32. ステファニーの話し
「お茶会での出来事は他言しないようにお願いしておりますのでご安心くださいね」
そう告げたステファニーは微笑んでお茶を勧めてくれた。
私とフォスティーヌは、件のお茶会の招待主であるステファニーと約束を取り付け、あの日の話を聞きに来ていた。
「少なくとも、まだ外に漏れている様子はありません。ですが…」
ステファニーは少しだけ言葉を切ると申し訳なさそうに眉を落として続けた。
「時間が経てばどこからか話が漏れてしまうかもしれません。それまでに解決すれば良いのですが」
「そうね。あの日は子爵令嬢も招待されていたし」
そう返したフォスティーヌの言葉に私は首を傾げる。
「子爵令嬢に問題があるのですか?」
話の流れから考えて、子爵令嬢がこの先話を漏らしてしまうことを危惧しているようだけれど、高位貴族の令嬢に他言無用と言われたのだとしたら、下位貴族の令嬢は従うのではないかと思えるのだけれど、逆らいそうな困った令嬢が混ざっていたのだろうか。
けれども、そんな困った令嬢をお茶会に招待するとも思えない。
首を捻る私に、フォスティーヌは慌てて言葉を返した。
「サラを信頼していないわけではないのよ!」
「え…」
そんなフォスティーヌに私は何度か瞬き、遅れて彼女が慌てた訳に気がついて、思わず笑みを溢してしまった。
「ティーヌ様が私を信頼していないなんて思っていません。
そうではなくって、えーと…子爵令嬢ならばシャモナン伯爵令嬢の言葉には従うのではないかと思ったのです」
「ああ…」
勘違いを理解したフォスティーヌが少し眉を寄せたのを見て、ステファニーがくすりと笑った。
「本当に仲がよろしいですね」
ステファニーはフォスティーヌに笑いかけてから、私に目を向けた。
「アルノー子爵令嬢はご自分の派閥がお分かりでしょうか」
そう問われた私は少しだけ考えた。
「え…と…、アルノー子爵家はオードラン伯爵家の寄子ですから、保守派であるクーベルタン侯爵の派閥です」
そう答えた私にステファニーは軽く頷く。
「ええ。子爵家の方は派閥という前に、まずは寄家に属している意識が高いでしょう」
「そう、ですね…」
改めて言われてみれば、確かにその通りである。
“アルノー子爵家がクーベルタン侯爵の派閥である“というよりも、“クーベルタン侯爵の派閥であるオードラン伯爵家の寄子“であるから、自家もその派閥だ、という認識だ。
「ですから、シャモナン伯爵家の寄子の家の令嬢からは話は漏れないと思うのです。けれども遡れば同じアセルマン侯爵の派閥だとしても、他の伯爵家を寄家としている家のご令嬢は、今後も口を噤んでくれるか少しだけ心配になるのです」
「あの日は、アセルマン侯爵の派閥のご令嬢ばかりだったのですか?」
私は、家と派閥の関係についての無知を晒してしまうことを少しだけ恥ずかしく思いながら、疑問を口にした。
「いいえ。クーベルタン侯爵派閥やサオルジャン侯爵派閥の伯爵令嬢も招待しておりましたが、彼女たちは同じ保守派として、言われずとも無闇に話を外へは出さないでしょう。そういう意味では一番心配なのはフォール子爵令嬢ですが、彼女は話さないでしょうし」
返された言葉に私は思案した。
つまり保守派として連帯する意識がある伯爵家であれば、フォスティーヌの不利になる話を外には漏らさないけれど、子爵家は派閥としての連帯意識は薄く、寄家の意向に従う傾向にあるのでシャモナン伯爵令嬢の力では抑えきれないかもしれない…という理解でいいだろうか。
だとしたら、あのようなことをしたフォール子爵令嬢は…。
つい考えに耽りそうになってしまった私は、フォスティーヌの怪訝な目に応えたステファニーの言葉に、目の前へと意識を戻す。
「ごめんなさい。話が逸れてしまいましたね」
そう言って、落ち着いて説明してくれたステファニーによると、
フォール子爵令嬢は、クーベルタン侯爵派閥であるアンリオ伯爵令嬢の代わりにあの日お茶会に来たのだそうだ。
といっても急遽の代打というわけではなくって、アンリオ伯爵令嬢への招待状の返事として、自分はいけないけれど代わりにフォール子爵令嬢を招待してもらえないかと提案されたのだとか。
