24. 謀の気配
「もしかしたら卒業が近いから婚約を邪魔しようとする人が出てきたのかもしれないわね」
「え?」
フォスティーヌの不穏な言葉に、私は驚いた。
「今更そんなことをしても甲斐がないように思うのだけれど…」
首を捻るフォスティーヌが私に目を向ける。
「私に婚約の打診があった頃には、それを邪魔しようとした人たちがいたのだけれど…」
「ああ、先日聞いた…」
「ええ」
フォスティーヌが頷いて続ける。
「私がサラを噴水に突き落としたのを見たというのは、ちょっと無理がある話だと思うの。私はあの時噴水にそれほど近づいてはいなかったし、侍女にやらせたと勘違いしたというのも考えづらいのではないかしら」
「はい…。あの時私に人が近づいたのは噴水に落ちた後でしたから」
「ええ。間違いないのは、私とあなたが噴水の側にいたということ。
それを見た人がいて、それを殿下に伝えた人がいるのは間違いない」
「はい…」
「だけど、最初から見ていたら誤解しようがないし、サラが噴水から出た後で見たとしても…。あなたは水に濡れていたから、噴水に落ちたのだろうと予想したとしても、私が落としたのだとしたら助けたりはしないでしょう?見ていたのなら途中からだとしても誤解するのは難しいのではないかしら」
言われて初めて私はその不自然さに気がついた。
王太子の話したことが、まるでゲームでのイベントのようだったこともあって、王太子が誤解していることばかりに気を向けてしまっていたけれど、確かに王太子自身がそれを目撃したわけではない。彼はそういう話を聞いたからこそ、私を心配し、確かめにきたのだ。
「殿下は、実際にその場をご存知じゃないから、サラの言葉を信じるならば、きっと見間違いだったのかもしれないと思っていらっしゃるでしょう。だけど、見間違うような状況ではなかったのだから、殿下に嘘を吹き込んだ人がいるのよ」
「!…」
「そう、ね…。もしかしたら私を見張っていたのかもしれないわね。何か殿下の婚約者から引き摺り下ろせるようなことをしないかと探しているのかしら」
「え…」
ふっと、フォスティーヌが唇に指を当てた。
「もしかして、迎えの馬車をサラが断ったのって…」
「!…」
フォスティーヌの言葉に私は思わず目を見開いた。
フォスティーヌは軽く頷くと、「やはり私を見張っている人がいるようね」と呟く。
「あ、の…」
もしかしてフォスティーヌは、王太子のもう一つの言い掛かりにも気がついてしまったのだろうか。
不安に駆られる私に、フォスティーヌは苦笑した。
「噴水に突き落とした子のところに、馬車でわざわざ出向いた…となると。そうね…侯爵家の威光を笠にあなたを無理に振り回しているとか…いえ、それでは少し弱いわね…。あなたを虐めているとかかしら」
「あ…」
フォスティーヌは呆れたように眉を寄せた。
「誤解されているから接触を控えた方がいいと思ったの?」
「え…と…、はい…」
少しだけ違ってはいるものの、私は頷いた。
「なるほど。殿下はそう唆されているのね。
ふむ。…無理があるようには思うけれど、万一の時は、後で勘違いだったと言うつもりかしらね。それに、残り時間を考えれば、多少無理があっても…とでも思ったのかしら」
フォスティーヌは私に目を向け、「ああ、それに…」と思い出したように続けた。
「殿下はサラを以前から気遣っていたご様子だものね。たまたまだろうけれど、噴水に落ちたのがあなただったから、殿下を騙そうと考えたのかもしれないわ」
「え?」
フォスティーヌの言葉に私は混乱してしまった。
「殿下が私を以前から気遣っていた…?」
それは確かにその通りだ。けれど、どうしてフォスティーヌがそれを知っているのだろう。
私といるときに、そんなそぶりを見せなかったから気が付かなかったけれど、もしかしてフォスティーヌは私と王太子の交流を最初から知っていたのだろうか。
「あら?もしかして殿下の気遣いには、気がついていなかったのかしら、だったら…。あ…、私、殿下の心遣いを無駄にしてしまったかもしれないわね…」
「…心遣い…?」
フォスティーヌが続けた言葉が、思っていたことと少し違うように思えて、私は彼女の言葉を繰り返した。
「えーと」
フォスティーヌが少し目を泳がせた。
「その、以前殿下に『母親が平民の子爵令嬢を厭うような噂があるのは知っているか』と聞かれたことがあって…」
「え?」
「私はあまり学院での噂には詳しくなかったから分からなかったのだけど、サラに会った時に、殿下が仰っていたのはサラのことなのではないかと思って…」
「あ、それで市井で暮らしていたのかと…」
「そう…あ、もしかして…不躾だったかしら…」
眉を落としたフォスティーヌに私は思わずくすりと笑った。
「いえ、大丈夫です。…びっくりはしましたけれど、それで仲良くなれたように思いますし」
怯えていたことが杞憂だったと分かって私は気が抜けてしまった。
「あの時は、殿下が言っていた令嬢なのかしらと思っただけで、その後、他国の話に夢中になってしまって…。あの、もしかしてサラは学院で辛く当たられているの?」
心配気にフォスティーヌに問われても、私はつい笑ってしまう。
「ふふふ…ごめんなさい笑って…大丈夫だから、そんなこともあったというだけだわ」
「…それなら、いいけれど」
フォスティーヌは笑い出した私に瞬いたけれど、安心したように小さく笑ってくれた。