42. 冬の休みのお茶会
アルノー子爵家へ帰って来た私は、ルネの付き添いでいくつかのお茶会に顔を出したり、卒業パーティーに向けてリュカとダンスの練習をしたりして過ごしていた。
本当はこんなことをしている場合ではないのに、
そう思ってつい溜息を吐いた私に、リズが声を掛けた。
「サラ?疲れているの?」
「え?あ…ごめんなさい。大丈夫、ちょっと考え事をしていて…。えっと、リズは伯爵家の侍女になることに決まったのよね」
二年生になってからは予定を合わせられずに、三人一緒になることはなかなかなかったから、今日は久々のリズとソニアとのお茶会だというのに、うまく行かない現状に私はつい気を逸らせてしまっていた。
「ええ。これであちらにずっといられるわ」
私に心配そうな視線を向けながらも、リズは嬉しそうに笑った。
大好きな神官であるリュミエール様のお話をこの先も聞き続けたいと願っていたリズは、神官のお話仲間である伯爵夫人の紹介で、タウンハウスに常駐する侍女の職を得た。
リズはしっかりと両親も説得出来たらしく、卒業後の生活を楽しみにしているようだ。
「最近は神官をタウンハウスに招くのはちょっとしたステータスみたいになってるものね」
「そうなの?」
ソニアがそんな風に言ったのは、きっと彼女もリズが神官目当てで侍女になったことを分かっているからだろう。
「ええ、私の知り合いの画家も最近、神官の絵を描くためにタウンハウスに招かれることが多くてね」
「知り合いの画家…」
ソニアの知り合いの画家、というのに心当たりがある私は、それには触れないようにと話を変えることにした。
「えーと、ソニアは縁談があると言っていたけれど、どうなったの?」
「あら?そうなの?お家の関係?」
私の言葉にリズも興味を持ってくれたことにほっとして、私たちはソニアに目を向ける。
「家の関係…ではない?かしら?」
「…?あら?じゃあ自分で探したお相手なの?」
言葉に迷うようなソニアに、リズが不思議そうに問い返す。
「えっと…」ソニアは考えるように一拍置いてから、つまり、と続けた。
「私がよく行く画廊でお会いする方のご子息の…」
「やっぱりあちらで知り合った縁で…」
学院での縁ではなくて、街で縁を拾ったということか、と得心し掛けた私の言葉は続いたソニアの言葉で迷子になった。
「…そのご友人が懇意にされている商家に出資されている子爵家からお父様に話があったみたいで」
「え?え?え?」
「つまり、お父様とその子爵家の商談があって、商家を訪れる機会があって、その時にそのご友人と縁が出来たらしくて、」
ものすごく遠い縁のように思えるけれど、なんというか、たまたまソニアとソニアのお父様の両方から繋がる縁から、縁談の話が湧き出したようで、確かにこれはソニアが見つけたというのか、家の関係というのか難しいところだ。
「サラはどうなの?縁談はあるの?」
ソニアはそれ以上話せることは今はないからと、私に話を振る。
けれど…。
「ないわね。ルネの付き添いでお茶会は顔を出しているけれど、夜会も行っていないし」
家に帰る馬車で、私は結局エクトルと何の進展もないままに冬の休みに入ってしまったことに項垂れていた。
けれども、項垂れていても未来は変わらない。
エクトルと婚約しようと決意した気持ちは、軽いものではなかったから、気持ちを切り替えることは少し大変だった。
正直言うと切り替えきれているとは言えなくて、エクトルと婚約したいという気持ちが後ろ髪をぐいぐいと引っ張る。
だけど、婚約者を作ることができずに卒業パーティーを迎えるわけにはいかないという事実が私を奮い立たせた。
授業が休みの間、学院には戻らないようにとフォスティーヌは言含められた。
それにはフォスティーヌが変に疑いを掛けられないようにという意味で私も賛成だから、期末試験の直前まで学院には戻らない。
となると、もう休みの間に婚約者を見つけるしかないわけで、コンスタンとの噂が消えた今、地元で相手を見つけることも出来ないことではないはずだ。
成功率を上げるためにも利がある家である必要がある。
そう考えをまとめ、私は馬車で義弟に、どんな家がアルノー子爵家に利を感じるだろうかと聞いてみた。
訝しい顔をしながらも嫡男として家の勉強もしているリュカは、教えてくれたけれど…。
家に帰ってから、お養父様に、休みの間は義妹に付き添ってお茶会に参加して欲しいからと、この休みの間は夜会には行かなくてもいいだろうと言われてしまった。
昨年デビュタントを終えたばかりで心配だから、とお養父様は言っていたけれど、私がリュカにした質問が原因で心配を掛けてしまったのではないかと思うのだ。
そうでなければお茶会に行くからといって、夜会の参加をやんわりとだけれど止められるはずがないと思う。
そんなに早く婚約しなくても問題ないようなことも口にしていたから、私が家の利の為に婚約しようと無理をしていると勘違いしてしまったのではないだろうか。
もっと上手く取り繕えれば良かったのに、後がないと焦ってしまっていたのだという後悔は、もはや取り戻すことが出来ない。
こうなってしまえば、あとはもう、不敬は承知として王太子を止める算段をするか、それともフォスティーヌに上手く伝えるか、だけれど…。
諦めない。と決めたのに、心が折れそうになるのは、この行き止まりの道に行き当たってばかりのような気持ちを味わうことが初めてではないからだ。
無邪気に信じていた自分の将来は両親の事故死で行き止まり、
商家への恩返しを誓った気持ちは、子爵家へ養子入りしたことで行き止まった。
エクトルとの未来はこのシナリオにはないのだと分かりつつも、彼との婚約を目指そうという決意は、結局行動することが出来ずに行き止まり、
地元で縁を求めたくても探しに出ることすら出来ずに止まってしまった。
私が行こうとした先はいつも行き止まりだ。
それならもう流されるままでいるしかないのではないだろうか。
諦めてしまいそうな気持ちを立て直さなければと思う気持ちはまだ残っていて、
だからその気持ちを無くさないようにと頑張ることだけが、私が今出来る精一杯だった。