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【完結】誰が為にシナリオはあるのか〜乙女ゲームと謀りごとの関係〜  作者:
第三章 「前世の記憶 ーinside the game scenarioー」
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37. 疑問と疑惑

 「せめて私があの場にいれば、決してあのようなことはさせませんでしたのに」

 それは思わず漏れたステファニーの言葉だった。


 ステファニーとフォスティーヌは、あのお茶会以来、選択している授業の多くが同じであることもあって、一緒に過ごす時間が増えた。

 二人があのお茶会での出来事を話題にすることはほとんどなかったけれども、時折、お茶会に招待されていた令嬢の話であったり、彼女たちの間での噂話であったりを事後報告のように交わしていた。


 二人ともが本当はセリアから、話を聞きたいと思っていたけれど、セリアと接触することは、あらぬ疑惑を招くことにもつながる。

 憧れを抱いているフォスティーヌであれば、セリアは何でも教えてくれるのではないだろうかと考えてしまうのだけれど、その手段を取ることが出来ないとなると解決の道を探すことは難しかった。


 それでもステファニーは、王太子がきっと婚約者であるフォスティーヌへの疑惑を晴らしてくれるだろうと考えていた。


 王太子もあの場ではセリアの証言を信じているように見えてはいたけれど、そんなはずがないということにはきっと直ぐに気がつくはずで。婚約者に不名誉な疑惑が掛かってしまうことは王太子にとっても困る事態であるはずだ。

 もしも一時はそれを真実のように思ったとしても、直ぐに調査をするだろうし、指示されたという手紙が怪しいと考えないわけがない。

 だからその経過を見守りながら、外に話が漏れないように取り計らうことが自分の役目であろうとステファニーは考えていたのに、事態が少しも変化しないのだ。


 お茶会の招待主としての責任を感じていたステファニーが、つい吐き出してしまった言葉もそんな気持ちが溢れたものだった。



 「そうね…確かにあの時、私もいれば決して…」

 フォスティーヌは同意する言葉を返し、しかしその途中で何かに気がついたように言葉を止めた。


 「フォスティーヌ様?」

 不自然に言葉を止めたフォスティーヌを不思議に思い、ステファニーはフォスティーヌに視線を向ける。

 けれどフォスティーヌは逃げ出しそうな思考を捕まえることに精一杯で、ステファニーの視線を気にする余裕がなかった。


 「どうかされましたか?」

 重ねて尋ねたステファニーに、フォスティーヌは「ええ…」と言葉を返しはしたけれど、掴みかけた違和感を追いかけることに必死だ。

 考え込んでいるようなフォスティーヌの様子に、ステファニーはしばらくそのまま待つことにした。


 少しの後、フォスティーヌが口を開いた。

 「フォール子爵令嬢はどうして私とあなたが席を外した後で、サラにお茶を掛けたのかしら?」

 「え?…えっと、それは私たちが席にいる時では止められてしまうと思ったからじゃ…あ…」

 そう問われてステファニーもその不自然さに気がついたようだった。


 「ええ、私たちが席を外したのは殿下がいらしてお迎えするため。殿下が遅れずに来ていたら、途中で席を立つことはなかったでしょう。そうしたらフォール子爵令嬢はお茶を掛けなかったのかしら」

 「そう、かもしれないけれど…、でも彼女は、手紙でアルノー子爵令嬢にお茶を掛けるようにと指示されたのよね」

 「ええ、だから機会を見計らっていて、私たちが席を外したからその機に乗じたのかもしれないけれど」

 「でも、…そうはいっても少し彼女にとって都合が良すぎたように思えるわ…」

 ステファニーがおずおずと口にした言葉に、フォスティーヌは頷いて返した。


 「ええ。手紙でサラにお茶を掛けるようにと指示されて。たまたま殿下が遅れてお茶会に来ることになって。顔を出すのを止めたとしてもおかしくないのに殿下は遅れながらもいらして下さった。その為私たちは殿下が到着された際にお迎えのために席を外した」

 「そういえば、お茶会の席で皆様に、私がいない間のご事情を伺った時、フォール子爵令嬢は私たちが出て行ったらすぐにアルノー子爵令嬢のところに行かれてあのようなことをなさったと聞きました…」

 「…彼女は私たちが席を外すと知っていたのかしら」

 「え、いえ、ですが、そんなはずは…」


 「殿下があの日遅れてお見えになるかどうかは私たちも分からなかった」

 「ええ」

 「もしも殿下が遅れてお見えにならなければ、私たちも席を外さなかったでしょうから、彼女を止めることが出来たでしょう」

 「そう、ね…」

 「殿下が遅れながらもいらっしゃって、だからこそ私たちは席を外すことになり、そこで彼女がサラにお茶を掛けたからこそ、私は殿下に疑いをかけられている」

 「…」

 

 そう口にしてから、フォスティーヌは王太子が疑いを掛けたのは、お茶を掛けたセリアがフォスティーヌの名前を呼んで縋ったからで、そうしてフォスティーヌから手紙で指示されたと証言したことから疑われているのだと改めて認識した。


