41. 王太子妃の資質
授業が休みに入り、王太子は寂しさと共に、安堵も感じていた。
「面倒を掛けてしまったなレアンドル」
王太子が気遣わしげな視線を傍に向けるとレアンドルは薄く微笑んで応えた。
「いいえ、むしろあまりお力にはなれなかったと思っています」
「そんなことはない。お前が止めてくれたからこそフォスティーヌはあれ以上のことをしなかったのだろう」
「ですが、…殿下もアルノー子爵令嬢とお過ごしになられたかったのでは…」
じっと様子を窺うような視線に気づくことなく王太子は寂しさを湛えた瞳を伏せた。
「仕方がない。私とサラが会わなければ、フォスティーヌはサラへ危害を加えないと言ったのだろう」
「はい…いえ…、そう、受け取れる言葉であったというだけで、そうはっきりとは…」
口籠るレアンドルに苦笑を返し、王太子はレアンドルに感謝を告げる。
「いや、お前の判断が正しかったからこそ、サラは無事であるのだ。…確かに…会いたいとは思うが…」
感謝の言葉の後に、囁くように言葉を溢した王太子を見て、レアンドルは思い出すように目を眇める。
「アルノー子爵令嬢は、殿下が贈ったブローチがとてもお似合いでしたね。…角の石が殿下の瞳を思わせて、きっと殿下に守ってもらっているような心地で安心出来たことでしょう」
「そう…思うか?」
瞬間、唇が上がったのを抑えるように引き締めた王太子を見て、レアンドルは心の内でそっと笑んだ。
王太子がサラへ贈ったブローチは、サラの卒業パーティーのエスコートが義弟であることを伝え聞いた王太子が、サラが婚約していなかったのだと気づいた勢いで作ってしまったものなのだけれど、渡すことを躊躇していた彼に、彼女の慰めになるのではないかと贈ることを勧めたのはレアンドルであった。
「…殿下の婚約者がアルノー子爵令嬢であったなら、などとつい思ってしまいまし…っいえ、申し訳ありません、つい、…その、口が滑りました…」
そろりと言葉を吐き出して、慌てたように回収しようとしたレアンドルに、王太子が驚いたような視線を向ける。
「サラを…婚約者に?」
「いえ!…その、フォスティーヌ嬢のなさりようについ…、それに、彼女ほど優秀であれば、王太子妃教育も問題ないと思ってしまいまして…いえ、失言です」
瞳を伏せたレアンドルを王太子は驚きのまま見つめた。
「…考えたこともなかった」
ポロリと言葉を溢したきり、ぼんやりとした表情になった王太子に、レアンドルは気まずげに声を掛ける。
「もっともなことです。彼女は殿下の婚約者として皆に平等に接するべき存在です。それは彼女が心がけるべきことで、殿下がお考えになることではありません」
「…皆に平等に…」
「それが…王太子妃というものではありませんか?…あ、いえ、きっと…その、フォスティーヌ様もご結婚されればそうなさるでしょう…今からそうあるべきなどと、言うべきことではありませんでした」
レアンドルの言葉をゆっくりと内に入れた王太子は、「いや…」と取り繕うように重ねられたレアンドルの言葉を止める。
「それは必要な資質であろう。
フォスティーヌにその資質があるか…考える必要があるな」
一瞬王太子へ向けた瞳を伏せたレアンドルの口の端が少しだけ上がった。
しかし考え込んでしまった王太子の目に、それが映ることはなかった。