「フォール子爵令嬢はフォスティーヌ様に憧れを持っていて、だから、その、出来れば同じ場にいる機会を作ってあげたいからと頼まれて…。
安易に招待してしまった私の責任だわ。本当にごめんなさい」
真摯な眼差しで私を見つめるステファニーに、フォスティーヌは柔らかく声を掛けた。
「…いいえ、あなたはサラを気遣ってくれたのでしょう?」
「…」
ステファニーは言葉にしなかったけれど、瞳が少し揺れたのを見て、私はフォスティーヌの言葉通りなのだろうことを察した。
「違う伯爵家の寄子の家だとしても、同じクーベルタン侯爵に与している子爵家の令嬢がいる方がサラの居心地が良いと考えてくれたのでしょう」
「あ…」
フォスティーヌのステファニーへの問い掛けは、きっと理解が浅い私への解説だ。
そこまでしてもらえないと理解出来なかった自分が少しだけ申し訳なく、だけど理解しきれてないことを友人が察してくれたことは嬉しく、そして気付いていなかった心遣いがあったのだという事実に私は驚いた。
「けれど…」
フォスティーヌの言葉に少し目を伏せたステファニーは、思わず言葉をこぼし掛けた。
けれど、そのまま続けてしまえばまた話が逸れてしまう。
そう気がついたのであろう彼女は気持ちを立て直すと話を元へと戻す。
「アンリオ伯爵令嬢にもお茶会でのことは話してはいません。
けれど、フォール子爵令嬢についてはお人柄を聞いてまいりました」
私とフォスティーヌが今後の対応について思い悩んでしまい立ち止まっている間に、ステファニーは動いてくれていた。
その事実に私は気持ちが温まるのを感じた。
それは招待主としての義務感からだったのかもしれないけれど、味方を見つけたような安堵感があった。
「フォール子爵令嬢は、王太子殿下の婚約発表でフォスティーヌ様を知って以来フォスティーヌ様に憧れていて、だけど自分で直接お会いする機会はないから、アンリオ伯爵令嬢から聞く社交期の話をいつも楽しみにしていたそうなの。学院で会えるかもしれないと期待していたそうなのだけれど、フォスティーヌ様は王太子妃教育がお忙しくて、あまり学院にいらっしゃらなかったから残念に思っていたそうで…」
アンリオ伯爵令嬢にお茶会での事件を伝えることが出来ない以上、セリアの為人を伝え聞いたことからの憶測ではあるけれど、とステファニーは続ける。
「フォスティーヌ様から手紙で頼まれたのだとしたら、彼女は従うのではないかと思うの」
ステファニーはそう言って、「その手紙の差出人の真偽を考えるよりも、本物だと思いたい気持ちが強かったのではないかしら」と続けたけれど、慌てて「もちろん、それなら仕方がないというわけではないわ」と継いだ。
私はそれを聞いて考えた。
セリアがそこまでフォスティーヌに憧れを持っていたのだとしたら、最近親しくしている私のことを腹立たしく思っていてもおかしくはない。
しかも私はセリアと同じ子爵令嬢で、いや、母親が平民だということでセリアからしたら、自分よりも低い身分に思えたのかもしれない。
だとしたら、そんな私へお茶を掛けるという憧れの人からのお願いは、行動に移してしまう障壁を低くさせてしまうものだったのではないだろうか。
そう考えてから、だけどセリアが私を煩わしく思っていたとしたら、手紙などというのは嘘でただお茶を掛けた言い訳だったのでは…と少し検討し、
いや、それはないなとその案を投げ捨てる。
もしも私にお茶を掛けたことが、セリア自身が画策した私へのただの嫌がらせだったとしたら、王太子の前でフォスティーヌに縋ったりはしないだろう。
セリアはそれがフォスティーヌからのお願いであると信じたから、信じていたかったからこそ、きっとフォスティーヌに縋ったのだ。
手紙は存在しておらず、セリアの虚言である可能性はきっと少ない。
ステファニーからの話は、私たちにそう思わせた。
彼女が王太子の婚約者になった頃からフォスティーヌに憧れていたというのは、アンリオ伯爵家の寄子たちの間では有名なことらしいので、
そうなると彼女の行動は、ステファニー同様に私たちをも納得…とまでは言わないけれど、そんな怪しい手紙如きで、とは言えないと思わざるを得なかった。