21. 懐かしく思う
きっかけを見つけて王太子と交流があることをフォスティーヌにさりげなく伝えよう。
そう思っていたのに、二人でサラサールの絵本を広げた途端に、そんなことは忘れてすっかり夢中になってしまっていた。
結局、王太子のことは伝えられないまま、翌週はフォスティーヌが勉強するのに使っている他国語の本を見せてもらう約束をして、寮へと帰ることになった。
ちなみに、今日もフォスティーヌは侯爵家の馬車で送り迎えをしてくれようとしたのだけれど、私は街に寄りたいので、と言い訳して迎えを断った。
だけどその為に、前回は侯爵家の馬車でお迎え、ということだったから、寮でお留守番してもらった侍女も、街に寄るならば一人で行かせられないということで一緒に行くことになり、そうなると言い訳の通りに街で何か用事を作るしかなくて、結果お土産にお菓子を見繕って行くことにしたのだけれど、気を遣ったとフォスティーヌに誤解されてしまい、帰りは侯爵家の馬車で寮まで送ってもらった上に、お土産は不要だからと言われて、翌週の迎えの馬車を断ることが出来なかった。
一応フォスティーヌには迎えの馬車に乗ってこなくても大丈夫だから、侯爵邸で待っていてねと伝えたけれど、少しだけ心配だ。
それに彼女が姿を見せなかったとしても、馬車が侯爵家のものだということは紋章を見れば分かってしまう。
またおかしな誤解をされなければいいのだけれどと考えて、私は眉を寄せた。
やはりフォスティーヌに王太子のことを伝えなければならないだろう。
だけど、どうしたら角を立てずに伝えることが出来るだろう。
…まずはフォスティーヌが王太子のことをどう思っているのか聞くことからかな。
それを知らなければ、現状をどう伝えるべきかの対策が全く立てられない。
後で王太子と交流があることそのものを言い出しづらくしないように、聞き方に注意が必要ではあるけれど、このままフォスティーヌと交友を深めるのならば、きっと王太子の方がフォスティーヌに接触してしまうことになる。それよりは前に私からフォスティーヌに話をしておかなければ
そう考えてから、婚約者なのに二人は頻繁には会っていないのだろうか。と首を捻る。
ゲーム通りであるならば、王太子は婚約者のことを厭ってはいなかった。ただヒロインに恋をしてしまっただけだ。
恋は終わらせるつもりでいて、卒業したら婚約者との結婚に向けての準備に入るつもりだった。
その気持ちが変わってしまったのは、婚約者がヒロインを虐め、排除しようとしたから。
つまり、フォスティーヌが私を虐めていると勘違いしている今、まさに王太子の気持ちは、婚約者との結婚に迷いが出ている状態ということになる。
フォスティーヌの様子からは、王太子に何かを言われたようには思えない。
としたら、二人は会っていないのではないだろうかと思うのだけれど、それは王太子の心変わりのせいなのだろうか。
それとも、もともと頻繁に会うような関係ではなかったのだろうか。
二人の関係は分からないけれど、やっぱり少しでも早く、私からフォスティーヌに話さなくてはならないだろう。
私は一人頷くと、来週こそはフォスティーヌに言わなければと決意を新たにした。
机の上には、エマさんにもらった絵本が二冊ある。
ようやく翻訳が終わった。
フォスティーヌと一緒に絵本を読み直し、不安だった箇所も訳し直すことが出来たのだ。
心配事は大きいけれど、今夜だけはそのことは忘れてもいいのではないだろうか。
やっと物語をきちんと知ることが出来た二冊の絵本。
フォスティーヌと一緒に見る絵本は、エマさんと一緒に本を読んでいた時の気持ちを思い出す。
ゲームのヒロインの側にもエマさんはいたのだろうか?
ゲームの設定には登場していないエマさんが、いたのかどうかは分からないし、だからゲームのヒロインがこの絵本を持っていたのかどうかも分からない。
だけど私にとってとても大切なこの二冊の絵本をヒロインも持っていたとしても、ヒロインにとっては設定に登場しない程度の存在だったということ。
だから私はヒロインなのかもしれないけれど、きっとゲームとは違うはずだ。
私は、私に色々なものを教えてくれたロワンの街を思い出しながら、一人で絵本のページを捲った。