12. 卒業パーティーのエスコート
久しぶりに顔を合わせたエクトルと向かったのは、いつもの薔薇園の奥にある四阿だ。
剣術大会を控えた後期の騎士科は、とても忙しいようで、今日もこの後エクトルは鍛錬のために騎士科の鍛錬場へと行かなければならないらしい。
鍛錬する場所に困っていた一年前とは違って、剣術大会へ向けた厳しいカリキュラムが決まっていることは、きっと喜ばしいことだろう。
そうは思うのだけれど、剣術大会まではなかなか会えないのだと思うと寂しく感じてしまう自分が少しだけ腹立たしい。
けれども、剣術大会が終われば学院の授業はお休みになる。エクトルが家に帰らないのならば、私が残れば会えるかもしれないけれど、伯爵家の令息である彼にはきっと社交があるはずで、戻らないはずなどないだろう。
もしかしたら、コンスタンのように社交を早めに切り上げて、学院へと戻ることもあるかもしれないけれど、それを私が強請れるはずもなく。そしてその後に待っているのは卒業だ。
つまり、剣術大会まであまり会えないということは、もうエクトルに会うこと自体が数えるほどしかないだろうということである。
それは、とても寂しくて、だからこそ今を大切にしなければならないと、私は焼き付けるような気持ちでエクトルを見つめた。
「俺は休みの間はずっと鍛錬ばかりだったよ。サラは?」
「私は義妹と一緒に過ごすことが多かったです。今年は義弟も入学してしまって義妹を寂しくさせているので、休みくらいは一緒にいてやりたくて…。あとは、そうですね。卒業パーティーのドレスを仕立てたりしていたくらいでしょうか」
「卒業パーティーのドレス…」
「ええ、義弟がエスコートしてくれるので、合わせた布を選ばなければなりませんでしたし…」
「え…?あ、サラ…のエスコートは義弟殿、が?」
「は、はい。あの…、えーっと、リュカは、その、私のデビュタントの時に少しだけですけれどダンスで失敗しそうになったことを悔いているようで、その挽回でと張り切っていて、それで」
お互いの休みの間の出来事を話していたら、エクトルがはっとした様子で瞳を揺らした。
それを気にしながらも話を続けていると、エクトルが愕然としたように私に目を向けるので、思わず言い訳のようにリュカがエスコートしたがった事情を溢してしまった。
話しをするうちに、私の中でぼんやりとしていた卒業というものが、少しずつ鮮明さを増した。
ゲームでは攻略した人物がエスコートしていたはずだと考えれば、リュカがエスコートしてくれるということはゲームではなかったことであるだろう。
そう考えてから、いいや、そうとも言えないかも知れないと考え直す。
もしかしたらヒロインが誰も攻略出来なかった場合、身内であるリュカがエスコートしていたかもしれないではないか。
誰も攻略していない場合の卒業パーティーのスチルなんてなかったから、どうだったのかは分からないけれど、分からないということは、その可能性があるということだ。
そう考えてから、そういえばリュカはそれほどゲームに登場していなかったということに気がついた。
同じ学院に通っているとはいえ、授業は学年で異なるし、寮も男女で分かれている。
攻略対象よりも余程仲が良いのにと少し不思議に感じたけれど、確かに学院で会うことは少ないのだから、ゲームでの登場が少なくなるのも当然か、と納得する。
しかし、既にリュカのエスコートが決まっているのであれば、これは王太子エンドは避けられるということではないだろうかと喜びかけて、思い返したスチルにあれ?と疑念を覚える。
王太子ルートのエンディングでは、卒業パーティーで婚約者を断罪し、ヒロインを新たな婚約者にするという宣言が行われる。
断罪シーンがスチルになっているけれど、王太子はヒロインをエスコートしていたのだろうか。
確かにスチルの王太子の横にはヒロインがいるけれど、卒業パーティーが始まる前は、まだ婚約者の断罪は行われていないわけで、だとしたら王太子がエスコートするべきは婚約者であるはずだ。
婚約者をエスコートして卒業パーティーに参加して、途中で断罪を行ったとしてもゲームの内容に齟齬はないだろう。
そう考えれば、リュカが私のエスコートをするからといって、安心してしまうわけにはいかない。
私は現実のままならなさを思って、内心で溜息を吐いた。
一瞬、他の攻略対象にエスコートしてもらえれば、王太子ルートは回避できるだろうかと考えて、ちらりとエクトルの顔を見る。
だけど、もしもエクトルにエスコートを頼むとしたら、あんなに張り切っているリュカをしょんぼりさせてしまうことになる。
…それはしたくない。
フォスティーヌは、とても素敵な人だ。
私に好意的に接してくれているし、また会う約束もしている。
彼女と交流が出来ているのだから、もしも王太子のことで思うところがあるとしても、直接話し合えばいいことで、そうすれば虐められることもなく、断罪なんか起こるはずがない。
私は、ゲームとは違う未来を勝ち取るための決意を、心の中で新たにしていた。
だから困ったように眉を寄せるエクトルの様子に気がつくことが出来なかった。
卒業パーティーのドレスと聞いて、丁度話題が向いたとエスコートを申し出ようとした矢先に、既に彼女の義弟がエスコートすることが決まっていると聞かされ、思い描いていた段取りを見失ってしまったエクトルは、どうすべきか決めかねてしまい呆然としていた。