15. 誓いの夢と新しい家族
「俺は近衛騎士を目指していた。しかし今の俺は近衛騎士になることは出来ないのではないかと思い始めている」
王立学院の薔薇園の奥。
咲き誇る薔薇の間を通り抜け、四阿を横目に更に奥へと歩みを進めた辺りは、人が来ることも滅多にない。
しかし地面を見れば、そこは足跡に踏み締められており、長い時間そこで地を蹴り、足を着き、努力を重ねている者が存在することが見て取れた。
強い視線を向けられているのは子爵令嬢のサラ。
サラは驚いたように息を呑むと、エクトル=ソニエールを見つめ返した。
「そんな…」焦ったように言葉を返そうと口を開いたサラよりも早く、エクトルが言葉を続けた。
「近衛騎士になれば、その剣は王家に捧げることになる」
サラが動きを止めてエクトルを見た。
エクトルの言葉は真っ直ぐで、それは近衛騎士を志していたはずのエクトルの心が折れたわけではないことを伝えた。
それなのに近衛騎士を諦めるかのようなエクトルの言葉の意味を捉えきれずに、サラはエクトルの瞳を見つめた。
「けれど俺は…俺の剣はサラに捧げたい。そう思っている俺が近衛騎士を目指せるはずがない」
続いたエクトルの言葉にサラは目を見開いた。
「卒業して王立騎士団の一員になることが出来たら、俺の剣をサラへと捧げようと思う」
エクトルはサラの手を取った。
「サラ…」
名前を口にすると片膝をついてサラを見上げた。
驚きに固まっていた彼女は、エクトルを見つめ返し、そしてーーー
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寝過ごした!と慌ててベッドから身を起こした私は、まだ薄暗い室内にほっと息を吐いた。
アルノー子爵家の養女となった私には、お養父様とお養母様と義弟と義妹が出来た。
お養父様とお養母様とは、毎日夕食で顔を合わせるけれど、会うのはそれくらい。だけど別に避けられているというわけではない。リュカとルネも家族が揃うのは夕食の時くらいだと言うので、どうやらそれが貴族の普通のようだ。
お養母様には、子爵家へ来たばかりの頃にあれこれ身の回りのものを揃えてもらった。
服やアクセサリーはルネも一緒に選んでくれて、二人でお揃いのものもたくさん仕立てた。
しばらくはルネの勉強の時間に一緒に私も勉強してたのだけど、ある日リュカが拗ねた。
リュカは来年には武術の鍛錬が始まるとかで、家にいない時間が増えるらしい。だからその前に義姉と過ごしたいと主張したリュカの意見はお養父様に認められ、私はリュカとも一緒に勉強することになった。
武術の鍛錬が始まる前に覚えておかなくてはならない、王家のこと、五大侯爵家のこと、国のこと、ほかの貴族のこと、ルネには少しだけ早いそれらの勉強をリュカと一緒にする。
ルネとは礼儀作法、裁縫を一緒にして、音楽とダンスは三人で一緒に。
リュカは隣国の言葉も勉強していて、本当はそれも一緒に勉強したいと私は思ったのだけれど、それは叶わなかった。
この先、きっとエマさんにまた会えることはないだろうと思う。だけどせめてエマさんに貰った本くらいは読めるように私はなりたかった。
お養父様は私に「それなら語学の先生に翻訳させようか」と優しく微笑んだ。私は読んでもらいたいわけではない。読めるようになりたいのだ。
とはいえ無理を通したいわけでもない。翻訳を聞いて、それを元に自分で勉強したら良いのではないだろうか。
私が逡巡していると、リュカが「僕がそのうち読んであげる!」と私の手を取った。真剣な表情のリュカに驚いているうちに、私の本はリュカがもっと言葉を覚えたら読んでくれるということに決まってしまった。
私が語学の先生に学ぶことは叶わなかったけれど、そのうち図書室で辞書を見ながら、自分で読んでみるのもいい。リュカが読んでくれると言うならば、読んでもらいながら勉強しても良いかもしれない。
私は今すぐに読むことは諦めることにした。
私には慣れないことも、覚えることもいっぱいある。
エマさんの本は読めるようになりたいけれど、まずは覚えるべきことを覚えなければ。
私の子爵令嬢としての一日が今日も始まる。
夢の中での光景は、朝の光の中に溶けて消えた。
更紗「このまま行くとエンディングは騎士の忠誠の誓いかなぁ。ちょっとときめく」




