」
そろりと視線を上げて、懇願するようにフォスティーヌに向けられた言葉に、フォスティーヌだけでなくステファニーも息を止める。
「フォール子爵令嬢、今も手紙を持っているなら見せてもらえないかしら」
フォスティーヌの言葉にセリアは怯えた顔をしたものの、レティキュールから手紙を取り出してフォスティーヌに手渡した。
手紙には、お茶会の途中でステファニーとフォスティーヌが席を外すから、その時にサラへお茶を掛けるようにという指示と、そして読んだら手紙を燃やすようにと書かれ、そしてフォスティーヌの署名が入っていた。
署名は確かにフォスティーヌの字に似てはいたが、自分の文字ではないことは確かである。
自分の予想に証拠が伴ってしまったことに、フォスティーヌはしかし喜ぶことは出来なかった。
「レアンドル様があなたと話をしたと思いますが…」
「ええ、サオルジャン様は私を労ってくださいました」
戸惑いながらもそう言ったセリアに、フォスティーヌはその時の話を聞かせて欲しいと頼む。
「え…と、フォスティーヌ様はお喜びになるだろうから、労いの言葉がもらえるまではこのことは口外しないようにとおっしゃって。あの、でも、手紙を処分したと嘘をついてしまいました…本当に申し訳ありません。ですけれど、誰にも見せていませんし、その…どうしても持っていたくて」
縋るようなセリアの様子を見ているうちに、フォスティーヌはもしかしたらセリアも手紙の真偽を疑っていたのかもしれないと思った。
だから証拠を手元に残したのだろうか。と考えたけれど、それにしては彼女の切実そうな眼差しには自分は騙されたのだという被害者めいたものがない。
むしろ自分が行ったことは正しいことで、やり遂げたことを認めて欲しいという様子に見えてしまうことにフォスティーヌは眉を寄せた。
「あなたは…本当にフォスティーヌ様のことがお好きなのね」
そう呟いたステファニーの言葉に、セリアがぱっと顔を上げた。
「ええ!私、フォスティーヌ様の為ならば何でもいたします!殿下の隣が似合うのはフォスティーヌ様以外におられませんもの」
「では、この手紙はフォスティーヌ様にお預けになるのが良いでしょう」
続けられたステファニーの言葉にセリアは息を呑んでフォスティーヌを見る。
手紙を持っていたいのだという気持ちが伝わって、フォスティーヌは一瞬息を詰めた。
「フォスティーヌ様、彼女に何か代わりのメッセージを贈っては?」
ステファニーにそう言われ、フォスティーヌは頷いた。
「そうね。…後で代わりになるメッセージを書いて贈りましょう。ですから、このお手紙を預かっていいかしら?」
「はい。もちろんです!」
嬉しそうに笑ったセリアにフォスティーヌも笑顔を向けた。
セリアの話を聞いて、そして手紙を見ることが出来て、フォスティーヌの疑いは確実なものとなった。
やはりこれはレアンドルの企みなのだ。
彼が考えて行ったことなのかはまだ分からないけれど、関わっていることだけは確かである。
動機は少しも分からないけれど、物証が手に入った今、これは父の耳にも入れるべきことだとフォスティーヌは確信した。
「よろしければ後のことは私に任せてください」
そうステファニーが言ってくれたのは、明日の卒業パーティーで王族と侯爵家の当主が揃うことを踏まえ、早くアセルマン侯爵の耳に入れた方がいい話だと判断したからだろう。
「ステファニー、まだ他言無用で、お二人にどこまで事情をお知らせするかは任せます」
そうフォスティーヌが言ったのは、ステファニーにはレアンドルへの疑惑を伝えてはいなかったけれど、セリアの話である程度は彼女にも予測が立ったものと考えてのことで。
そして何よりもステファニーのいう通り、急がなくてはならないことであったからだ。
それでもフォスティーヌは家に戻る前にセリアにメッセージを書いて贈った。
『私の疑惑を晴らしてくれたあなたへ、またお会いいたしましょう』