 これまでのことから、サラを虐めているという疑惑をフォスティーヌに掛けようとしている策略の一つだと考えていたから、気に留めていなかったけれど、そもそもどうやってフォスティーヌに疑惑を掛けようと計画していたのでだろうか。


 セリアがあの時フォスティーヌに縋ったのは、指示を出したと認識している相手だから思わず助けを求めてしまったのだと思われる。

 あれも指示の一部でないとは言えないけれど、そうでなかったとしてもお茶を掛けたセリアに事情を聞かないということは有り得ない。


 そしてセリアがフォスティーヌに手紙で指示されたと答えたからフォスティーヌに疑いが掛かっているけれど、手紙自体は指示されて破棄されてしまっている。


 つまりフォスティーヌが疑われているのは、実物を確認することも出来ない手紙も受け取ったというセリアの証言からのことで、セリアが証言しなければフォスティーヌは疑われることはなかったことになる。


 セリアは手紙を破棄した。

 手紙を破棄するように指示されたのならば、それは指示したという事実を隠したかったからだと想像しないだろうか。


 もちろん物証を残したくなかったことや、筆跡の問題も思いつくことではあるけれど、手紙の破棄を指示して、指示した人物を口止めしないということがあるだろうか。


 手紙がない以上、セリアがフォスティーヌの名前を口にしなければ、フォスティーヌに疑惑を掛けることは出来ないから、計略した側からしたら、セリアにはフォスティーヌの名前を出してもらわないわけにはいかないだろう。

 けれど、手紙を破棄するという隠蔽する意思を感じる指示に従っておいて、セリアがフォスティーヌの名前を口にしたことは、憧れの人からの頼み事だからと実行したセリアの行いとしてはなんともチグハグではないだろうか。



 王太子が遅れてきた理由は、出掛けにレアンドルがフォスティーヌへの言伝を預かっていたからで、言伝自体に作為的なものは感じなかった。いや、

 「もし手紙の主が殿下が遅れることを知っていて、その為に私たちが席を外すだろうことを予測していたとしたら、」

 それならば、セリアに手紙でその隙にお茶を掛けるようにと指示することができる。


 けれど、レアンドルから聞かされたセリアへの手紙の内容にそんなことはなかった。



 「…!」


 手紙でセリアが指示されたという話は、彼から聞いたのだ。

 手紙が破棄されたというのも、手紙の内容も彼から…。


 彼だけがセリアから話を聞いて、そしてセリアはそのまま帰されてしまった。



 王太子が遅れた事情にも彼は関わっている。


 フォスティーヌへの言伝は、王太子妃教育でのちょっとした申請手続きの確認というもので、複数の官吏が関わっていることだ。官吏の誰かの采配でタイミングよく王太子を足止めしたとは考えづらい。


 だけどフォスティーヌへの言伝を受け取ったという彼ならば…。


 彼は王太子の前で言伝を受け取ったのだろうか。

 言伝を受け取ったフリをしたのではないだろうか。

 忘れ物でも取りに行く体で、声を掛けられたと装ってもいい。

 状況は分からない。だからこそ有り得るとも有り得ないとも言えない。けれど…


 


 彼は手紙は処分されていて物証はないけれど、とフォスティーヌにセリアの証言を伝えた。

 フォスティーヌは手紙などは出していないと答えたのにも関わらず、彼はそれをお茶会の参加者たちの前で王太子へと伝えた。


 ステファニーが他言無用を言いつけたから、それ以上は広まってはいないし、手紙が存在しないからこそフォスティーヌへの疑惑にはステファニーは懐疑的だし、それは他の令嬢も同様だ。


 王太子が信じてしまったのは、それまでの疑惑があったからだろうけれど、疑惑を積み上げたのは彼がセリアの証言をそのままに伝えたからだ。


 手紙の内容は本当に証言通りだったのだろうか。

 セリアの証言は本当にフォスティーヌが聞いたものと同じだったのだろうか。

 いや、それより…手紙は存在していたのだろうか。


 フォスティーヌの中に疑惑がどんどんと積み上がっていく。



 けれど、

どれだけその立ち位置に怪しさを感じたとしても、彼には動機がない。



 それが故に、フォスティーヌには彼の仕業であるとは言い切ることが出来なかった。


 しかし、一度思いついてしまえば忘れることも出来ない。



 ステファニーが心配そうに声を掛けてくれる。


 それに応えなければと思うけれど、信じられない思いで息が苦しい。



 もしかしたらーーー

フォスティーヌは今の自分の苦しさを王太子に重ねた。


 王太子も、フォスティーヌを疑わしく思うことに苦しんでいるのだろうか。


 絶対に有り得ないと思うのに、それが回答であるかのように感じてしまう。


 フォスティーヌは、それを回答の一つに加えていいのか逡巡していた。


 王太子との間に立ってくれている彼に、疑惑を掛けることが苦しくてたまらない。

 それなのに、確信は積み上がっていく。


 それでも尚、信じたくない気持ちを消すことが出来ず、反証を求めてフォスティーヌはぐるぐるとした思考を止めることが出来なかった。

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